キャットセラピー……?
オリバーとの遭遇後、しばらく歩くと人通りの多い道に出た。
両サイドに様々な店が並び、買い物中の客で賑わっている……ほんの少し時代を逆行させた商店街、といえば概ね正しいだろうか。
この世界の元になっているかのゲームでも、登場キャラと一定の親密度になった場合に選択できるお出かけイベント……いわゆるデートイベントなどの行き先の一つだった。
ここで逢瀬を重ねたり攻略用のアイテムを買ったり、はたまた立ち寄った店の店員さんを落としたり。
ともあれそんな場所に到着したので、一人で行きたいところがあるというイリーナちゃんとは一旦別れ、クリスさんと二人での行動になった……のだが。
「あの、クリスさん? そろそろ……」
「…………」
いつまでたっても離れてくれない。
私の腕から。
イリーナちゃんがいなくなったこともあってか、よりべったりと遠慮なく私の体にくっついている……言葉を選ばずに言うなら、めっちゃ邪魔だ。
暑いし痛いし動きにくい。
そんな時。
「──あら? クリスと……ええと、クリスの婚約者の方ではありませんか。奇遇ですね、どうかしたのですか?」
「……えっと」
突然、見覚えのある貴族っぽい女の人に話しかけられた。
名前がぱっと出てこない……クリスさんの友達の……そう、アンさんだ。
どうやら彼女もここに足を運んでいたようだ。執事らしき男の人を連れている。
「……アンさん、ですか。なんの用です? 私を笑いにきたのですか?」
「え? いえ、そんなつもりは……。……な、何があったのですか?」
クリスさん、それはただの被害妄想だ。
心底困惑した様子で、アンさんがそう尋ねてきた……その目はまっすぐ私に向けられている。
……え、私が説明するの?
クリスさん……駄目だ目を逸らされた。全く……。
「えっと……その、犬に吠えられまして」
「犬……? ああなるほど、そういう……大変ですわね」
どこから説明するべきか迷ってひとまず端的に原因を話したのだが、どうやらそれで伝わったらしい。
その声の響きは、ある種の同情を孕んでいるようにも聞こえる。
「……もしかして、前にも同じことが?」
「ええ、小さい頃に。ふふ、クリスも大人になったのですね……その時は私がどれだけ声をかけても、一向に立ちあがろうとしなかったというのに」
「そ、それは……大変でしたね」
その時の光景が目に浮かぶようだ。
あの手この手で立ち直らせようとするアンさんと、絶対に立ち上がらないクリスさん……今も大して変わってないな。
「あら、そうでもありませんでしたよ? その頃は、今よりも幾分か素直な子でしたし。今となってはすっかりひねくれてしまって……」
「あ、あはは……」
横から射るような視線を向けられているのを感じる。
下手なことは言えない。殺されてしまう。
いや、意地が増えたのもひねくれたのも事実だとは思うし、それがむしろクリスさんの良さだとは思うのだが……。
「…………」
「いた、痛い痛い! ちょ、ごめんってクリスさん、つねらないで……腕が、腕がぁ!」
そんな私の思考が読まれたのか、二の腕に強い痛みが走る。
脇の方の柔らかい部分を正確に狙ってつねられた……ま、まさかこのためにずっと腕を抱いて!?
ちくしょうなんて策士!
「お嬢様、そろそろ」
「あら、そうでしたわね。それでは失礼。……マリーさん、クリスをよろしく頼みますよ?」
「うぅ……は、はい」
そう言って、どこかへ歩き去っていくアンさん。
正直もう少し昔のクリスさんの話を聞きたい気持ちはやまやまだったが……まあ仕方ない。今度時間があった時にでも……。
「………………………もん」
「……え?」
「違うもん」
「えっと、何が……」
「犬なんて全然……全然怖くないもん」
「もん……」
もん……?
クリスさん、幼児退行?
いや、そんなわけではないか。
「……マリーさん」
「なんですか?」
「……もう少し、もう少しだけ、このままでいてもいいですか?」
「あ、はい……わかりました……」
絶対少しじゃないな。
私にはわかる。
まあ、仕方ないか……クリスさんのこと、よろしく頼まれちゃったし。
全く、仕方ないなあ本当に……。
「──あ、マリーさーん!」
「ん? ああ、イリーナちゃん」
「……イリーナさん?」
そのまましばらく歩いていると、イリーナちゃんが走り寄ってきた。
クリスさんも少しは落ち着いてきたようで、顔を上げて周りを見回している。
腕は組んだままだけど。
「……あれ? マリーさん、なんだか嬉しそうですね?」
「え? そ、そう?」
「はい! とっても!」
「む……」
……顔に出てたか?
「あ、そうだ! マリーさんにクリスさん、もうご飯食べちゃいましたか?」
「ご飯? いや、まだだけど」
クリスさんは相変わらず私の腕を離してくれないし、そんな場合ではなかった。
というかすっかり頭から抜け落ちていたが……言われてみれば、確かに少し空腹を感じる。
「よかった! 実はあっちの方に、食べ物を売ってる屋台が集まっていて……一緒に行きませんか?」
「私はいいけど……クリスさんは?」
「……マリーさんが行くなら」
「じゃあ決まりですね! 行きましょう!」
イリーナちゃんが先導して歩き出した。
私たちもそれについていく……と思った矢先に、クリスさんの足が止まった。
腕を引っ張られ、危うく体勢を崩しそうになる。
「く、クリスさん? どうかしたの?」
「マリーさん、あれ……」
クリスさんが何かを指差す。
そこにあった、というかいたのは……。
「……ねこ」
「猫ですね」
「ね、猫かあ……」
一匹の白猫だった。
そういえば、犬はともかく猫は久しぶりに見た気がする。
……うーん。
別に猫が嫌いというわけではないんだけど、私の場合、前世で死んだ理由が理由だからなあ。
ビニール袋と猫には若干のトラウマがある、気がする。
まあ猫は何も悪くないんだけども。
「かわいい……」
「そうですね!」
「え、あ、うん? ……そうですね?」
クリスさん、犬は駄目なのに猫はいいの?
動物嫌いってわけじゃなくて、犬が嫌いなだけ?
「猫は吠えません」
「そこなんだ」
鳴くけどね。
ともかく、クリスさん復活。
猫で。
これがアニマルセラピーってやつなのか。
「……えっと、クリスさん。とりあえず腕を離してくれないかな?」
「え……どうしてですか……?」
そんな悲しそうな顔しなくても。
「いや、そろそろ感覚が……というかずっと血流が阻害されてて……」
「……そうですね。なら」
「なら?」
クリスさんがほんの少し逡巡した後、私の腕を解放した。
ようやくの自由……それを謳歌する間もなく、今度は私の手を取る。
「これでいいです。行きましょう」
「…………」
指を絡めて、恋人繋ぎ。
……いや、別にいいよ。いいんだけど。
ご飯どうするの?
「行きましょうか」
「……う、うん」
満足げなクリスさん。
まあ、ひとまずはこれでいいか。




