お呼ばれ
ある朝、食堂でのこと。
その日微妙に寝坊した私たちは、身支度を整えた後すっかり人の減った食堂に向かった。
「あ、マリーさんにクリスさん! 今日は遅かったですね!」
「うん、ちょっとね」
「おはようございます、イリーナさん」
イリーナちゃん。
私たち二人の友人で、子供のように無邪気に笑う姿が魅力の少女だ。
いつも通り愛嬌のある笑顔を振りまいている。世界は平和だ。
「今日はパンとスープ、サラダに芋虫の蒸し焼きですよ!」
「そっかそっか、ありがと……う……? ごめんイリーナちゃん、もう一回メニュー聞いてもいい?」
「うん? パンとスープとサラダと、芋虫の蒸し焼きですってば」
「…………」
待ってなんでそんな『それがどうしたんですか?』みたいな顔してるの?
そんなメニュー出たことないよね? 初めてだよね?
「芋虫の……蒸し焼き」
「く、クリスさん……」
ほらもう、クリスさんだってぽかんとしちゃって。
「つまり、これが本当のむし焼き……と。……ふふっ」
「今って冬だったっけ……」
何言ってるの?
二人して狂ったの?
「「いえ、正常ですけど」」
「なおさらタチが悪いわ!」
どういうこと。
マジでどういうこと。
一晩のうちに世界が書き変わったのか。
それとも私が知らなかっただけで、案外この世界では普通のことなのか。
せ、世界は広いな……?
「イリーナさーん、もう行く時間ですよー」
「あ、はーい! それじゃあお二人、また昼か夜にー」
「えっあっうん」
「行ってらっしゃい、イリーナさん」
イリーナちゃんが誰かに連れられて食堂から出て行き、静かになったこの場には私たち二人だけが残された。
いや、それは別にいいんだけどさ。
「い、芋虫……いもむし……」
「あれ? マリーさん、虫苦手なんですか?」
「そ、そういうわけじゃないよ? たださ……うん」
虫が苦手とかそういう問題じゃないよね、これ。
いや、昆虫食が文化としてあるのは知ってるしそれを否定するつもりもないけども……。
「? よく分かりませんが、とにかく早く食べないと冷めちゃいますよ」
「そう……だね」
お盆に乗った、パンとスープとサラダ。
そして、これでもかとばかりに盛り付けられた芋虫たち。
心なしか蠢いているように見えるのは、どうか気のせいであってほしい。
「どうしたんです、マリーさん。どこか具合でも悪いんですか?」
「いや、すこぶる健康だけど……うん」
ま、まあ、食わず嫌いはよくないよね。うん。
いくらビジュアルが割と最悪で、でこぼこというかあの特徴的な形が気味悪くて、生えているのがはっきり分かるうにょっとした毛と足に生理的な嫌悪感があったとしても、食べもせずに決めつけるのはいただけない。いただきます。
お、美味しいかもしれないし?
虫って案外栄養価は高いってなんかで聞いた気もするし?
大丈夫大丈夫、死ななきゃ安いしそうそう死なない。
ええいままよ、とはきっとこの時のための言葉なのだ。
あ、うん、えっと、もうちょっと覚悟を決めたら口に運ぼう。
も、もう少し時間を置いてから……そうだ、他のものを全部食べ終わってからでも遅くはない……遅くは……。
「ふむ……? マリーさん」
「え、どっどどどうしたんですかクリスさ……むぐっ!?」
「あーん」
「むっ……ぐっ……!? い、言うのが遅いよ!?」
思いっきり口に入れてから『あーん』って言ったよね今。
事後報告だったよね?
……というか、待て。
なんだこれは。
噛んだ瞬間、ぷちっとかくにゃっという独特な食感がして。
パン……ではない、もちろんスープでもない、野菜にしてはどうにも違うような。
独特の匂い、ほのかな甘み、そしてやっぱり口の中で蠢く感触……。
「美味しい、ですか? すみませんマリーさん、食べるのを躊躇っていたようなので……つい」
「…………」
うん。
あー、うん。
クリスさん、とりあえず手に持ったそれ置いて。
自分で食べられるし、金髪金眼の美少女令嬢がそれ持ってるの絵面としても字面にしてもやばすぎるからさ。
うん。
「ま、マリーさん……?」
「いやいやなんでもないよクリスさん。もちろんいずれ食べるつもりだったし、クリスさんにあーんされるとかご褒美だし、別にいいよ何とも思ってないよ」
「え、ちょ、あ、マリーさん……」
「怒ってないよ? うん全然全然ぜーんぜん怒ってない。むしろすっごく感謝してるよいつもありがとうクリスさん」
「そ、それは完全に怒ってる人のセリフですよマリーさん……! あちょ、まって、待ってください、いや待って心の準備が許してください」
旅は道連れ世は情け。
いかに親しき仲であろうと、やられたらやり返す倍返しだ。
それをどうやら、教えてやらねばならないようで。
「クリスさん……あーーん?」
「ひっ……は、はい」
適当に二匹掴み、クリスさんの口に放り込む。
クリスさんはそれを、すごく嫌そうな顔をして頬張った……結局嫌なのか。
「おいしいですか? クリスさん」
「そんなにおいしくはないです。あ、でも、マリーさんが触れたものを摂取したと考えれば……いけますね」
「す、筋金入りすぎない……?」
ご褒美だったそうです。
嫌そうな顔が一転、とても幸せそうな顔で虫を噛むクリスさん。
なんだか損した気分にさせられた。
「マリーさんにももっと食べさせてあげますよ?」
「いや結構です」
「口移しでもいいですが」
「遠慮しておきます」
そんな馬鹿なことを言いつつ、食事を再開する。
いやまあ、虫もちゃんと食べるけどね。もったいないし。
「──クリスさーん、まだいますかー? ……っと、いたいた」
「え? イリーナちゃん?」
そうしてしばらく互いに食べたり食べさせたりしていると、なぜかイリーナちゃんが戻ってきた。
その手には、何やら綺麗な装飾の紙が握られていて……。
「クリスさん、お手紙です」
「え? 私にですか?」
「はい。今そこに、なんだか変な人がいまして……話を聞いたらクリスさんに手紙を届けに来たというので、とりあえず預かっておいたのですが」
「へ、変な人……待ってなんで話しかけた??」
見知らぬ人に対するイリーナちゃんのコミュ力よ。
悪い人につかまらないでね。
というか誰? ストーカーか何か?
と思いきや、クリスさんにはなんだか思い当たる節があるようで……。
「……まさか。いや、そんなことは……」
「クリスさん?」
「あ、もうこんな時間……すみません、今度こそ私いきますね! また後で!」
「ん、ばいばいイリーナちゃん」
再び食堂を出て行ったイリーナちゃんと、残された私たち。
特にクリスさんは、なにやら尋常ならざる様子でその手紙を見つめている……。
「一体どこから……いえ、伝わるのはいいですが、それにしたっていきなり……」
「く、クリスさん?」
「くっ、想定外でしたね。そのうちとは思っていましたが、まさかこんなに早いとは」
「えっと……。と、とりあえずその手紙、中身見たらどうですか?」
「……それもそうですね。杞憂かもしれないですし……いや、でも」
そうは言いつつものそのそと、なんだか可能な限り引き伸ばそうとしているみたいにゆっくりと手紙を開封するクリスさん。
焦燥というか動揺というか、普段の彼女からはなかなか見られない表情が見られて私としてはまさに棚ぼたではあるのだが……。
「あ、私は席外してようか? なんというか、プライベートな手紙かもしれないし……」
親しき仲にもなんとやら、である。
手紙の内容なんて、あまり人に見られたいものでもないだろう。
「いえ、問題ないです。ここにいてください……というかむしろ、一緒に見てください。場合によっては、というかほぼ間違いなく、マリーさんにも関係のある事柄かと思いますので」
「……? そう、なんですか?」
クリスさんがそういうならそうするが……一体なんだろう?
クリスさんのことで、私にも関係のあることって……?
***
『拝啓、愛しいクリスへ。
婚約者ができたそうですね。
それは構いませんが、私たちに挨拶の一つもなしとはいただけませんよ?
なるべく早く顔を見せに来なさい。
もちろん、その婚約者の方も連れてくること。
費用はこちらで持つので、馬車を使いなさい。
あなたとあなたが選んだ人の顔が見られる日を、お父様と首を長くして待っていますよ。
使用人たちにあなたの部屋の掃除も頼んであります。
着替えの用意も忘れぬように。
追伸:もう知っているかもしれませんが、手紙の運び屋にはアルを行かせました。
特に問題はないでしょうが、彼のことです……もしもいらぬ混乱を招いていたら、私に代わって一発入れておいてください。
あなたの母、クレアより 愛を込めて』
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