間違いか
「……マリーちゃん。キミの気遣いには感謝するけど、ボクは……」
「自分のことは自分でやる、とか仰いますか。言っておきますが無駄ですよ、この方はそんなことで引き下がったりしませんので」
「クリスちゃん……」
どちらが先に出るかでまたも一悶着あった後、まず残ったのはミラちゃんだった。
やや奇妙とも言える気配は鳴りを潜め、ただの女の子という雰囲気を醸し出している。
猫をかぶっているというか……この期に及んで何かを誤魔化そうとしているかのような。
「ねえ、ミラちゃん」
「なんだい、マリーちゃん」
「なんかさ、隠してるっていうか……嘘、ついてない?」
私のその質問に、彼女は一瞬目を泳がせた。
そしてじっと品定めをするような目つきの後、ゆっくりと口を開く。
「……それを言うならキミもだよ、マリーちゃん。キミからはルーシーに似た……似ているけど微かに違う、そんな匂いがする。キミたち、本当はどういう関係なの?」
「なっ……」
……鈍い驚きが走った。
まさか……いや、間違いない。
私とルーシーちゃんとの関係。
もっと言うのなら、私と吸血鬼との関係について。
彼女には、何も話していなかったはずなのだけど……。
「……いや……ごめん、やっぱりいいや」
「え?」
「聞きたくない。聞いたら、今よりずっとあの子を嫌いになりそうだ」
…………。
やっぱり、彼女は。
「……ねえ、ミラちゃん。ルーシーちゃんと、何があったの?」
「…………」
「答えたくないのは分かるよ。踏み込んで欲しくないって思うのも当然だと思う。でも……それでも、このままでいいとは思えない」
ミラちゃんの目が、ころころと色を変える。
逡巡を、嫌悪を、殺意を、諦観を、悲哀を。
最悪私は嫌われたって構わない。
私にはクリスがいるから。
でも、彼女には……。
「──あの子はね、吸血鬼でしょう? だから、ボクはもうあの子とは一緒にいられないの」
「……どういうこと?」
「面倒だからとぼけないでよ。それがどれだけ残酷なことかくらい、キミはとっくに知ってるはずだ」
「…………」
……無論、言わんとしていることはわかる。
わかるけど、同意はできない。
それが彼女の求めることとは思えない。
「それにボクは……。いや、いい」
「いいって……」
「あの子に聞きなよ。どうせ知ってる……じゃなきゃ、ボクの前であんな顔できるわけがないんだから」
そう言って、今度は引き留める間もなく部屋を出て行ってしまった。
……まあ、仕方ない。
「……ルーシーちゃん、呼んでくるね」
「はい。いってらっしゃい、マリー」
***
「……ミラが、すごい顔で出て行ったけど」
「ご、ごめん」
ルーシーちゃんも不機嫌そうな顔になっている。
というか銅像のように無表情だ。
「別に。わたしが怒ることじゃないし」
「……あー……えっと、聞いてもいい?」
「どうぞ」
やりづらい……。
いやまあしょうがないけど。
「ルーシーちゃん、昔ミラちゃんの友達だったんだよね? それで……」
「違うよ」
「えっ」
「友達じゃない」
「ええ……?」
そこから否定するの……?
そ、そう言われても困るんだけど……。
「……はあ。ま、あなたに意地を張ってもしょうがないか。あの子がそれを望んだんだよ……今の質問にわたしがそう答えることを、あの子は最期に望んでいた」
「……それって」
「わたしはただ、かつての友達との約束を守ってるだけ。ただの知らない人に何を言われたって、それは揺らがない。わかった? マリーちゃん」
「…………」
「今、面倒臭いって思ったでしょ」
「…………」
思ったよ。
思いましたよ。
なんだこの超面倒臭いコンビ。
喧嘩どころか一周回って超仲良しじゃん……。
「別に、わたしはなんだって構わない。向こうが何も思わないなら、わたしも何も思わない。だからこのままでいいの」
「いいわけないじゃん……このままでいいとも思ってないだろうし、何とも思ってないわけもない」
「はー、だる。口出すなよ人間」
……一瞬、その暴言のような言葉に思考が止まる。
けれどすぐにそれが意味を成していないことに気づいた。
「……ルーシーちゃん。私はもう人間じゃないよ」
「あっそう。で?」
「演技でそっけない態度出すくらいならまずその表情隠しなよ……」
さっきもそうだったけど、すごい嫌そうな顔してる。
ポーカーフェイスはどこに行った。
文字通り死ぬほど長い時を生きているくせに、そういうところだけ妙に子供っぽいんだから……。
「……だって。今のわたしがどう考えを変えたって、昔までそうなるわけじゃないじゃん」
「まあ、それはそうかもしれないけど……」
「本当に取り返しのつかないことなんて、この世にそう多くはない。わたしとあの子は、お互いにそれをやってしまったんだよ」
「…………」
断片的にでも、事情はわかっているつもりだった。
ルーシーちゃんの殺人、ミラちゃんの自殺。
端的に言うならばそれだけの話で……だからこそ、余計にどうにもならないこと。
「わたしはあの子を傷つけた。あの子もわたしを傷つけた。戻れるわけがないじゃない」
傷ついたことじゃない。
傷つけたことが何より痛い。
ただの痛みよりも、罪悪感の方がよほど重く胸にのしかかる。
その感情自体はわかるけれど……。
「わかりませんね。そんな後悔より、大好きなひとと仲直りできない方がよほど苦しいと思うのですが」
「クリスちゃん……いや、あなたはそうかもしれないけどわたしは」
「無論、あなたはわたしとは別ですよ。だからこれはわたしの私見です、嫌なら聞き流しなさい。──どうして、水に流す程度のこともできないのですか?」
それはきっと、純粋な疑問だったのだろう。
皮肉でも罵倒でもなく、ただ本当にわからなかった。
……おそらくはその事実が、余計に彼女を突き刺した。
「…………」
「教えてください、ルーシーさん。なぜあなたたちは、そうまでして……」
「……子供だったから、だよ」
「……え?」
そう言って、これまた制止する暇もなくルーシーちゃんは駆け出した。
ミラちゃんの後を追うように。
なぜ……いや……。
「……まずい、かも」
「えっ? ど、どうしましょうマリー、わたしは何か……言葉を間違えましたか……?」
「いや……違うよ。クリスが何も言わなくても、私が何か別のことを言っていても、遅かれ早かれそうだった。……でも、それは駄目だよ……!」
もう、首を突っ込むとか外野とか関係ない。
そんなことされちゃ、私が困る。
「……まさか」
「行くよ、クリス!」
「は、はい!」
***
***
『もう、関わりたくなかった』
『もう、顔も見たくなかった』
『ボクはキミに相応しくないから』
『わたしはあなたを救えなかったから』
『ボクはキミを歪めてしまったから』
『わたしは、あなたの後さえ追えなかったから』
『だから、もう終わりにしよう』
『だから、もう終わりでもいい』
『どうせ生きる理由なんてさほどない』
『きっと生きた意味はもう果たしたよ』
『中途半端は嫌だから』
『あなたがそれを望むなら』
『キミがそれでもいいのなら』
『もう、後悔するのも飽きたから』




