つづき。
「むにゃ……。おはよ……」
「おはようございます、マリーさん」
朝、目が覚める。
うん、いつも通り。
本当に、いつも通りだ。
「……あの、クリスさん?」
「ふふ、照れますね」
「まだなんも言ってないし……それで、この首輪は何?」
首輪。
目覚めた私が最初に感じた感覚がこれって。
チョーカーとでも言えば聞こえはいいが……いやでもこれ、感触からしてどう考えても普通に犬とかに使うやつだよな……?
「でも、かわいいですよ?」
「かわいければそれでいいのか!?」
全くもう。
大体どこから、いつの間にこんなものを。
「買いました」
「買いましたじゃないよ……」
「ほら、おいで〜」
「だから私は犬か!」
「ごめんなさい……」
「えっ? あ、うん?」
思ったよりも素直な謝罪の言葉。
それは当然私の意図していたものとは違って、少し戸惑ったが……。
「マリーさんは、犬なんかよりもっともっと可愛いですよね」
「……っ! そういうことじゃない!」
やはり彼女は彼女であると、そう痛感させられるのであった。
***
──あれから、どれくらい経っただろう。
あの未曾有の大火事の復興は大方終わり──噂ではクリスさんの実家やらが多額の寄付をしたとか──学園もやっと再開。
私たちも寮に戻り、相変わらず同じ部屋で暮らしている。
結局、あの火事の原因はよくわからなかったそうだ。
放火とも、火の不始末とも、あるいは自然現象とも。
どれも憶測にすぎない。
仕方ないといえば仕方ない。そこまで発展しているわけでもないこの世界の文明じゃあ、原因の究明は困難であろう。
証拠となるものがあったとしても、残らず燃えてしまっただろうし。
それほどまでに、異常な事態だった。
なにもかも……そう。本当、何もかもが異常としか言いようのない一連の出来事。
私を襲い、クリスさんに重傷を負わせたあの女のことも。
その後結果的に私たちを救ってくれた、あの薬のことも。
その背後にあったであろう何者かの正体も、結局今は何も分かっていないのだ。
それでいい、なんて本当は言いたくない。
鬱憤というかなんというか、あの時の私の苦痛は……苦しみは、悲しみは、痛みは、それこそ忘れられるものでなどないからだ。
可能ならば、私の手であの女を見つけ出したい。問い詰めて、追い込んで、八つ裂きにでもしてやりたいという気持ちが無いといえば嘘になるだろう。
だけど、それは多分叶わない願いなんだと思う。
あの女の言っていたことがどこまで事実かなんて分からないけれど、あの時の会話によって私の心にも一つの疑念が植え付けられた。
彼女の言葉を、否定はできない。
肯定もしたくはないが。
それでも確かに、事実としてこの世界はどこか不自然で……何かがおかしい、何かが変わっている、そんな漠然とした違和感はあった。
感覚的なものでしかないものの、それは事実として今の私を蝕んでいる。
全てが私のせいだった。
その疑念を捨てきれない。
そしてその上で、私は……正直、この件に深入りはしたくないのだ。
臆病だと笑うなら笑え。
ダサいと、無責任だと、いやそれ以上に酷いと、そう罵られても構わない。
だって、最初にも言っただろう? ……私は今、幸せなんだ。
目の前にある幸せを全て投げ打ってまで、そんなことができるほど私は強くない。
全てを捨てる覚悟をしてでも、事態の完全な解決を目指す……そりゃそんなことができれば格好いいだろうけれど、物語の主人公にふさわしいのはそういう人間かもしれないけど、私にはできないよ。
そもそも、それだって充分非道なことだと私は思う。
どこかで誰かがこう言った。
英雄は一部を切り捨てる。一般人は一部以外の全てを切り捨てる。
私は英雄なんかじゃない。
ただの一般人だ。
……あるいは黒幕かもしれないが。
それに……そうした理屈を抜きにしたって、もう嫌なんだよ。
あの凄惨な、地獄みたいな光景を目にしてまで、『あれ』に向き合う覚悟を持てない。
卑劣でも、愚かでも、それでも私は彼女と共にいたい。
そう思ってしまうのは、悪いことだろうか?
「……マリーさん、どうかしましたか?」
「いや、なんでもないよ。ただ……私は、幸せ者だなあって思っただけ」
「……? そう、ですか……いえ、そうですね。私も、幸せですよ」
──私も、失ったものはあった。
だけど、得たものはもっと多くあった。
それだけだ。
それでこの世界を悪と断ずるには、私はあまりに弱すぎる。
そんなに簡単に捨てられないよ。
今の私は、幸せだ。
クリスさんとはもちろん、この世界で出会った他の人ともまだまだ交流は続いている。
この世界が、結局どうなのかは分からない。
死ぬまで分からないのかもしれないし、案外そのうち分かるようになるのかもしれない。
それも、分からないよ。
未来のことなんて分からない。
仮に前世の私に今の私の話をしたって、絶対信じなかっただろうし。
でもきっと、クリスさんとは、このまま一生一緒にいるんじゃないかなあ……なんて。
なんの根拠もない話だけど、本当にそう思うんだ。
いや……そう願っている。
だから、そうだな。
最後に一言、添えるとすれば。
「……クリスさん」
「なんですかマリーさん、改まって」
「愛しています」
「…………ふむ」
どさり、と。
もう聞き慣れた、そんな音。
早まる鼓動に慣れることは……まあ、ないだろうけど。
「クリスさん……」
「私も、愛していますよ……マリーさん」
悪役令嬢に、百合営業をしかけたら。
本気にされて、本気になって。
そんでもって、押し倒された。
……どうしてこうなった?
以上、私なりに書かせていただきました「悪役百合ペット」本編完結となります。
至らぬ点も多々あったかと思いますが、ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございました。
この後番外編もありますので、ぜひそちらも楽しんでいただければ。




