また、ふたりでいられたのなら
「理解できなくともいい……それを説明する意味も、説明したい理由も私にはない」
王は、さも気怠げにそう続ける。
私とクリスの死は覆ることのない確定事項、そう告げられていた。
無論それで納得できるわけもない。
「せ……説明してよ。そっちに理由がなくたってこっちは違う」
「何も聞かずに死ねるほど、わたしたちは自分を捨てられません。……どうか、お願いします」
握られた手は、びっくりするほど冷たい。
クリスの怯えが、恐怖が、まさしく手に取るように伝わってくる。
もう、手放すなんてできるはずもない。
ただありふれた幸せを彼女に贈りたかった。
……もし、それが無理だったとしても……。
「…………。ここ最近の不可思議な現象について、何か知っていることはあるか」
「え……?」
「未だ火元の分からぬ大火。理不尽な死と別れを振り撒く疫病。各地で起こる、取るに足らんような……されど調べれば調べるほどに謎を呼ぶ不審死。その度その度仕事が増える……もううんざりだ」
「な……何を」
……ルーシーちゃんも言っていたことだ。
原因のはっきりしないそれと、いくつかの不運が重なり、私たちはその件において悪にされたと。
王の仕事が増えるというのも……まあ分からないではないけれど。
でも、そんなこと。
「理不尽だと。非道だと、そう思うか」
「…………」
「私は確かに、お前たち二人を殺すよう指示を出した。根拠はないさ……強いて言うなら出所のはっきりしない噂話程度だ」
「……っ」
視界の端で、イリーナちゃんが息を呑んだような気がした。
その意味は分からない。
「こう言おうか。王として頼む、死んでくれ。そうすれば全て丸く収まる、と」
「……そんなこと言われても」
「困るだろう。怒るだろう。だがそういう話だ、諦めろ」
「はあ……」
始終適当な態度の王に、怒りどころか呆れすら湧く。
言葉の真意は分からない。そんなものがあるのかどうかすらも。
ただ、表面のみを素直に捉えるのならば……。
「……おい、おっさん。そりゃねえだろ」
「た、タケ……」
「丸く収まるだ? 黙れよ無能。体よく押し付けて仕事を減らそうって? 全部こいつのせいでしたーって、後出しで言って自分の責任は無視か? クズがよ」
「……全く」
……そういうことになるのだろう。
よくすらすらと言えるものだ。
「それがどうした」
「あぁ゛?」
「押し付けて責任逃れ、それの何が悪い? 何度も言っているだろう、私は忙しいんだ」
「てめっ……」
「タケ! 暴力はやめろ!」
ジャンさんが、タケくんを羽交締めにして止めた。
殴りかかるのはよくない。……さっきのクリスとはおよそ別の理由で。
彼の言うことももっともだ。
いっそ人道的と言っていい。
……だけど……。
「……クリス」
「……はい」
隣の彼女とアイコンタクトをとる。
同じ考えに至ったのだろう、そっと手を握り返してきた。
もう、冷たくなってはいない。
「な……納得できませんっ! マリーさん、クリスさん、今すぐここから逃げてくださいっ!!」
「……イリーナちゃん……」
「謝らなくちゃいけないんです! 謝って、ちゃんと気持ち伝えて、それで……それで……」
「な、何の話……?」
私たちと王の間に立ち塞がった、彼女の足は震えていた。
場違いなほどに乱れた髪は、先ほどまでの彼女の状況を端的に表している。
改めて突き付けられた現実を受け止められない、そんなところか。
……当然だ。私だって怖くて仕方がない。
それでも、そんなことをしても無意味なのは、誰より自分で分かっているだろうに。
「イリーナさん。駄目です」
「アンさん……っ! や、やめて! 離してください!」
そんな彼女もまた、アンさんによって腕を掴まれ部屋の端へと追いやられた。
再びクリスとふたりで王と対峙する。
相変わらず気怠げな瞳で、こちらの行く末を観察していた。
「私たちには何もできません。それと……ごめんなさい、クリス。私には、守りたいものがありますので」
「……ええ。どうかお幸せに、アンさん」
寂しげで気丈な別れだった。
もしかしたら、まだできることがあったかもしれない。
足掻いて足掻いて足掻き続ければ、生き続ければ、その先に何かが……。
……分からない。分かりもしない。分かりたくもない。
でも、たった一つ分かることは──。
「……逃げないの? ふたりとも」
三度、前に立ち塞がる人影があった。
顔は決してこちらに向けず、小柄な体を震わせている。
目に入るだけで印象に残るような、眩しい白髪の少女。
ルーシーちゃんもまた、イリーナちゃんと同じように……そうして守ろうとしてくれていた。
「……幸せに、なりたかった。なってほしかったよ。でも……」
「だからって、他の全てを蔑ろにできますか? わたしたちは……そこまで、無責任にはなれません」
事ここに来て、やっとふたり共覚悟が決まった。
いや、ずっと前から決めてはいたのだ。
だからこれはほんの偶然の産物で……ちょっとだけ足掻いて、そしてもう一度悟った、往生際の悪い話でしかなかったのだろう。
「キミたちは……っ。……それならどうして、今もまだ生きているの」
冷たい、冷たい言葉だった。
心を刺して抉るような。
あるいはそれは、確認だった。
「ほんのちょっとの……わがまま?」
「……ええ。最期に、もう一度会いたかったので」
本当に僅かだけ残った希望と、確実に残ったものを求めて。
前者は今の状況を全てひっくり返せるようなどんでん返しで……後者は、もう一度だけ触れ合う機会。
前者の贅沢は得られなかった。後者のわがままは許された。
それさえあればよかった。
「…………。ふたり一緒に終われることが、そんなに大事?」
「大事。何よりも」
「それくらいでなきゃ、人生に意味なんてありませんよ」
いいじゃないか、これで。
私たちふたりが罪を被る。
犯人は捕まり、事件は解決。
未曾有の災害に、言うなればオチをつけるのだ。
すっきりとした幕切れで……その後のケアは、この頼りない王がどうにかしてくれるだろう。
元々、いくつかは私たちで蒔いた種だ。
何もかもをほったらかしにして逃げるのは……きっととても楽しいだろうけど、それじゃ多分駄目だろう。
ほとんど全てをチャラにして、ここで終わりにできるのだ。
それもクリスと一緒に。
もしも最良でなかったとしても、それは、一つのハッピーエンドじゃないか。
「……そう……」
「ルーシー。もういいでしょ」
「ん、そうだね。まあ元々ボクの役目なんてなかったけど……」
「別にいいんじゃないの、それで」
……?
何の話をしてるんだ、あの吸血鬼ふたりは?
「さてと……それじゃあ、やっぱりボクは邪魔だったね。ふたりがそんなに大事なら、ボクがしたことは非道の極みだ」
「な、なんのこと……?」
立ち塞がったままだった彼女が、初めて振り向いて顔を見せた。
……これ以上なく、いい笑顔だった。
「それでも、無意味だったとは思わないよ。尊い犠牲なんて言葉、ただの自己正当化だけど……この件に限ってはまさしく、あの子の存在に意味はあったんだから」
「……? ……なっ」
「クリス? どうかした?」
クリスの目が、外に釘付けになっている。
窓の外に。
当然のことを敢えて今言うが、今私たちがいる場所は建物の中で……それも二階だか三階だか、ともかく地面に直接立ってはいない。
つまるところ、窓の外には何もなく……ただ、空気だけがそこには存在するわけなのだが。
通常、ほとんどそれだけのはずな景色は。
「うん、時間ぴったり。ソフィア、なんか言っておいたの?」
「いや、別に。場所も時間も何も伝えてないよ」
「……雑だね……」
「正確にどこ行くかとかわかんなかったし」
いっそ清々しいほどに呑気な吸血鬼ふたりの会話が響く。
それ以外の面々……私、クリス、ジャンさんにタケくん、イリーナちゃんとアンさん、さらに王までも皆一様に硬直していた。
窓の外に佇む、金髪の少女を見て。
より正確には、その外見と状況を総合して見て、だろうか。
「──こちらの野暮用は済んだのですが……ふむ。まだ解決していなかったのですね」
「あー、そうそう。ええっとね……」
「説明は不要です、ルーシーさん。大方把握していますから。さてと……」
「話が早くて助かるよー」
いつまでも呑気なルーシーちゃんの声と共に、彼女は室内に降り立った。
ほんの少しだけ長い金髪、それとなく歳を感じさせる服装、より冷たさを増した瞳。
それでも確かに同じだと分かる、もうひとりの彼女は。
「大口叩いてそれですか。全く……幸せにするって言ったでしょう、マリーさん」
どこかはにかんだような顔で、そう言った。




