何を背にして
「…………ぇ」
捨て身で放った強い光。
自らの身体を蝕み、何もかもを破壊する……そのためだけの、ただただ純粋な暴力。
どうやったって制御できない、できるはずもなかったそれは。
「──まったく、無茶をしますね。こんなことをしたって何にもならないでしょうに……あなたがどうなろうと構いませんが、マリーさんを悲しませるようなことはやめなさい」
「な……に……」
あっさりと、消えた。
掻き消された。
いや、より正確に言うのなら……食い尽くされた?
視界の端をふわりと通る金髪、ほんの少しだけ違って聞こえる声、いささか歳を重ねた──自分に。
「これだけは断言します。そんなことをしたって、あなたが満たされることはない。……何もかもを悲観して世界すら壊そうとしたところで、それを達成したところで、失ったものは帰ってこない」
「……っ」
かつてわたしとマリーを救った、もうひとりの私。
別の世界の……吸血鬼と化した私は。
弱った心を見抜いたように、冷たい瞳でわたしを見下ろしていた。
「それに、手遅れというには早すぎますよ」
「何を……」
「マリーさんは……この世界のあのひとは、まだ死んではいません」
「……っ!?」
頭を殴られるような衝撃が走る。
声すら出なかった。
「ほら、行きなさい」
「ど、どこに……!」
「一番大切なものの隣に。それとも、私が探して差し上げましょうか?」
手足に嵌められた枷が、あっさりと蹴り砕かれる。
始終無表情だった彼女は、初めて意地の悪い笑みを浮かべた。
「……っ! ふ、不要です! 自分で探せますから……!」
小さな苛立ちに背中を押され、震える足に鞭を入れながら立ち上がる。
どうして彼女がここにいるのかは分からない。
もう会うことはないと思っていたし、会いたくもなかった。
いっそ反感のような感情すら募る。
マリーを失い、擦れ切った私。
それがどこか……ついさっきまでのわたしと重なって見えたから、かもしれない。
「そうですか、なら早く行くことですね」
「……あなたは……」
「私は……少しやらなければならないことがありますので。気が向いたら合流しますから、お気になさらず」
「……そうですか」
一言くらい、嫌味を言ってやりたいような気分ですらあった。
けれどそんな時間も惜しい。
……それに、救われたのは事実だ。
この上なく腹立たしいことではあるけれど。
「いってらっしゃい」
その言葉を背に、走り出す。
足腰は弱っている、頭が痛い、空腹で今にも倒れそうだ。
でも……!
「マリー……!」
無駄にしたくない。
このまま終わるなんて嫌。
手遅れだったなんて、そんなことにはしたくないから。
***
***
「正気かよお前!? 考え直せって!」
「そ、そうだぞマリーさん! あんたの考えは尊重するが、いくらなんでも無茶だ……!」
直談判。
そう言ってたどり着いたその場所で、二人に引き留められる。
当然だ、逆の立場なら私だってそうするだろう。
けれど……。
「……ごめん、二人とも。それでもやらなきゃ」
「馬鹿かお前は! 死にてえのか!? 自殺しにいくようなもんだろうが!」
「ほ、他にも方法はあるだろう!? ほら、ほとぼりが冷めるまでどこかに身を隠すとか……!」
身を隠す。
それも一つの手だとは思う。
……それでもやっぱり、駄目なんだ。
「私は……そこまであの子に負担をかけられない。死ぬよりはマシだって、生きてればどうにかできるって、そんな考えだってあるんだろうけど……でも、もうそんなのは嫌だ」
「もう……?」
断言できる。あの子と一緒なら、どんなところにいたって私は幸せだ。
きっとあの子も……クリスもそう言ってくれるだろう。
だからきっと、これは私の我儘に過ぎない。
そんなんじゃ嫌だっていう、駄々っ子にも似た言い訳だ。
「普通に生きたいの。生きて欲しいの。ご飯食べて、友達作って、仕事したり勉強したりして。……それがすごく贅沢なことだってことくらい分かってるけどさ」
「だ……だったら! それこそ今は逃げるべきだろうが! 命を捨てるなんて馬鹿のやることだ、生きてさえいりゃきっといつかは……!」
「あのね、タケくん。いつかとか何とか言っても、それが叶う保証なんてないんだよ。今みたいな状況じゃ尚更」
「……っ! お前なあ……!」
いつか、本当にそれが叶うのか。
時間さえ置けば、本当に人並みに暮らせるのか?
……私には、どうしてもそうは思えない。
「クリスを……あの子を、これ以上悪者にしたくないんだよ。何度も何度も何度生きたって、あの子はずっとそのままだった。……私の大好きなあの子は、いつまで経っても悪役のまま」
名誉とか、そういう話だ。
くだらないしがらみに囚われているだけと言えば、そうかもしれない。
……それの何が悪い?
悪評だけでも人は殺せる。
語るまでもない自明のことだ。
「もちろん死にたくない。まだ生きてたいよ。でも……またあの子がそうなってしまう方が、よっぽど怖い」
……あの子はきっと怒るだろう。
もう何度もそんなことがあって、身に染みるほどそれはわかっていた。
私は、自分を犠牲にしてでもあの子だけは助けるつもりだ。
何回もそれで怒られて……そんなことをされたって意味はない、そう言って泣かれて。
……でも、お互い様でしょ?
あの子だって以前、そうして私を救ったんだから。
「……お前の言い分がわからねえってわけじゃねえよ。俺だって……いや、それはどうでもいい。だが勝算はあるのか? それがなきゃお前はただの馬鹿だ」
「……なくはない、かな。うまくいくかは分かんないけど」
「ちっ……そうかよ」
この国の政治体系は、端的に言えば王政だった。
一人、もしくはほんの数人を何とかできれば変えられる……可能性はある。
無論、進んで命を捨てにいくわけじゃない。
それは最後の手段だ。
「……二人とも、ここまで連れてきてくれて感謝してる。ここから先は……」
「あまりくだらねえこと抜かすなよ。ここまで来させといてあとは蚊帳の外か?」
「そうだぞ、マリーさん。こんな場所で置いていかれたって困る。……俺たちも行くよ、大したことはできないが」
…………。
……まあ、それならそれでいいか……。
「……最終戦のメンバーにしては、なんかちょっと心許ないけど」
「あぁ゛!?」
「ま、マリーさん……? ひどくないか……?」
おっといけない、口が滑った。
ま、高望みしたって仕方ない。
そもそも他に人がいたって大した意味はないし。
結局、やるのは私だから。
「冗談冗談。ありがと、二人とも。……行くよ」
「てめえ……」
「わ、分かった……」
そうして、一歩目を踏み出す。
これまでに見たどこよりも広い屋敷の中へ。
国の中枢とも言える、王の住まうそこに。
言わば敵地に、足を踏み入れた。




