かつての友人
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……懐かしい。
とても懐かしい景色の中に立っている。
けれど、思ったように体は動かない。
確かにそこにあるはずのものが、透き通って消えていく。
足元はおぼつかないし、頭もなんだか働かない。
……ああ、これは夢なのかな……?
『ねえ』
『……っ!? な……に……?』
驚きが二重に走った。
一つは、紛れもない幻影に話しかけられたこと。
もう一つは……それが忘れられない、忘れられるはずもない人物の姿だったこと。
『キミ、大丈夫? 変な顔してる』
『へ、変って……いや、そんなことより』
なぜ会話している。
なぜ、今更彼女が。
なぜ、なぜ、そんな混乱ばかりがあった。
『あっはー、まさかまだ迷ってるとか? 心配性だなあ、ボクは大丈夫だって』
『……そりゃ……心配はするでしょ』
当時の光景が、意識的に思い出すまでもなく想起される。
そうだ、わたしはあの時。
『ねえ』
『うわっ!? う、後ろにも……!?』
『なんで?』
『え……?』
現実的ではないことが平気で起こる。
当然だ、これは夢なのだから。
……あるいはこれは、後悔なのかもしれないけれど。
『助けて』
『ひっ……!?』
足元にも彼女が出現する。
最期に見たそれと同じ、血塗れで無様な姿だった。
『なんでわからないの』
『や、やめ……やめて……』
横にも。
『止めてほしかったのに』
『そんなこと……言われても……』
上にもだ。
『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』
『ボクは』『キミは』
『まだ』『なんで』
『死にたくなかったのに』『助けてくれなかったの』
『友達じゃ、なかったの?』
それは、確かに言われた言葉だった。
いや、ただの幻影の妄想だった。
彼女はそんなこと言わない。
わたしが勝手に怯えてるだけだ。
死者は喋らない、動かない、脅さない、怖がらない。
だから、なにも、なにひとつ……。
『なんで?』
『や……やめ』
『ボクとキミは、友達じゃなかったの?』
『…………やだ』
逃げられない。
埋め尽くされていく。
今となってはかすかな思い出が、思い出したくもなかったそれが、少しずつ塗り替えられていく。
きっと楽しかったはずなのに、最後の最期に聞いたそんな言葉が……何もかも全てを覆い隠す。
『いいよ。キミのことなんて知らない。……さよなら、ルーシー』
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「…………」
痛む頭を、そっと抑える。
自分の真っ白で長い髪が、今に限ってはうざったい。
控えめに言っても最悪の寝覚めだった。
マリーちゃんたちの件が落ち着きを見せて緊張が解けたか……だから今更あんな夢を見たのか。
……本当に、それだけかな……。
「んあ……ルーシー? どうかした?」
「ソフィア……いや、なんでもないよ。ボクは平気」
「……そう」
時に怠惰にさえ見える彼女は、そのまま再び目を閉じた。
別に咎めるつもりもない。
時間なんて普段は余り過ぎている、無駄にするくらいでちょうどいい。
「……マリーちゃんたちのとこ、行ってくる」
「んー。私も気が向いたら行く」
「はいはい、行けたら行くんだね」
ボクは知っている。
これは来ない。
絶対に、絶対に来ない。
断言できる。
「失敬な、いつだって行こうとは思ってるよ。思ってるうちに夜なだけで」
「はいはい」
適当な生き方を。
まあ、ボクに言えたことでもないけれど。
「いってらー」
「いってきます」
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***
「ねえねえ、マリマリ」
「どうしたクリクリ」
「なんですかその呼び方」
「えっそっちがそれ言うの?」
いや、まあいいけども。
何が言いたいんだ。
「やっと。やぁーっと、また授業が始まりますね」
「まあ……うん」
長い、長い休みだった。
危うく私自身、私が学生であることを忘れかけたレベルだ。
そういえば、学生の本分は勉強だったなあ……。
「しかし、こんなに人が少なかったでしょうか?」
「ああ……まあ、色々あったし。事情は人それぞれなんでしょ」
クリスと一緒に席に着いた教室内で、改めて辺りを見渡す。
決して少なくはないものの、それでも以前と比べると明確に人が減っていた。
寂しいが、まあしょうがない。
クラスメイトのナントカ君もカントカちゃんも、絶対に忘れない……!
「さすがはマリー。いかに周囲の人が減ろうと、揺らぐことはないのですね」
「うーんなんか気になる言い方……」
「友達すっくないですもんね」
「すっくないとか言うな!」
い、いるし!
多少はいるし!
わずかにいるし!
いなくはないし!!
「──おはようございます、マリーさん!!!」
「あ、おは……おっふ」
『マリーさん』の『さ』のあたりで、数少ない友人の一人が突貫してきた。
脇腹に。
……正直ほんの一瞬三途の川が見える勢いだった。
「朝から元気ですね、イリーナさん……」
「あ、クリスさん! クリスさんもやりますか!?」
「丁重にお断りいたします」
「そうですかー……」
めっちゃ残念そうにしている。
が、それはそれとして。
「イリーナちゃん、アンさんは?」
「別の教室です! 本当は一緒に受けたかったんですが、どうしても時間割と合わなくって……」
「ああ、そうなんだ」
まあ元気ならよし。
また前みたいに、気づいたら避けられてたなんてごめんだからね……。
「あっ、そうだマリーさん!!」
「な、なに? 声大きいよ……」
「実は、マリーさんとお近づきになりたいという方がいらっしゃいまして!」
「……?」
お近づき?
ど、どういうことだ……?
「詳しく聞きましょうか、イリーナさん」
「んえっ? あっ、す、すみません、そういう意味じゃなくってですね。マリーさんの知見というか、経験といいますか……つまるところそういう話でして……」
……ああ、なるほど。
クリスからものすごい殺気を感じたが、それはとりあえずしまってもらうとして。
そういう話。
人が集まるこの場では大きな声では言いにくい、ちょっとばかり複雑な話。
転生だの転移だの、異世界だの別世界だのという意味だろう。
……また厄介ごとの匂いがするんだけど……。
「ま……まあ、そういうことなら」
「ありがとうございます! ではお呼びしてきますね!!」
イリーナちゃんは先ほど突貫してきた時と同じように、すばしっこく走り去っていった。
頭を抱えたくなる衝動をなんとか抑える。
正直関わりたくない……関わりたくないけど、見過ごすこともできない……。
「ま、マリー……。わたしがついていますから、ね?」
「ありがと、クリス……」
そうしてクリスと一緒に待つこと数十秒。
私たちのところに、一人の女の子が近づいてきた。
「──や、はじめまして。ええと……キミがマリーちゃんって子?」
「え……ええ、はい。はじめまして」
真っ先に目を引いたのは、硝子細工のように繊細な色の瞳だった。
それなりの長さの赤毛をくりっと結っていて、着ている服はやや大きめ。
身長は……クリスや私よりは少し小さく、イリーナちゃんよりは少し大きいくらいだろうか。
美少女という表現がぴったりと似合う──もちろんクリスには及ばないけれど──そんな彼女は、どこかで聞いたような口調で喋り出した。
「そっか。ボクの名前はミラ、よろしくねマリーちゃん」
「あ、うん……よろしく」
……隣のクリスが何も喋らない。
というか固まっている。
その理由はなんとなくわかった。
おそらく、私と同じように……ミラと名乗った彼女から、知り合いと同じ雰囲気を感じ取ったからだろう。
「で、早速で悪いんだけど……キミ、前世の記憶があるって本当?」




