表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢に百合営業をしかけたら本気にされてペットにされました  作者: らびえ
番外編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

104/161

もう叶わない、横恋慕

 暗い、暗い場所にいる。

 誰かに攫われ、閉じ込められた。



 どうだっていい。

 心底そう思える。


 このままここで干からびて、そのまま塵になってしまいたい。

 じくじくと痛む心さえなければ、今すぐにだって楽になれるのに。



 何を思っても痛い、苦しい、気持ち悪い。

 友達も、家族も……恋人だって、もう必要ない。



 関われば関わるほど、あちこち痛んで仕方がなかった。

 考えたくないのに、考えるまでもないのに、自分の惨めさが愚かさが弱さがのしかかるように心を削る。


 気づけば全てと比較していた。

 気づけば全てを見下していた。

 気づけば全てに馬鹿にされていた。


 卑屈になる心が、妄想ばかり垂れる口が、屑のようなことばかり考える頭が、嫌いで嫌いで仕方がない。



 もう、誰とも関わりたくなんてなかった。

 人の弱みを探す自分が。

 少しでも人を見下そうとする自分が。

 誰にだってそんなことを考える自分が、嫌になるから。



 どうして……まだ、私は──。


「──イリーナさんっ!」

「……っ」


 外の明かりが差し込んだ。

 見覚えのある人影が、引き寄せられるように駆けてきて……その姿をはっきりと捉えるよりも早く、抱きしめられる。


「イリーナさん、イリーナさん……! よかった、無事で、また、あえてよかった……っ!」

「ぁ……アン、さん……?」


 からからに渇いた口が、思ったように動かない。

 何を言えばいいのか、それすらも分からない。


 ただ、遠ざけたい……そう思って肩を押しても、まるでびくともしない……。


「放しません。離れません! せめてあなたが立ち直れるまで、側に置いておいてください! 何もできないけど、苦しむだけかもしれないけど、あなたがひとりぼっちで苦しむのは……耐えられないから……!」

「な……に、を」

「何を言っても、何をしたって構いません! どんなことをされたって、あなたを嫌いになんてならないから! だから……だから、抱え込まないでよ……!」


 ……頭が……痛い。

 体温が、吐息が、抱きしめられる力が、彼女の声が。

 全部……全部、何もかも。


「アン……さん……」

「頼ってください。いつでもいますから。一人でなんていなくていい……ちゃんと、私が……!」


 ……彼女は、私を好いてくれている。

 善意をもって、私を肯定してくれる。



 ……それさえも……。


「……っ! やめてよ!」

「な……」


 ──うざったくて、堪らない。


「私はそんなに立派じゃない! 誰かを好きになんてなっちゃいけないの! だから、もう離れてよ!」

「な、なんで!」


 苦しい。

 痛い。

 気持ち悪い……気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!


「私は……私は! 私が(・・)マリーさんを(・・・・・・)殺したんだ(・・・・・)! いなくなってほしかったから、邪魔だと思っちゃったから! だから……私が……!」

「な……何を馬鹿げたことを! 殺したも何も、あの日から…………ぁ……?」


 思い当たったようだった。

 あの時、私は少しの間彼女の元を離れた。

 私の、『あの日』の行動の意味を。



 そしてきっと、察した。

 マリーさんとクリスさんが、唐突と言っていいほどに追われる身になってしまった理由を。


「──元々、そういう話はあったんです。そう聞きました。知り合いに……ちょっとそういう所に顔の効く知り合いから、何度かそういうことを」

「……あなたに友人が多いのは知っていますが。まさか……王族の方とも……?」


 別に言いふらしたりしていたわけではない。

 その人と何度か話をするうち、そんな話が出た……実は自分の家系は王の側近で、いずれは自分がその地位を継ぐのだと。



 それ自体、特に意味のある話ではなかった。

 ただ偶然そんな話の流れになって明かした、ただのありふれた裏話。

 日記にも記さない程度の、井戸端話でしかなかった……。


「悩んでました、その人も。まだ確たる証拠がなくて動くに動けない。ただの嫌疑の段階で学友を突き出したくはないから、有罪にしろ無実にしろ証拠が欲しい……って」

「それで……あなたは……」


 彼女自身の言葉をそのまま使い……でっち上げに力を貸した。


 曰く、彼女は異世界と呼ぶ世界から来たと。

 曰く、彼女は神を知っていると。

 万能薬のこと、吸血鬼のこと、彼女が転生と呼んだ事象のこと……私の知る、彼女が以前話していたことを、さも疑わしげに話した。


 聞けば、彼女らの『罪』は全て不可思議な現象が背後にあったらしい。

 魔法とか、そういう話。

 ならばと思い、そんな眉唾物な話をした……効果は絶大だった。


 私の思惑通り、彼は動いた。

 結果的に、私は背中を押した形になったのだろう。



 魔が差した。

 そう、単純な言葉で括ればいいだろうか。


 まるで一時の気の迷いであったかのように。

 ……いや……。


「……ずっと前から思ってたんですよ。マリーさんとクリスさん、最初どうやって出会ったか知ってますか?」

「は……はい? いえ、知りませんが」


 きっと、いずれ決壊していた。

 それがあの時だったというだけの話だ。



 気持ち悪い、あまりに気持ちの悪い感情を。

 どう考えたって道理の通らない、理不尽極まりない……嫉妬を。

 そんな感情を、私はずっと前から抱いていたのだから。


「入学初日、クリスさんと私がたまたま廊下でぶつかっちゃいました。本当に優しい人で……怪我の手当てまでしてくれて。……一目惚れ、だったんでしょうか」

「……クリスに、あなたが?」

「……はい」

「そ、そんなことが……」


 無論、当時そうは思いもしなかったけれど。


 程なくして、クリスさんはマリーさんと結ばれた。

 ……心から、祝福していた。


「大好きでした、二人とも。本当に優しくて、楽しくて、二人も私を友達にしてくれた。クリスさんのことも、マリーさんのことも、同じぐらい好きでした」

「それなら……!」

「……そのはず、だったんですけどね」

「……っ」


 二人が仲良くしているのを見るたび、なぜか心がざわついた。

 クリスさんが笑っているたび、マリーさんが笑い返すたび、締め付けられるように痛かった。


 二人は想いあっていた。

 私なんか及びもつかないほどに。

 きっと今でもふたりはふたりで……私は、ただの友人の一人くらいに思われているのだろう。



 あるいは、仲違いした元友人か。

 そんな資格すらないのだけれど。


「嫌なんですよ。嫌になっちゃった。私はこんなに好きなのに、ふたりは私よりもお互いの方がずっとずっと大事なんです」

「……だって、それは……」

「当然ですよね。婚約者ですから。分かってます……分かってますよ! だから……だからこんなこと、思っちゃいけないんですよ……っ!!」


 何度も何度も考えるのをやめようとした。

 ふたりと笑顔で話すことを心がけて、普通の『ともだち』になれるよう努力した。



 ……繰り返すたび、心は荒んでいったけど。

 許されない恋はちっとも終わらず、感情を焼いていったけど。


「……では……私の告白を、受けてくださったのは」

「そうすれば忘れられると思ったんです。あのふたりみたいに、恋人ができれば。許して……いえ、許さなくていいです、アンさん。あなたのことなんて、ちっとも好きじゃなかった」

「……っ。いり、な、さ……」


 案の定、こう言うと彼女は泣き出した。


 冷たい風が心を撫でる。

 ……ちっとも好きじゃない、なんて誇張にも程がある。



 まっすぐで、誰よりも私を想ってくれる彼女のこと。

 マリーさんなんかより、クリスさんなんかよりもずっと、私を好いてくれた彼女のこと。

 嫌いなわけがないけれど……でも……。


「分かったでしょう? 恋をするのが嫌になったから、私はあのひとたちを売りました。アンさん、あなたのことも利用しようとしました。何の役にも立たなかったけど」

「……そんな……の……」

「離れてください、うざいから。もう必要ないです。あのふたりはどうせ死ぬ、クズな私ももういらない。……さよなら」


 ……ほんの少し、すっきりした。



 誰にも話せなかった嫉妬を、ありったけ彼女に吐き出した。

 被っていた笑顔の仮面を、ばきばきにして突き刺した。



 身も心も軽くなった気分だ。

 死ぬほど彼女を傷つけて、心はとても穏やかだった。

 今ならもう、命だって捨てられそう。


「あは……は」


 ベッドを抜け出し、ふらつきながらも外を目指す。

 アンさんもどうせ追っては来ない。


「はっ、あは、あははははははは!! そうだ、見に行きたいな……あのふたりが死んでるところ。それ見たら、きっと私も悔いなく死ねる、あは、はははははははは……!」


 ああ、たがが外れたみたいだ。

 笑いが溢れてしょうがない。



 道分かんないし、おなかすいたし、ここがどこかもわかんない。

 でも、死ぬまで歩けば死ねるでしょ。


 生きてる理由なんてなんにもない。

 こんなクズ、もう生きてちゃいけないから。


「はは……は……」


 ……痛いなあ。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。



 でも、もう、もういいや。

 地獄でもっと、好きになれる人はいるかな……。


「──っ! イリーナさんっ!!」

「え? な……あぐっ!?」


 部屋の扉に手をかけた。



 その瞬間──脇腹に、穴の開くような衝撃が走る。

 激痛が、吹き飛ばされる感覚が、遅れて頭に刺激を飛ばした。


「このクズ! クズ女! 何が利用ですか、何がちっとも好きじゃなかったですか!」

「うぐ……けほっ。なに、するの……」


 的確に体の中心を捉えた回し蹴り。

 弱りきった体では、到底耐えられるはずもなかった。


 立てなくなった私に、アンさんが近づいてくる。

 ……私は、彼女に殺されるのかな。

 それならいっそ、それでいいかな……。


「ひどい。ひどいですよ! マリーさんとクリスの方が好きだった? 私なんてどうでもいい? それなら私だって、あなたのことは大好きだったのに……!」

「そんなこと……言われても……」

「ええそうでしょうね! 恋なんて勝手なものです、裏切られたなんてとんでもなく身勝手な言い分でしょうよ! ……でも私は、私はちゃんと、あなたに好きって言ったじゃないですか……!」

「……っ」


 ……ざくりと、心を刺されるように。



 確かに、彼女は私に告白をした。

 ……私は?


「今、好きでなくたって構いません! あなたが私をどう思っていようと! でもあの言葉を受けたなら、ほんのわずかにでも心動いてくれたのなら……ちゃんと責任を取りなさい!」

「せ……責任?」

「……っ! 私を好きになってもらいます! 一生かけて、あんなふたりに負けないくらいに! あなたがクズでも逃しません、好きになるとはそういうことです!」

「……はえ」


 体にのしかかられる。


 とんでもなく身勝手な要求だった。

 告白したから責任をとれ、と。



 ……そんなの。


「分かっていますよね。……断る権利があるとお思いで、クズ女さん」

「…………ありません」

「はい、よくできました」


 彼女は泣いていた。

 彼女の告白に、わずかでも心動いたのは事実だった。


 あのふたり程でなかったとはいえ、彼女のことは好きだった。

 この先、もしかしたら……。



 ……ほんの少し、頭が痛くなるのを感じる。

 クリスさんとマリーさんもなかなかではあったけれど。

 アンさんって、もしかして……。


「……でも。それでももう、クリスさんとマリーさんは……」

「あのお二方であればどうせ助かりますよ。特にクリスなんて、あの程度で諦めるわけがありません。その気になれば、たとえ世界を壊してでもどうにかしようとするでしょう」

「…………」


 ……目に浮かぶようだった。

 どうにかしてしまう様子が。


「行きますよ、イリーナさん。ルーシーさんと待ち合わせしていますから」

「は、はい……」


 手を引かれ、半ば無理やりに引き立たされる。

 蹴りを喰らった右の脇腹が痛い……。


「……イリーナさん」

「は、はい。なんですか」


 アンさんは、ほんの少し気遣わしげな様子を見せた。

 こんな私に今になってもそんな視線を向けてくるとは、彼女もあまりに優しすぎる……。


「どうしても気になるのなら、今私にした話をそっくりそのままあのふたりにもしてみなさい」

「え……ええっ!? い、いえ、それは……」

「どーせ振られるでしょうし、流石にちょっとは怒られるでしょうが。そんな中途半端な気持ち、私があなたを落とす上で邪魔なので……とっとと振り切っちゃってください」

「あ……う……」


 ……確信した。


 この人も、同類だった。


「ほら。早く歩きなさい、イリーナさん。一刻も早くあのふたりに会いに……!」

「ひ、ひい……」


 逃げられそうもない。


 ……なんでかな。

 まだなんにも解決してないはずなのに。



 さっきの偽りよりもずっと、心は晴れやかに思えた。






 ***


 ***

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ