悪役令嬢と百合営業と
「──ねえ、マリー」
「ん? どしたの、クリス」
それはある日の昼下がり。
色々あったし今日くらいはゆっくりしよう、そう決めて部屋でくつろいでいた最中のことだった。
「いつのまにか、随分と友達が多くなったものですね」
「はえ? そ……そう?」
私の背後に回り、いじいじと髪を弄びながらクリスはそんなことを言う。
いつもよりやや平坦に感じられる声からは、複雑な感情が読み取れた。
「ルーシーさん、ソフィアさん。タケ? という方に、以前お会いした巨人族の方。オリバーくん、アンさん、それにイリーナさん……」
「うん……うん?」
いくつかちょっとおかしい気もするけれど。
ジャンさんは微妙に友達と言っていいのか怪しいし、オリバーは友達っていうか家族だし。
タケくんに関しては……友達だなんて言ったら怒りそうだ。
「ああ、そうそう。イリーナさんには告白までされたんでしたっけ? 色々な方に愛されて幸せですね、マリー」
「そ、それは……いだっ、痛い痛い痛い! ひ、引っ張んないで!?」
後頭部の生え際のあたりをぎりぎりと捻られる。
いや、あれは……驚いたというか……うん。
「あのね、マリー」
「は……はい」
「手当たり次第に誑かすのは結構ですが、万一それでわたしに構う時間が減るようなことがあれば……ねえ……?」
「べ、別に誑かしてるわけじゃな痛い痛い痛い痛い痛いっ!?」
痛いって。
髪、抜けるって。
というか既に軽くぷちぷち言ってるんだって!
「まあ、そろそろ一通りけじめはついたのでしょうが。今後は何をするにも一緒ですからね、マリー」
「もうだいぶ一緒な気がするけど……」
「それは……確かに」
「でしょ?」
王の居城を出てからは、なんだか知らないうちに各自解散してしまっていた。
なのでルーシーちゃんやソフィアさんの手も借りつつ、各方面に色々と挨拶回りを済ませてようやく戻ってきたのが今となる。
ジャンさんの故郷、タケくんの拠点、あとはクリスの実家にも。
それぞれ一悶着あったり、私がなぜかイリーナちゃんに壁ドンからの告白を受けてクリスが見たことのないくらい複雑な顔をしていたり、あるいはクリスに襲われたり。
諸所諸々紆余曲折と言わんばかりに色々あった。
「──とはいえ、そんなことはなんでもいいんです」
「急に投げたね」
「違います、もう終わった話なんですよ。長々と語るまでもなく、わたしとマリーはずっと一緒……ずっと昔から決まっていたことですから」
「……まあ……そうかもしれないけど」
そうかもしれない……のか?
いや、事実そうではあるけれど……。
「だからね、マリー……おや?」
「ん? 誰か来た?」
ずっと弄られていた私の髪が綺麗な三つ編みになった頃、部屋にノックの音が響いた。
こうして来訪者が来るのも、なんだか久しぶりに思えるが……。
「マリーちゃーん、クリスちゃーん。遊びにきたよー」
「ワンッ!」
「まっ、マリーしゃんっ! おひゃようごじゃいましゅっ!」
「噛みすぎですよ、イリーナさん。そんなに緊張することありません、クリスだってどうせいるでしょうし……」
ルーシーちゃん、オリバー、イリーナちゃんにアンさん。
うん、いつものメンバーだ……いやオリバーがここにいるのはおかしいけどね。
誰か突っ込んでよ。
「はーい、今開け……いづっ!?」
「マリー」
「な、なに……わっ」
ドアを開けに立ちあがろうとした矢先、出来上がった三つ編みを掴まれた。
言うまでもなくクリスの仕業だ。
数十分ぶりに向き合った彼女の瞳には、悪戯な光が浮かんでいて……。
「ん」
「え、何」
「抱きしめなさい。あなたが真っ先にすべきことです」
両腕を開き、上目遣いでクリスはそう言った。
ああ……もう。
「分かったよ……ほら」
「ふふ……」
断るわけもない。
離れるまでの十秒程度をたっぷりと味わった。
きっとこれからも、色んなことがあるんだろう。
事態はいつでも私の想像の上をいく。
苦しいこと、嫌なことだって……彼女と一緒に過ごしているうち、山ほど味わうことになる。
それが嫌かと問われれば、全然そんなことはないけれど。
「──ふう。ごめんごめん、今開けるよー」
「ワン」
「おや? 珍しい髪型だね、マリーちゃん」
「す……すっごく似合ってます!」
一度は悪役になった彼女と、これからもずっと一緒だ。
それは私が蒔いた種で、私が選んだ道で……それに、彼女との幸せな道。
今でもたまに思い出す。
下手くそにもほどがある始まりの日、出会い。
今も変わらない彼女の瞳と、ずっと変わることのない想いを。
「……あの、クリス?」
「なんでしょうか、アンさん」
「実はずっと聞きたかったのですが……マリーさんの首に巻いてあるものって、まさか……」
悪役令嬢だった彼女に、百合営業をしかけた私は。
いつの間にやら本気にさせて、いつの間にやら本気で愛して──。
「はい。オリバーくんのものと同じ、大型犬用ですね」
「ええ……?」
──ペット扱いされていた。
……どうしてこうなった?




