まさかの再会。
「楽しみですね!」
「そうですね」
「……あの、二人とも?」
暑い。
両脇が暑い。
というか、もはや痛いレベルだ。
「美味しいものとか、いっぱいあるんですかね!?」
「さあ、私もそういう場所に行ったことはないので……」
「ちょっと無視しないで? ねえ?」
動けないって。
なんかもう、連行されてる人の扱いじゃん。
腕を組んでるっていうか、完全に拘束されてるんだよ。
「今がえっと、九時ぐらいなので……結構いっぱい時間ありますね!」
「そうですね、昼食はどこかで取るとして……」
「ちょっと!?」
何で無視するの?
ひどくない?
「どうしたんですかマリーさん、にゃーにゃー鳴いて」
「一ミリたりともそんなことは言ってないんですけども」
「ふ、うるさい子猫ちゃんですね」
「それ言いたかっただけだよね? そのために無理やり繋げたよね??」
クリスさんにクール系路線は似合わない。
いや、人の腕に絡みついている時点でクールも何もないのだけれど。
「仲良しですね〜」
「いやあの……いいから離して……?」
今の私の状況はというと、左腕にはクリスさんが。
そして右腕にはイリーナちゃんが、それぞれくっついている状態だ。
くっついているというか……巻き付いているというか。
コアラか何かか。
「動きにくいんだけど……」
「おぶってあげましょうか?」
「結構です」
「両手に花ってやつですね!」
「自分で言うな」
本当にもう、どういう状況?
通りすがりの人めっちゃこっち見てるよ。
すごい目立つじゃん。
「恥ずかしい……」
誰か助けて。
***
門を通り抜けて、外に出る。
うん、爽やかな空気。
両腕を掴まれて連行されている、そんな状況でもなければ深呼吸でもしたい気分だ。
……これ、いつまでやってるの?
「というかこれじゃあ私、何も食べられないし……」
「安心してくださいマリーさん、私がちゃんと食べさせてあげます」
「子供か私は」
「子猫……?」
「それはもういいです」
というか、子猫だって自分で餌ぐらい食べるだろう。
「大丈夫ですよ、私たちがエスコートします!」
「エスコートじゃなくて連行なんだってば」
何も犯罪犯してないのに。
むしろ犯された側である。
まあ、ここまで来ると抵抗するのも無駄に思えてきた。
公共の場でこんな様を晒すことに抵抗がないわけでもないが……そんな談判をしたところでどうせ聞く耳は持つまい。
なんか、もう、いいや。
そんなある種の諦念とともに開き直り、せめてこの状況を目一杯楽しんでやろうと……思い直した、その瞬間のことだった。
「──あれ? あれは……犬でしょうか?」
「え? どこ?」
「い……ぬ……!?」
イリーナちゃんが指差した先には、茶色くて大きな犬がいた。
というかあの犬、なんか見覚えがあるような……?
「! ワンワンッ!」
「きゃっ!? ま、マリーさん!?」
「…………!!!」
しばし眺めていると、その犬は吠えながら突っ込んできた。
明確に私の方に狙いを定めて。
犬の足とは流石なもので、瞬く間に距離が縮まる……疑惑が、困惑を通り越して確信に変わる。
「お、オリバー……!?」
「ワフッ!」
そう、私の実家の飼い犬、オリバーだった。
なんでここにいるんだ。
もしかして、もしかしてとは思うけど、いやそれしか無いだろうけど……付いてきたの?
家から? 馬車に乗った私を追って?
どこの忠犬だよ。
「……えっと、知ってるんですか?」
「ああうん、うちの飼い犬だよこいつ……全く」
……まあ、実のところそこまでの驚きではないのだが。
オリバーは頭のいいやつだ。体力もある。家からここまで走って私を追ってくるくらい、造作もないことなのだろう。
私の両親も……うん、多分分かってて送り出してるんだろうな……。
あの人たちもまた、そういう人たちだった。
「ワン!」
「ひっ!?」
オリバーが吠え、クリスさんがそれに驚いた様子で……というより心底怯えたかのような様子で私の後ろに隠れる。
そういえば、さっきもそうだったが……もしかして……?
「クリスさん、犬って苦手?」
「ま、まさか、このわたしが? ただちょっと吠えるだけの、もふぁもふぁ生命体如きに……」
「ワン!」
「ひぃぁっ!」
張った虚勢も一瞬で崩れ、私の脇腹辺りに思い切り顔を埋めるクリスさん。
痛くはないが、なんかくすぐったいし落ち着かない……正直結構やめてほしいのだが、今のクリスさんにそれを強いるのは酷だろう。
……もふぁもふぁ生命体という語彙にもすごくツッコミを入れたい気分だが、そんな場合でもなさそうだ。
「それで、どうするんですか? その……オリバーくんは」
「ん? ああ、こいつは……まあ、どうにかなるよ。それより、イリーナちゃんは犬って大丈夫?」
「私ですか? はい、大丈夫ですよ。むしろ大好きです!」
「そりゃよかった。じゃあ問題は……クリスさんか」
一応うちの学園は、ペット不可というわけではない。
無論餌やトイレの世話、クリスさんのように動物が苦手な生徒への配慮などいろいろとするべきところはあるが……逆に言えば、その問題さえクリアすればオリバーがここにいても特に問題はないということ。
いや、クリスさんが駄目そうな以上問題はありありなのだが。
「な、何を言ってるんですかマリーさん。この私が、これしきのことで……」
「ガウッ!」
「ぴいやあああああっ!?」
「大丈夫じゃなさそうですね」
こらオリバー、威嚇すんな。
クリスさんのこうげきが下がるだろ。
多少下がった方がいいという意見は置いておくとしても……さて、どうしよう?
「あー、オリバー? ひとまずその、クリスさんが怖がっちゃってるから……」
「ワフ? ワワンッ!」
私の言葉を理解したのか、私の手を一舐めして走り去っていくオリバー。
やはり頭のいいやつだ。
あのまま一度は家に帰ってくれるだろう……馬車でせいぜい一、二時間の距離なんて、あいつにとっては都会のコンビニ同然だ。
つまりは、また来る可能性もあるということだけど。
「ひい……食べないでぇ……ゆるして、ゆるして……」
「…………」
クリスさん……。
かわいい……じゃなくて、これは対策の必要があるかもしれないな。
……この弱った姿をもっと目に焼き付けたい、などというよこしまな気持ちはひとまず封印しておくことにする。
「あの、クリスさん?」
「ひゃっ!? ……ああ、マリーさんですか。さっきの犬は……」
「もう行きましたよ」
「……そうですか」
その言葉を聞き、クリスさんがゆっくりと立ち上がる。
精一杯平静を装い、素の表情……と本人は思っているであろう表情で、必死に自身の失態を取り繕おうとしている。
いや、無駄だけど。
「……ふふ」
「えへへ……」
「なんですかマリーさん、イリーナさん。まるでこの私が、何か取り乱したかのような……」
「クリスさん、顔真っ赤ですよ」
「ええっ!?」
それに、まだ足が震えている。
まあすごい速さで私の腕に絡まってきたし、ひとまず大丈夫だろう。
「ふふふ……」
「な、なんですかマリーさん! なんですか!!」
「いやあ……ねえ? イリーナちゃん」
「はい、良いものを見せてもらいました」
「も、もう……!」
恋愛ゲーの主人公とは思えないような黒い笑い方をするイリーナちゃん。
多分私も同じ表情だろう。
おぬしも悪よのう、って感じだ。
とにかく、クリスさんは犬が苦手。
覚えておこう。




