番外の番外・『檻』
太陽が昇り切った頃、私は目を覚ます。
「……ふむ……。……朝か」
現実逃避のように呟きながら。
「昼だよ、ソフィア」
「わかっている……って、ルーシー。いたのかい」
「何? わたしがいたら嫌?」
「……いや、てっきりどこかへ遊びに行っているものかとね」
マリーちゃんにクリスちゃん、他にもいくらかの人間の友人。
彼女らと一緒にいることが増えたルーシーは、最近あまりこの場所にいない。
たまに帰ってきて、また消える。そんなことを繰り返している。
「へえ。ソフィア、やきもち?」
「妬いて欲しけりゃ妬いてみようか。ねーえルーシーぃ、たまには私とも遊んでよぉー」
「…………」
「なんだいその目は。『うわきっつ』とでも言いたげじゃないか」
自覚はあるが。
約××××才、流石にクリスちゃんみたいなことはもう言えない。
「……いや。心にもないことみたいな口調で言われると、少し……傷付くかな」
「ふうん、そりゃ申し訳ないことをした。お詫びは割腹がいい? それとも首切り?」
「しないでね、ベッド汚れるから」
「あいさー」
身を起こそうか少し迷って、やめた。
起きたところですることもない。
「……全くもう。たまの一日くらい、相棒と過ごしてもいいかと思ったのに」
「うわあ嬉しい。じゃあルーシー、しりとりでもするかい」
「今この時間からどうして暇の極地みたいな遊びに興じるのかな」
「何も考えてないだけさ。実際、そんなにすることもないだろう」
今すべきことなど一つもない。
『いつか』でいい。その時にも、私とルーシーは共に在る。
だから、別に、少しくらい人間といてもいいのにな。
「うだうだ言ってないで、ほら。起きなさい」
「嫌だー、まだ眠い」
「一生分寝たよね」
「眠気は一生続くもんだよ」
私を起こそうとするルーシー、意地でも眠りを死守する私。
別にいいじゃないか、わざわざ出かけなくたって。
「よりよい吸血鬼生のため、ソフィアを連れ出すから」
「楽な道を選びたいんだけどなあ」
「明るい太陽の下で暮らそうよ」
「夜の月明かりもいいと思うよ」
……そろそろ限界が近いな。
「夜に寝らんなくなっちゃうよ」
「夜寝ないのは吸血鬼として普通。だから昼寝る」
「る……る……? る、ルーマニアの吸血鬼は夜に寝る」
「ルーシー、いくら知識があるからってこの世界に存在しない地名は駄目だよ。文面も意味わからんし……ってなわけで私の勝ち」
「ちっ……ま、まあいいや。たまには勝ちを譲ってあげよう」
「うん、これで私の98勝96敗ね。勝ち越してるよ私」
なるべく自然な会話を維持しながらしりとりする遊びも、そろそろ第200回が近いな。
最初の10回くらいは良かったが、最近はかなり無茶な会話の繋ぎが増えてきてしまった。
また新しい遊びを考えなければ……。
「あーあ。このわたしが、ソフィア相手にこうも不覚をとるとはね」
「私はいつもとっているけどね。ルーシー、私より背ぇ低いからさ」
「その俯角じゃない」
「ああ、深く考えてなかった」
「さいですか」
「ふかふかの布団に包まれていると、どうにも思考がぼーっとしてね。負荷が高く、不可抗力というか、不確実というか、不確定というか……」
「はっ倒すよ」
適当に言葉を並べ立ててみた。
ルーシーは真顔を維持している。
……前は、もう少し表情豊かだったけれどな。
「──ふああ。なあルーシー、私はとても眠いんだ」
「……そう。じゃあわたしは、マリーちゃんたちの所にでも……」
踵を返した彼女の腕を、掴む。
ほっそりとしたそれは、簡単に手折れてしまいそうで……少しだけ、そうしてやりたい気分すらある。
「待ちなよ、ルーシー。私を放って行く気かい」
「放っておいても寝るくせに」
「それはそれ、これはこれ。いいじゃないか、一日くらい」
「……わたしだって、暇じゃないんだよ?」
そう言いながらも、ルーシーは私の横へ寝転がった。
楽しそうではないが、特に嫌そうでもない。
……昔の『親友』というものは、案外、性格に影響するものかな。
まあ、私には関係ないが。
「きみが、暇であろうとなかろうと……私が暇なら、付き合ってもらうよ……」
「横暴だね、ソフィアは」
彼女を抱き、目を閉じる。
少し、意識が薄くなる。
「……きみには、その責務があるさ。私にもね」
「お互い様?」
「ああ、お互い様だ」
お互い、死なないもの仲間。
不幸も後悔も絶望も、これから無限に味わう同士。
……きみも、勝手に生きるといい。
伴侶だのなんだのと縛るつもりは毛頭ない。
ただ、それが終わった時は──。
「心配しなくても、帰ってくるよ。あなたが思っているよりも、わたしはあなたが好きだから」
「…………。そうかい」
よく言うよ。
全部忘れようとしたくせに。
──いいさ。勝手に連れ戻すだけだ。
きみが私から離れた分、私がきみに近付くだけ。
正しく、永遠に。
「おやすみ、ソフィア。いい夢を」
「ああ」
「わたしには言ってくれないの?」
「……おやすみ、ルーシー。……そばに、いてくれよ」
きみが飛ぶなら足枷になる。きみが走るなら首輪になる。
私はきみを縛り続ける。……それが公平だろう。
「約束する。ずっと一緒だよ? ……ふふ」
真紅の瞳に魅せられる。
こんな時ばかり、きみは笑いかけてくる。
……初めて出会った時からそうだ。
きみは、私が壊れそうな時、ほんの少しだけ寂しい時、不死に心を病んだ時、そんな時ばかり笑っている。
私は、そんなきみに縛られたんだから。




