はるかかなたに
「──まーた人を誑かしてきたの? マリーちゃん」
「人たらしみたいに言うな」
「なんなんだろうね、キミ。万人には決して好かれないくせに、ごく一部の人間にだけは異様に関心を寄せられるというか」
「こっちが聞きたいよ……」
白髪頭の小柄な少女は、心底呆れたようにそう言った。
いや、その気持ちも分からないではない。
右腕にクリス、左腕にイリーナちゃん。これはまあいつも通り。
そして背中から頭にかけて感じる感触、というか重み……。
「やっほーい。えーと……ルーシーちゃん、だよね?」
「えっ? あー、うん、まあそうだけど」
「はじめましてー、ボクはミラ。仲良くしてねっ」
「…………。よろしく」
ルーシーちゃんが気圧されている。
というか、なんだか気まずそうに顔を逸らした。
気持ちは分かる。
私の背中にのしかかり、頭に顎を乗せ、腕をだらんと垂らしてくつろいでいるミラちゃん……親戚の子供か何かかと小一時間問いただしたい。
「むう……」
「……ふん」
クリスとイリーナちゃんは、揃ってむすっとしている。
私の腕をそれぞれ拘束しながら。
もうなんというか……とりあえず全員離れて欲しい……。
「んふふふ」
「な、なに……?」
「いやー? ……いい匂いだね、マリーちゃん」
「は……?」
「あ……?」
「ええ……?」
ガチギレクリスとイリーナちゃん、ドン引きルーシーちゃん。
私は……なんて返せばいいの……?
「なーんて。冗談だよ、いい匂いなのは本当だけど」
「あ……ありがと……?」
「どーいたしまして。それより、さ」
冗談めかせてそう言って、彼女はふらっと離れていった。
気まずそうに髪をいじっているルーシーちゃんの元へと歩いていく。
「……何かな。ミラちゃん」
「もー、そっけないなあ。……分かってるんでしょ? 気づかないはずないもんね」
「…………」
なんの話だ。
そう口を挟む暇もなく、やや乱暴にルーシーちゃんの腕を掴んで言った。
「やっと会えたね、ルーシー」
クリスとイリーナちゃんが揃って息を呑む気配がした。
きっと私も同様だ。
この場所から、ミラちゃんの表情は見えない。
ただ分かるのは、彼女の声が急に信じられないくらい低くなったということと……。
「……痛いよ」
「ああ、ごめんね。でも、キミは別にそれでも困らないでしょ?」
「…………」
恐怖。怯え。
そんな表情を彼女が見せたこと。
そのことで、ようやく事態の手触りを理解した。
……本当の本当に厄介ごとらしい。
「それじゃマリーちゃん、またねー。ボク、この後別のとこで授業あるからさ」
「ああ……うん」
「ルーシーも、ね?」
「…………」
ひらひらと手を振りながら、ミラちゃんは去っていった。
なんとも言えない空気だけが残る。
ルーシーちゃんは俯いて、ほんの少し赤くなった腕をさすっていた……。
「……ごめん、帰るね。今はちょっと、キミたち相手でも何も話したくない」
「う、うん……またね」
これまでにないほど弱気な声だった。
こちらをちらりとも見ずに飛び去っていく彼女を、ただ見送ることしかできない。
「だ、大丈夫でしょうか。あのふたり、どういう関係で……」
「今わたしたちが何を考えても邪推にしかなりませんよ、イリーナさん。あの方は愚かであっても弱くはない……また戻ってくるでしょうから」
「そう……ですね……」
確かにそうだ。ルーシーちゃんは、あの子は決して弱くはない。
目的のためならなんだってやる、一種の残酷ささえ持った子だ。
けれど……なんだか胸騒ぎがする。
この件に関して、彼女は……。
「……クリス。後でちょっとでもいいからさ、もう少しミラちゃんから話を聞いてみようよ」
「ですが、マリー……」
「余計なことだったのなら後で謝ればいい。取り返しのつかないことなんてそうはないでしょ? それに……ほら、友達のことだしさ」
無論誉められた行為ではないだろう。
人には人の事情がある。
無闇に立ち入ったってろくなことはない、それは私だって理解しているつもりだ。
でも……なんだろう。
強いていうなら勘だろうか。
この件に関して、静観することが正しいこととはどうしても思えない。
「あの方は……そういうおせっかいを好みそうには思えませんが」
「お互い様でしょ。ね、イリーナちゃん」
「そ、そうです! 私だってその、色々と……助けられましたし!」
人のことは言えないだろう。
あの究極のおせっかい焼き……世界を超えさせてまでクリスを手助けしようとしたあの子のことだ。
「…………。マリーって、時々すごくしつこいですよね……」
「え? そ、そう?」
「そうですよ。まあ、反対なんてしませんけどね」
「クリス……!」
そうと決まればやるしかない。
まずはミラちゃんのところに……!
「いや、マリー。今は駄目ですよ」
「えっ?」
「えっじゃありません、とぼけないの。これから授業ですからね」
「あっ……うん……」
お母さんか。
そう言いたくなるのを寸前で堪えた。
歯がゆいが、まあ仕方ない。
今はひとまずこの時間を耐えるしか……。
***
***
『──うん? キミ、だあれ?』
『わ……わたし? え、えっと……だれ……?』
『……? 覚えてないの? 忘れちゃったの?』
『違う……と思う。きっとわたしは、まだ何も与えられていないだけ』
『んん……? よくわかんない、変なの』
『そ、そうかな……』
『んー……それならさ。ボクが、キミに名前をつけてあげる』
『な、名前?』
『うん、名前。大切な人にもらう、大切なものだよ。ボク、キミと仲良くなりたいな』
『うええ……? で、でも、わざわざ悪いし』
『気にしなくていーのっ。んー、なにがいいかなあ』
『そ、そんなこと言われても……』
『…………きーめた』
『な、なあに……?』
『キミの名前は、ルーシー。どう、いい名前でしょ?』
『るー……しー……』
『うん。それじゃあボクの友達になって、ルーシー』




