何も起こらぬはずもなく……
「さあマリーさん、答えてください。私のこと、好きですか?」
「いや、あの……!」
ここは密室、助けはこない。
さらに私の上……比喩ではなく、文字通り真上にはクリスさん。
身動きが取れない。逃げ場はない。
まさに詰み。
くそう、まさか前回のフラグがこんなところで活きてくるとは……。
「答えなさい。私のこと、好きですか?」
「うう……」
圧倒的に有利なポジションを取ったからか、クリスさんの口調が微妙に悪役令嬢っぽくなっている!
でも顔は真っ赤だし、やってることがやってることだから全然怖くない!
これがクリスさんクオリティ!
略してクリリリィ!
……語感の良さを重視しすぎて「リ」が一個増えたな。
連打の掛け声みたいになってしまった。
いや、そんなのどうでもよくて!
「むう……頑固な人ですね。一言、好きですといえばそのまま済むものを」
「…………」
もう悪役令嬢じゃないよ!
言い回しがただの悪役だよ!
主人公側のキャラを拷問して何かを吐かせようとする悪役だよ!!
というか、そろそろ腕が……ずっと掴まれたままの腕が痛い。
持久戦は不利だ……!
「ふむ……こうなったら」
「な、なにを……?」
クリスさんが微妙に姿勢を変え、顔を私の耳元に近づけてきた。
息や熱をより近くに感じる。
信じられないほど熱くて、痛い。頭痛がしてくるほどに鼓動が早まってきて……。
「はむっ」
「……!? 〜〜〜〜!!!」
耳を噛まれた。
耳を噛まれた!?
しかも効果音付きで!
もはや声すら出ない!!
いたい、いやそこまで痛くはない、けどなんだこの感触!
ぞわってしてひやってしてぞくってする、なんだこれなんだこれなんだこれ!
「さあ答えなさい……好きか、好きじゃないか!」
私の左耳を噛んだ状態のまま、器用に声を発するクリスさん。
それは告白じゃない、脅迫だ!
駄目だ、これ以上やったら私の貞操が本格的に!
「す、好きです……!」
「……ほう」
なんかもう、ヤケだった。
顔も頭も熱くてまともな思考が働かない……自暴自棄とは少し違う、何とも言えない気分。
私の耳が、ひとまず未知の刺激から解放される……。
「……うう」
「ではマリーさん……私のどんなところが好きですか?」
だが、尋問はまだ続いていた。
「そ、それは……あの……」
クリスさんのさらっとした金髪が、顔にかかってくすぐったい。
夜、灯りはランプ一つしかない部屋。
……なんか、クリスさんも私と似たようなテンションになってる気がする。
異様な興奮と羞恥に、得体の知れない感情が混ざった表情。
まさしく心臓が早鐘のように鳴り、思考が相手のことでいっぱいになっていく……。
「答えなさい。私も言ったでしょう!」
そういえばそんなことも言っていたな。
変にどこか冷静な思考でそんなことを思う。
顔が本当に熱くて熱くてたまらない。
一挙一動を掌握されているという状況が、余計に思考を鈍らせる。
「えっと……」
「さあ早く!」
捻り出せ。
ろくに働かない頭で。
好きなところ、愛せるところ、可愛いところ!
じゃないとマジで解放されない!!
「つ、冷たそうに見えて優しいところ……!」
「………………」
ああもう陳腐だ。
口にするとめっちゃ薄っぺらい。
そんなことを思った瞬間、クリスさんが黙り込んだ。
よもや何か地雷でも踏んだか、やっぱりありきたりすぎたか、怒らせてしまっただろうか……。
「く、クリスさん……?」
「……よくできました」
「えっ」
混乱した頭を優しく撫でられる。
どうやら良かったらしい。満足げだ。
彼女に撫でられた、そんな事実だけで得も言われぬ幸福感に包まれる。……私は犬か何かか。
「いいでしょう、どいてあげます。私の『彼女』さん?」
にっこりと笑って、クリスさんが私の上からどく。
拍子抜けするほどにあっさりと。
なんだろう、なんか……これでいい、これでいいはずなのに、謎の敗北感がある……!
こ、このまま終わってなるものか!!
「……クリスさん」
「はい? なんですか?」
「愛しています」
「……!!」
今となっては本心だ。
本心からそう思う……それをただ口に出しただけのこと。
それだけで、クリスさんが顔を赤くして黙り込む。
思ったとおりだ、この『悪役令嬢』……めっちゃちょろい!
「白い肌。綺麗な目。整った顔立ち。まさに理想の女性です」
「う、うう……!?」
「可愛いですね、クリスさん。大好きです。一生そばにいてください、離れないでください、私のものになってください」
「ああ、あああああああーーーっ!!?」
クリスさんが顔を真っ赤にして手をぶんぶんと振る。
やりすぎたか、と一瞬思ったが……まあ、こんな光景なかなか見られるものでもない。
喜んでおこう。
照れすぎて取り乱すクリスさん。
これがゲームなら、間違いなくレアな演出に違いない……なんて場違いな感想を抱いた、瞬間。
「ふふ、クリスさん……これに懲りたら、あんまり私を」
「──ふんっ!」
「へっ!?」
「とりゃあっ!」
「な、なん……なに……!?」
クリスさんの叫びと腹部辺りへの軽い痛みと共に、私の体は宙に舞う!
座った状態からのタックル、からの抱きつき、そして投げぇ!
綺麗に決まってゴールイン!
床に座っていた体勢から一転、床に押し倒されていた体勢からは二転、私の体はベッドに押し倒された……!
……なんだって!?
物理法則はどこに消えた!!?
「いいでしょう……この私にそこまで言うならば、思い知らせてあげます!」
「あっえっちょっまっ、ごめんなさいゆるしてまってまってまってまって」
詰んだ。
追い詰めすぎてクリスさんの中の謎のスイッチを入れてしまった。
「ふふふ、今夜は寝かせませんよ……」
暗がりの中、ぺろりと舌舐めずりするクリスさん。
今度もまた、ぴくりとも動けない。
……終わった。
「あ……ゃ……!」
「こちらこそ。愛していますよ、マリーさん?」




