終焉を呼ぶお菓子
「……ただいま」
「おかえり、ルーシー……うわひどい顔」
「…………」
思わず漏れたと言わんばかりのソフィアの軽口にも、大した反応は返せなかった。
自覚はある。
頭が熱いような冷たいような、とにかく妙な気分。
妙というか……悪いというか。
「あーあー、髪もこんな乱れちゃって」
「……ありがと」
「別に。んで、何があったのさ」
「いや……」
飛んできてぐちゃぐちゃになっていた髪が、ソフィアの魔法で軽く結わえられる。
何があったという質問には、答えられる気がしなかった。
というか、何があったのか自分でもまだ整理できていない。
「ルーシーはいっつもそうだよね。人のことにはあれこれおせっかい焼くくせに、自分がそうなったら拗ねちゃってさ」
「別に……拗ねてるわけじゃ」
「この匂いは、マリーちゃんとクリスちゃんとイリーナちゃんだよね。それと……あと一人誰か知らない子。大方その子となんかあったんでしょ?」
「…………」
勘が鋭い。
鋭いのは嗅覚か。
無論、彼女に対して隠し通せるとは初めから思っていなかったけれど。
「はあ……。ほら、座って。お茶淹れるから」
「うん……」
勧められた椅子に座り、机に向かい合う。
木を切り出しただけのそれの上には、質素な花瓶と一輪の花が置かれていた。
「よく咲いてるでしょ、それ」
「……確かに」
「レイラのお墓のとこに咲いてたやつ。お墓参りのついでに一本拝借してきた」
「い、言い方がなんか……罰当たりな」
「あの子はそんなことで怒んないよ」
「そう……?」
いや、まあそうだろうけど。
突然出会ったボクたちに対しても礼儀正しく、優しく……友達になってくれた。
花の一本や二本、喜んでくれるだろう。あの子はそういう子だった。
……その優しさが最期に彼女を苦しめたと思うと、なんだか心苦しいけれど。
「とりあえず飲みな」
「……ん」
「悩みすぎだよ、ルーシーは。どうせ無限に生きるんだ、後回しにしてたってなんの支障もないのに」
「……そうかな……」
忘れたくない思い出はある。
忘れてはならないことだって。
今はもういない誰かのために思い悩むのは、きっと時間の無駄だろう。
だとしても、何も考えないことが正しいとも思えない。
少なくとも、それは誠実ではないから。
「最近は妙に暇そうだし、かと思えばこそこそ新しい魔法とか作ってるし。何? 血と闘争でも求めるお年頃?」
「どんな年さ、それ」
「ルーシー氏、四十五億歳」
「そんなに生きてないよ」
というか、そういうソフィアの方だっていつも暇そうだ。
ごく稀に思い出したように活発に動くだけで、基本的にはひどく怠惰な子である。
「はん。余生があと何億年続こうが何も変わらない、とか思ってるくせに」
「……別に?」
「はいはい。ま別に悩みたきゃ悩めばいーんじゃないの、私は知らんけど。マリーちゃんには迷惑かけないようにね」
「それは分かってる」
巻き込みはしない。
というか、彼女の方だって積極的に無関係の子を巻き込んだりはしないだろう。
わたしの知る限りは、だが。
「そういや昔……私とルーシーが出会うよりもっとずっと昔、なんかあったんだっけ。正直興味ないからあんま覚えてないんだけど」
「きょ、興味ないって」
「生まれる前のことなんて知らないよ。それにまあ、今のルーシーの相棒は私だけだし、ね」
「……それはそうだけどさ」
過去も未来もそんな相手はソフィアだけだ。
他の誰かをそうするつもりは絶対にない。
「ま、好きにしなよ。私は寝てるけど」
そう言い放って、彼女は再び寝室へ引っ込んだ。
いつも通りだ。
まあ、実際どうとでもなるだろう。
以前のような……別世界のクリスちゃんだとか、あるいは予想外の暗躍だとか、そういった気配は感じない。
ただ純粋に、彼女は彼女としてそこにいる。
それが何より厄介とも言う。
……いや、本当に……。
「あれは……一体、誰なんだろうね」
***
***
「ねーねー、マリーちゃーん」
「な、なに……ぐぇぇ」
クリスに右腕を、イリーナちゃんに左腕を、そしてミラちゃんは背中から。
両手に花というか、両腕背中に薔薇の花である。
つまるところは超痛い。
命を抉る棘が生えている。
「お腹すいた。なんか食べよーよ」
「夜ご飯はまだだよ……」
「えー、別にいいじゃん……はむっ」
「ちょっ、人の髪を……あいだだ痛いいだいやめてクリスお願いイリーナちゃんっ!!」
私は悪くない。今回ばかりは本当に。
なぜか彼女に懐かれたのだ。
やや過剰すぎるスキンシップも、見え隠れするその特殊な経歴に裏打ちされたものだろうから……だから本当に勘弁して。
「ふふふー、面白いねキミたち」
「貴様……わたしのマリーを」
「マリーさんから離れなさい……」
ミラちゃんに殺気を向けるのはいい。百歩、いや一万歩ぐらい譲ってそこはいい。
でも溢れるそれを私への攻撃に置換しないで。
そろそろ腕がへし折れそうだ。
「あ、マリーちゃんマリーちゃん。あれなに?」
「あれ……って……」
「ほら、あの屋台。なんか焼いてるっぽいけど、ボクあんなの見たことないよ」
私たちは授業終わり、四人で街へと繰り出していた。
いつもならオリバーの散歩に行っている時間だが、今日はアンさんがその役を買って出てくれたのだ。
なんでもクリスと違って彼女は結構な犬好きだとか。
それはそれとして、ミラちゃんが指差した屋台である。
……屋台であるのだが。
「おおば……ござ……おや……いま…………うん」
「え、なに?」
小麦粉と卵を混ぜた生地を円筒状に焼き、中にはあんこやカスタードクリームなどが詰まったアレ。
アレである。
……屋台で売るようなものかなあ……いやそこじゃないけど。
「ああ、鮮血焼きですね」
「えっ? 吸血焼きですよね、クリスさん?」
「何を言っているのですか、イリーナさん」
「なにその名称こわい……」
話を聞くと、この世界における例のお菓子の起源はおよそ数百年前。
突如森から現れた黒髪のこの世のものとは思えないような美女が製法を広め、その対価として人の生き血を要求したことから鮮血/吸血焼きと呼ばれるようになったのだとか。
……どう考えてもソフィアさんです本当にありがとうございました。
なにやってんの。
てかなんで知ってんの。
なんでこの世界の『例のお菓子』議論に食い込んじゃってるの……。
「マリー」
「マリーさん」
「「このお菓子はなんと呼びますか!?」」
対立しないで……。
ひとの体を挟んで、両腕を掴みながら名称論争始めないで……。
「……アポカリプス焼き」
「あぽ……?」
「かり……?」
私の地域ではそう呼んでいた。
またの名を終末焼きである。
「ふーん……よく分かんないけど、あれ食べよ」
「あんま食べたら太るよ、ミラちゃん……」
「へーきへーき」
まあ……いっか。
クリスとイリーナちゃんも食べたそうにしてるし。
一瞬でもいい。
食べるために手を離してくれ。
平穏を……くれ……。
「はい、マリーちゃん。あーんして」
「貴様っ……! すみません、わたしもこれ買います!」
「抜け駆けですか!? も、もうひとつ! もう一つください!!」
……三方向からアポ焼きが口の中に突っ込まれる。
熱い、多い、口の水分が持っていかれる。
……たすけて……。




