日常……?
ギシ、ギシ。
それは効果音でもあり、確かな体の感覚でもある。
「…………」
「おはようございます、マリーさん」
「……えっと」
当然のように聞こえてきた朝の挨拶。
普段ならともかく、この状況で言われると……なんか大事なものが欠けている気がしてならない。
「今日はいい天気ですよ?」
「…………」
すっげえ普通に話しかけてくる。
サイコパスか?
人の心とかないんですか?
「どうしたんですかマリーさん、今日はやけに静かですね」
「……あの」
「ま、まさかどこか体調が悪いんですか?」
「いや、違……このロープ……」
「大変です、早く医務室に!」
「違うって!」
動きたくても、動けない。
身体中が痛い。
クリスさんにロープで縛られているせいだ。
おのれロープ、おのれクリスさん!
「どうしたんですかマリーさん、トイレなら連れて行ってあげますよ?」
「いやいいから早くほどいて」
関節がギシギシいっている。
割と笑い事じゃないレベルで痛い。
筋肉痛とかそんな甘いものじゃ一切ない!
「遠慮はしなくていいです、行きましょう」
「いいからほどけーーーーー!!」
そろそろ手足が限界だ。
丸一日ずっと縛られたままって何? 拷問か?
ギャグ補正がなきゃ死んでるぞ……よいこはまねしないでね。
「ふふ、そうだ。マリーさんを人気のないところに監禁すれば……」
「いや何をする気ですか!?」
「いえ? ただマリーさんを誘拐監禁して〇〇〇〇〇〇……」
「何が『ただ』だ!」
思考が完全に犯罪者である。
伏せ字でなきゃ見せられないよ。
……いやまあ、実際私を縛ってあんなことしてる時点でもう手遅れかもしれないが……。
「なんですかマリーさんその目は、それではまるで私が変態みたいじゃないですか」
「その通りですよ」
「照れますね」
「褒めているとでも?」
変態である。
疑いようもない。
「お茶でも淹れましょうか。今日も休みですしね、ゆっくりしましょう」
「本気で言ってるなら本気でサイコパスを疑う」
「ああ、そうですね……その前に朝食ですね。行きましょう、マリーさん」
「こんな格好で! 行けるか! つうか動けないって!!」
ロープはびくともしない。
クリスさんがそんな私を見てくすりと笑う。
「かわいいですね、マリーさん」
「あのそろそろ本当にほどいてくれませんかね? 怒りますよ? というか私でなきゃとっくにブチ切れてますよ??」
何なら既に半ギレである。
私だって人間だ。
「つまり、私は愛されているということですね。幸せです」
「そういう話じゃなくてですね? いや愛してはいますけどね?? それとこれとは別なんですよクリスさん、ほどいてください」
愛で解決できないことだってこの世にはある。
たとえば物理だ。
「ふ、まずは私の心をときほぐしてみなさい」
「そういうセリフは普段つんけんしてる人が言うから映えるのであって! 恋人をロープで縛る変態令嬢が言うことじゃないんですよ!!」
「ここまでされておいて、恋人なのは否定しないんですね」
「〜〜!!」
馬鹿な掛け合い、いつもの日常。
うん、今日も世界は平和だ。
……これが日常なのもどうかと思う。
***
──いつまでも続くことなんてない。
私の前世が割とあっさり終わったりしたのもそう。
日常とは案外すぐに崩れるものだ。
それは分かっていた。
……いや、わかった気になっていただけなのか。
クリスさんと二人。
なんだかちょっと歪んでいるけど、それでもこんなに平和な日常が。
そんな日々が、いつまでも続くのなら。
もし、これがゲームだったなら。
『もう一度』ができたなら……そうしたら私は、何をしただろうか?
何かができただろうか?
いや、今更そんなのわからないんだけど。
それでも、クリスさんなら。
私の大好きな人ならば、もしかしたら…………いや。
たらればの話をしてもしょうがないかな。
始まりは確かにゲームだったけど、それでもこれは確かに現実だから。
どこまでも残酷で、どうしようもない現実だから。
──それに、最初に言ったはずだ。
『私は今、幸せだから』って。
無論、そうありたいと常に思っている。
そうでなきゃ報われない。
だから…………。




