大丈夫じゃないし問題だった
「くあぁ……つかれた」
一人、部屋に戻ってきた。
時刻はもう夜だ。太陽はほとんど沈みきり、窓の外はとっぷりと暗くなっている。
ほんの少しだけ臭うのは、部屋に置いてあるランプのせいだろう……ほのかな灯りだけを頼りに、ベッドに倒れ込む。
「あー……ぅー……ねむい……」
そこはかとなく感じる苛つきを持て余し、広くはないベッドの上でごろごろと転がる。
気分はまるで新入社員。
新入生なのは間違いないが。
あの朝食の後一度クリスさんと別れ、それぞれに学園内の指定された教室に向かった。
そこで、転生してはじめての授業が始まる……はずだったのだけれども。
「なんなんだよあのハナゲが……」
指定された教室に向かうと、そこにいたのはハナゲ……こと学園長だった。
そこそこ広い教室に漂ったあの地獄のような空気は忘れられない。
『学園生活に向けての心構え』だとか言うやつを延々と聞かされ、今日の授業は終了した。
比喩でも誇張でもなく本当に、丸一日全てがあの長話で潰された。
聞いていたのかどうかも正直怪しいぐらい内容は覚えてないけど、とりあえず聞かされた。
開始から数時間が経った頃、隣にいたおとなしそうな子がぽそりと『……燃やすぞ』と呟いていたのはとても印象的だったよ。
何を……というかどこを燃やすの?
やめてよ、気持ちは分かるけど。
「今日は……もう寝る……」
そうして何もかもを放棄して、頭から毛布を被った時。
意識を手放す寸前……何かを叩く音が部屋に響いた。
トントントン。
トントントン。
トントントントントントントン。
……なんで三三七拍子。
もしかして異世界でも共通なのか?
ともあれ、ノックの音が部屋に響いたのだった。
「ぅぁぁ……誰だよ……」
……こんなこと、前にもあった気がする。
そこはかとないデジャブ。
着替えるだけの体力も気力もない、そのままドアを押し開けると……。
「……マリーさん」
「クリスさん……?」
そこにいたのは、もはや見慣れた金髪。
クリスさんだった。
「はい、クリスさんですが」
「いや今のは名前を尋ねたわけではなくてですね」
浮かんだことを口に出しただけだ。
とはいえ、何の用だろう?
もう夜だが、何かあったのだろうか。
「あ……おはようございます。起こしてしまいましたか?」
「え? あ、いや……別に」
寝ようとしていた。
そう正直に言いかけて、口をつぐむ。嫌味にしかならないだろう。
「そうですか。……あの」
「はい?」
「…………。お部屋、上がってもよろしいでしょうか?」
「へっ? あ、えと、まあ……どうぞ?」
「ありがとうございます」
やけにしおらしいというか、遠慮がちな態度だ。
夜に尋ねることを申し訳なく思っているのだろうか……だとしたら本当に何の用だ?
追い込み漁?
密室で逃げ場を無くすみたいな?
そんなわけないか、ははは。
「……えっと、クリスさん?」
「はい」
「はいって……あの、何の用ですか?」
「ん……」
意味ありげに軽く息を吐いて、黙り込んでしまうクリスさん。
心を落ち着けている? ……なんのために?
『親の仇!』とか言って襲ってきたらどうしよう?
心当たりがなさ過ぎて怖い。
「……マリーさん」
「はい」
「好きです」
***
思考停止。
Marieは動作を停止しました。
再起動しています………………
はっ!?
何があった?
驚きのあまり低スペックコンピュータみたいになった気がするけど……。
な、何があったんだっけ?
「……あー、すみません、もう一度言ってもらえませんか?」
「好きです」
スキデス???
農業用具か? いやそれは鋤です。
使い古されたボケしてんじゃねえ脳を働かせろ。
「……えっと、その」
「好きです」
「それはもうかんべんしてくださいしんでしまいます」
「わかりました。愛しています」
わかりましたじゃなくてね?
言い方の問題でもなくてね??
だがしかし、多分あの神(笑)は言っている。
ここで死ぬ定めではないと。
「あー、えっと、その……わ、私のどこが?」
私ばかりメンタルを削られてたまるか!
そんな考えから発された質問であった。
器が小さい。
「綺麗な髪。かわいい顔。癒されるような声。すぐにしどろもどろになる所……」
負けました。
そんな装備で大丈夫か?
一番いいのでもダメだったよ!
私はメンタルが弱いからな!
どうしてくれる!
「……これでいいですか?」
「シンデシマイマス」
「まだ足りませんか? では……」
「クリスさん! ステイ! ストップ!」
オーバーキルにキルを重ねると申すか。
おう分かった、私の残機との勝負だな。もう0です勘弁してください。
「それで、どうなんですか?」
「……どう、とは」
「返事です」
「いやあの」
「返答です」
「言い方の問題じゃなくてですね」
「では……マリーさんは私のことが好きですか?」
よしわかった。
爆発オチでこの場を閉じようか。
……え、だめ?
「…………」
やめて。
そんな見ないで。
しかもちょっと頬を赤らめて。
上目遣いなんて高等テクを私如きにするなぞとんでもないですぞクリス様!
やばい、このままでは名実共に私がクリスさんの彼女になってしまう!
……意外と悪くない……じゃなくて!
「いや、あの……マリーさん」
「はい」
「あの、いきなりそんなことを言われても困るというか……」
「いきなり、ですか?」
「……違うんですか?」
いきなり過ぎてステーキになりそうだが?
どうしてくれる?
こんなの鬼だよ私には無理だよ。
「いえ……だって、『百合営業』とは女性が女性のことを好きになることではないのですか?」
「えっ」
「なので私、マリーさんのことを見てました。好きになれるかどうか、ずっと見てました。そして……本当に好きになりました」
「はぅあ……!?」
Re:勘違いから始まる百合物語!!?
繰り返すなそんなもん!!
私は死んだら戻ってこないぞこの野郎!?!?
「それで、マリーさん。貴方は私のことが、好きですか?」
「う……その、えっと」
「それとも、答えられませんか?」
「…………」
「……そうですか」
クリスさんが俯く。
その顔が悲しそうに……では、ない?
何かを、企んだようにニヤッと笑っ…………え?
「では、こうするしかないですよ……ねぇ?」
「!!!!!!!」
押し倒された。
押し、倒された?
……はへ? 誰に? クリスさん?
「答えられないというのならば、こうするしかないのです」
「く、クリスさん……あっちょっまっ」
「さあ……決めてもらいましょう」
やばいこわいちょっとまってたすけて。
いい匂いするし柔らかあったかいしでもまってちょっとやめて一線を越えないで!!?
戻れなく!
もう二度と戻れなくなっちゃうってそれ!!
「ぁ……いやぁ……」
「嫌、ですか? そうですか……」
「え? ……あ、いや、えと、でも」
「安心してください、マリーさん……嫌じゃなくなるくらい、私に夢中にさせてあげますから。ね?」
「んっ……な、ぁ……」
逃げられない。
いかにクリスさんが華奢であるとはいえ、こうも組み伏せられてはどうにも。
寮の部屋だから大声をだすわけにもいかな、まてまってまってよどこ触ってるのクリスさんクリスさんクリスさん!!!
「さあ、答えてください答えなさい」
「あ、ちょ、ま、な、その、えと、あの」
「私のこと、好きですか?」




