何と立つ
絢爛豪華な装飾に、過剰とすら言えるような設備の数々。
明らかにどうでもいい場所にまできっちり蝋燭の火が灯っていたり、警備がいたり。
あるいはそこかしこに絵が飾ってあるとか、隅々までふかふかの絨毯が張り巡らされているとか──そんな場所を想像していた。
一国の王の住まう場所といえば、そうなのだろうと半ば勝手に思い込んでいたのだけれど。
「──ああ……なんだお前らは。何をしにきた? あいにく私は忙しいんだ、用があるなら手短に言え」
そんなものはなかった。
至って普通というかむしろ異常というか、障害と呼べるものなど何一つなく、ここまで辿り着いてしまった。
拍子抜けしそうになりながらも相見えた彼……おそらくは王と呼ばれるものですら、さして風格を放ってはいない。
腰掛けたそれは玉座と呼ぶには質素であり、気怠そうに肘をついている机には雑多な書物や書類が並んでいた。
服装も平凡、髪型は多少整えた形跡が見える程度に乱れている。
まあ、つまりは。
「なんだ、ただのおっさんじゃねえか」
「こ、こらタケ!」
口をついて出たとでも言うふうに……つまり皮肉でも侮辱でもなく、純然たる感想として。
彼が言わなければ私が同じことを言っていたかもしれない。
「ふん、くだらんことを。用がないなら帰れ」
「……そういうわけにはいかない。少なくとも、私の婚約者を無事に返してくれるまでは」
「はあ? 何の話だ?」
突然すぎたか、通じていないようだ。
一抹の不安と苛立ちが募る。
そしてさらに口を開こうとした、その矢先……。
「──よいしょっと。ちょっと出遅れた、かな……?」
「さあ、それは……おっと」
背後の扉が開き、聞き覚えのある声がした。
……ルーシーちゃん、それにアンさん。
そして、駆けてくる足音は。
「マリーさんっ!!」
「な……わぷっ!?」
「マリーさん、マリーさん……っ! よかった、間に合ってよかった……!」
振り向きざまに抱きつかれた。
その表情を見る暇もなく……見るまでもなく、彼女の名前を口にする。
「い、イリーナちゃん……!?」
「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい! わた、私は、ずっと……あれ? クリスさんは……?」
「……ええっと」
どういう状況だ、これは。
いや状況自体はわかる、ルーシーちゃんが他二人をここまで連れてきたのだろう。
問題はその目的で。
「ふう、やっと戻って来れた。ただいまルーシー、それにマリーちゃんも元気で何より」
「そ、ソフィア! どこ行ってたの!?」
「ん? んー……さあ? どこだろう?」
「ええ……?」
そうこうしているうち、窓からソフィアさんも入ってきた。
窓からだ。
清々しいというか状況を考えて欲しいというか……。
「な……なんなんだ、お前らは……」
王は呆気に取られていた。
そりゃ私だってそういう反応になる。
どう説明したものか、というかソフィアさんに関してはどう弁明したものか、思考を巡らせる……暇もなく。
「──マリー!!!」
「あがっ!?」
「わわっ!?」
ルーシーちゃんが開けっぱなしにしたドアから、金髪の少女が飛び込んできた。
比喩ではなく大袈裟でもない。
イリーナちゃんとふたりまとめて受け止める、というかぶつかって押し倒される。
私の婚約者はスーパーボールか何かか。
放物線を描いて、本当に飛んできた……!
「…………」
「……? く、クリス……だよね……?」
「……お腹が空きました……」
「何しにきたの!!?」
開口一番にそれか。
……いや、境遇を考えればわからなくもない。
この子もきっと、私と同様に劣悪な環境にいたのだろうから。
ただその……なんというか……再会にしてはあっさりしすぎというか……。
「まあ、わたしとマリーが一緒にいるのは当然のことですから。あえて語る言葉はありません」
「い、いやそれにしても……」
「泣き言よりも先に、やるべきことがあるでしょう? あなたの考えることくらいわたしにはお見通しですからね」
…………。
やっぱり敵う気がしない。
でも、やられっぱなしじゃ気が済まなかった。
「……そっか。でも、クリス」
「なんでしょうか?」
「ありがとう」
「……こ、こちらこそ。いつもありがとうございます、マリー」
うん。
ちょっと『やってやった』気分だ。
可愛いからよし……かな?
「……おい」
「あ、そうだマリーちゃん。ついでにというかついてきたというか、キミの……」
「ワンワンワンッ!!!!」
「おわっ!? お、オリバー!」
ふわふわ飛び跳ねる茶色の毛玉。
私とクリスとイリーナちゃんはまたも飛びつかれ……ああもうめちゃくちゃだ。
というか、さっきからイリーナちゃんが声を発していない……。
「はわ……」
「だ、大丈夫? イリーナちゃん」
「くりすさんと……まりーさんのにおい……あったか……ほわあ……」
「…………」
……この子もこの子でなんかこじらせてないか。
いやもういい、あとで聞く。
「──おい、お前ら」
「ごめんごめん……何の話だったっけ」
「…………」
王に睨まれた。
冗談の通じないおっさんだ。
いや、冗談が過ぎるのはこっちか……。
「む。あなたが王ですか」
「……いかにも」
「ならば、わたしのマリーを返しなさい。これはわたしのものです」
「マリー、クリス……そう言ったな。その名は知っている。そしてこう返そう、それはできない」
威厳ある口調で、されどどこか呆れたように王はそう言った。
私たちふたりの名前を聞いて、それとなく状況を把握したらしい……その目には敵意が宿っている。
まあ、当然だろう。
私たちふたりは、囚われ死刑を告げられた身で……つまるところは逃亡者だし。
「そうですか。ならあなたの命を……」
「待って待ってクリス……はあ。王様、私たちは何もしていないよ。確かに色々あったけれど、誓って言える……この子は絶対に、死ななきゃならないような罪を犯してなんていない」
手を出すのはいけない、余計に事態がややこしくなる。
それよりも刑が不当であることをきっちりと説明しなければならない。
「そっ、そうですよ! ふたりはそんなことしません!」
「イリーナさんの言う通り。お二方に刑罰を科すことに何か明確な根拠はおありですか、王様」
イリーナちゃんとアンさんもそれに乗っかってきてくれた。
二人の仲は悪くなっていないようで何よりだ……なんかアンさんの目つきが怖いけど。
怖いというか見慣れたというか……どことなくクリスに似ているような……。
「なあおっさん。こいつらが完璧に清廉潔白の身だなんて言うつもりはねえが、殺すのはやりすぎじゃねえの?」
「お、俺もそう思う。王様、もう少しこの人たちの話を聞いてやってはくれないか……お願いだ」
タケくんにジャンさんも、同様に苦言を呈す。
……しかし、王の反応は良いものではなかった。
「…………」
「……ねえ、王様……」
「駄目だ」
「そ、そんな。ちょっと待ってよ」
片手を上げて私の言葉を遮り、ため息をついてこちらを睨んでくる。
疲れのような諦めのような、そんな感情が見え隠れしていた。
「これ以上お前たち二人を野放しにはできない。擁護する者も同様としよう」
「何を……!」
「…………。それ以上の道はもはやない」
横に立つクリスの手が、私の手をぎゅっと握る。
爪が食い込むような強さで。
「……わたしとマリー以外の者にまで、手を出すつもりですか」
「これ以上くだらん擁護を続けるのなら、だ。ご友人達を守りたいなら即刻帰らせるがいい」
「何の権利があって……!」
「クリス、駄目!」
一歩踏み出したクリスを再び止める。
力に訴えても意味はない。
「権利? そんなものはない。ああ、一つだってないとも」
「……何を」
「確かに私はこの国の王だ。……それが何のためになる?」
「……? どういうこと?」
その問いに、彼が直接答えることはなかった。
どこか冷めたような瞳で、逆に言葉を投げかけてくる。
「お前達には分からないだろう。私にもさっぱりだ。……極めて歪に裁くことでしか、もはや民心は収まらない」




