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こんな結婚も悪くない。

初めに謝っておきます。ごめんなさい。

・作者が書き終えるまで、「合コン」のことを「男女合同婚活パーティー」の略だと勘違いしてたため、作中では「合コン」=「男女合同婚活パーティー」となっております。

・恋愛要素が薄めです。


これら二点、ご了承いただけた、神様ような読者の皆様(←ありがとうございます!!)

↓それでは本編の方どうぞ!↓

 『男女間に友情は成立する』


 このことをその人生をもって証明した夫婦がいた。夫の名前はノア、妻の名前はレイと言った。


――これは、共に理不尽と戦ったある戦友(パートナー)の物語――。




******


【太陽暦1621年9月1日 放課後 王立学園 某所】


 夏期休暇も終わり、今日から新しい学期が始まった。始業式が終わり、多くの生徒が夏期休暇の話に花を咲かせている。


 そして、ここにはテーブルを囲む男女が6人。男女それぞれ3人ずつだ。


 真ん中に座っていた令嬢が拳を突き上げ、宣言する。


「それでは、これより第一回男女合同婚活パーティ(お茶会)ーを開始いたします!!」


 どうしてこんな事になってしまったのか。


 私――レイア・キルシュ――は遠い目をしながらため息を吐いた。


【同日 朝 教室】


 事の発端は彼女の一言だった。


「レイ、今日の放課後合コン(お茶会)するわよ!」


 そう私に告げたのは、私の親友の一人である、カリン・マロニエだった。


「え……?」


 固まった私の肩にポンと手を置いたのは、私のもう一人の親友である、アイシャ・メルティ―ノ。


「レイも参加よ」


 笑顔でそう言ったアイシャは、有無を言わせない表情だった。


【数分後】


「……それで?カリンとアイシャの意中の人と一緒に合コン(お茶会)?意味が分からないわよ」

「だから、言ったじゃないー!」


 カリンが必死の形相で私に詰め寄る。


「聞いたけど、合コン(お茶会)に誘う勇気があるなら、二人っきりでデートでも何でもすればいいじゃない」

「誘ったけど、相手側から提案されたの。男女3人ずつで合コン(お茶会)をするのはどうかって。相手側はいつも3人で行動しているし、私たちもそうだからちょうどいいかなって」


 アイシャが冷静に答える。


「それで、OKしたの?私の意見は??」

「あら、良いじゃない!せっかく男子と知り合うチャンスなんだし!ただし、私の彼を好きになるのはダメよ?」

「カリン……。私の彼って、まだ告白もしていないのに。まぁ、そういうことだからレイ、お願いよ。例え断ったとしても引きずって連れて行くけどね」


 アイシャさん、その発言怖いよ。


 こうして私は合コン(お茶会)に参加することになったのだ。


【放課後 王立学園 某所】


 ひとまず、自己紹介をすることになった。


 男性陣は左から、アノン・ハリソン様、エリオ・イグル様、そしてノア・ラザール様だ。カリンの意中の相手がハリソン様、アイシャの意中の相手がイグル様だという。


 そして私と同じように数合わせで連れてこられたであろうラザール様は下を向いたままでひたすらに紅茶を飲んでいた。


 同じテーブルでは……


「アノン様、このお菓子美味しいですわよ!ぜひお召し上がりになって?♡」

「ありがとう、カリンちゃん!頂くよ~♡」


「アイシャさん、ここ、クリームついてるよ?」

「えっ、あっ、はい……」


 友人たちがそれはそれはもう熱い恋物語(イチャイチャ)を繰り広げていた。


 アイシャがあんなにドギマギしてるなんてマジか、やるなあの人。


 余っているのは私とラザール様、つまりは数合わせ要員だった。


「あの……、ラザール様」

「何でしょう?えっと、キルシュ嬢」

「何だか私の友人たちがすみません。そのご様子だと貴方も無理矢理では……?」

「貴方もだったんですね。こちらこそ僕の友人たちがすみません」

「いえいえ……!」

「…………」

「…………」


 しばらく沈黙が続き、


「キルシュ嬢」

「はい、?」

「すみません、そろそろ僕はお暇させて頂こうかと……。実は家の都合で早く帰らなければならなくて、ですがあの様子だと彼らに水を差すわけには……」


 ラザール様の視線の先には二組の恋人未満(カップル)たち。


「そうですね。私も家に帰らなければなりません」


 そう、私も帰るタイミングを探していたのだ。仕方ない、ここは……。


「カリン、アイシャ。私たち、抜けるわ。ハリソン様、イグル様も、失礼します」


 そう宣言して、私はラザール様を促した。


「レイ!やるじゃない!」「頑張れ」


 二人の声は聞こえなかったことにした。


「すみません、誤解させるようなことをしてしまって」

「いえ、僕は大丈夫なのですが」

「こうでもしないと私の友人たちは帰らせてくれないと思うので……」

「僕の友人たちもそういえばそうですね……。助かりました、ありがとうございます。キルシュ嬢」

「いえいえこちらこそ」

「それでは僕はこれで失礼します」

「はい、失礼します」


 こうして私たちはそれぞれ別の方向に向かって歩き始めた。


【キルシュ家 とある部屋】


「何でこんなに遅かったのよ!!さっさと帰ってきて掃除と洗濯をなさいと言ったでしょう!?」

「そうよ、お義姉様!!おかげで私の部屋が汚いままじゃない!」


 バシン!!と肩に容赦なく扇子が振り落とされる。


 目の前で私に罵声と暴力を浴びせているのはお義母様と義妹。彼女らはお父様の後妻とその連れ子だ。ただ、お父様の義妹への溺愛っぷりを見れば、お父様が亡くなったお母様を裏切っていたことは想像に難くない。


 全く、反吐が出そうだ。兎にも角にも、事実として言えるのは、本妻の娘である私がこの家では虐げられている、ただそれだけ。


「マロニエ侯爵令嬢と、メルティーノ侯爵令嬢にお茶会に誘われていたのです」


 そう、カリンとアイシャは侯爵令嬢なのだ。そして一応私も。だが、家の規模で言うならマロニエ家とメルティーノ家は格が違う。


 私は本心でも何でもない嘘を吐く。


「そんなお二人のお誘いをお断りすることなど……」

「たかがお金を持っているだけの家じゃない!!」

「そうよそうよ、そんな無駄な時間を割いている暇があるならさっさと帰ってきなさいよ!」


 このやり取りももう慣れたものだ。


 だったら合コン(お茶会)に参加しなければ良かっただけなのだが、親しい友人たちに頼まれては断わるという選択肢は消えてしまう。


「ふん!まぁいいわ!今からさっさと掃除と洗濯をすることね!」

「はい……かしこまりました」


 感情のない目でそう告げ、私はお義母様の部屋を後にした。


 この家には私の味方はいない。私と義妹、どちらが父に愛されているかは一目瞭然だ。それに亡くなった私のお母様に仕えていた使用人たちは全員暇を出されてしまったのだ。


「はぁ……。まずは掃除からかな……」


【太陽暦1621年10月1日 放課後 王立学園 某所】


「それでは、第二回男女合同婚活パーティ(お茶会)ーを開始いたします!!」

「いや、だから何で!?!?」


 今日も今日とて私の叫び声がこだました。


「用事があるからって連れて来られたら……」

「何でって、ねぇ?」


 いや、怖いですアイシャさん。あたかも「分かってるだろ?」みたいな目で見ないで!?


「まぁ、というわけで始めましょう?」


 カリンが仕切り直しとばかりに良い笑顔で宣言した。


「アノン~!!はい、あーん♡」

「カリン♡あーん!」


「アイシャ、俺にもあーんして?」

「はっ、はい……」


 そりゃまぁ、こうなるよねー。


 …………。


 いやいやいやいや!これ、私要らんやん!何ならラザール様も要らんやん!!


 パッと前を見るとラザール様も、同じような表情で彼らを眺めていた。


「あ、の、ラザール様……」

「あぁ……、絶対に僕たち要らないよね」

「デスヨネ……。ちなみに私は今日も家の用事があるので、もうそろそろお暇しようかと」

「僕もだよ、また同じ理由で抜けるしかないか……」

「ですね」


「アノン、エリオ、僕たち抜けるから」


「お前、やるなぁ!!」「良いぞー!」


 男性陣の反応は聞かなかったことにした。


「今回も私が宣言しましたのに」

「いや、キルシュ嬢にばかリ宣言させるのも申し訳ないと思って」

「そうですか、ありがとうございます」

「それにしても、毎回家の用事があるなんて大変ですね。僕もですけど……」


 毎回というより、毎日なんですけどね。


 という心の声は隠して、「そうですね、お互いに……」とだけ答えた。


「では、ここで」

「はい、失礼します」


 こうして私たちはまた別の方向に向かって歩き出した。


【同日 下町 市場】


 家に帰った私は、またもや義母と義妹にあれこれ言われた。そして下町に買い物に行くように言われた。普通貴族の令嬢、ましてや侯爵令嬢が下町に買い物に行くなんてありえない。


 だが、私にとっては……


「おーい!レイちゃん!!今日は芋が安いよー」

「ゲンさん、本当ですか!?ちょうど芋を買ってくるように言われていたんですよー」


「いらっしゃいレイちゃん!」

「こんにちはスミレさん!」


 こんなの日常茶飯事だ。


 それどころかほぼ毎週行っているからか、すっかり市場の人たちと仲良くなった。だからこそ、買い物は私にとって数少ない癒しの時間なのだ。


「えーと、あとはお肉か」


 目の前のお肉屋さんに入店する。


「いらっしゃい、レイちゃん、……と」


 直後、後ろから男性が入店してきた。


「ノアくん」


 お肉屋さんの店主、マーシャさんが呼んだ名に私は耳を疑った。


 おそるおそる後ろを振り返ると、そこにいたのは


「マーシャさん、こんにちは」


 先程学園で別れたばかりの、ノア・ラザ―ル様その人だった。


「え……?」

「え……!キルシ……」


「何だい、アンタら知り合いかい?」


 お互いを見つめて硬直している私たちに、マーシャさんが切り込む。


「えぇと、ラザ……ノ、ノアさんは私の学校の同級生で!」

「そうなんですよ、レ、レイさん。ぐ、ぐぐ偶然ですね!」

「ハハハ、何だい市場で会ったくらいで!びっくりしすぎじゃないか!!」


 私たちが普通ならば市場にいるはずのない身分であると知らないマーシャさんは、同級生が市場に買い物に来ているのは普通の事だろう?と言いたげな目を私たちに向けた。


「ほら、ノアさんと市場で会ったことが無かったのでびっくりしたんですよ」

「そうですよ、あ、せっかく初めて会ったんだしこの後お茶でもどうです?」


 ラザ―ル様の目が「どういうことか教えて下さい」と訴える。私も気にはなっていた、どうして侯爵令息であるはずのラザ―ル様がこんなところにいるのか。少しだけ期待が湧いた。


「い、良いですね!そうしましょう」

「……青春っていいねぇ」

「そんなんじゃないですよ!あ、牛肉と豚肉1キロずつでお願いします!」

「そうですそうです、僕も、牛と豚と鳥、1キロずつでお願いします!」

「あいよ!あぁ、ちょっと準備に時間がかかりそうだね。アンタら準備している間にお茶してきな!」

「えぇ、でも……」

「アンタら言ってただろ、あんまり遅くなると主人に怒られるって」


 マーシャさんが気を効かせてくれたので、私たちは近くでお茶をすることにした。


【喫茶店】


「お屋敷で家計のために使用人として働きながら、下町の学校に通ってるっていう設定です」

「なるほど、僕も似た感じですね」


 近くの喫茶店に入った私たちは、まず自身の下町での設定について共有し合った。


「ここでは『レイ』で通しているので、そのように呼んで下さい」

「えぇ、勿論です。僕もここではただの『ノア』で通しているので」

「それで……」

「お互いどうしてこんなところにいるのか……ですね」


 ラザ―ル様が硬い表情で切り出した。


 もうこうなってしまっては言うしかない。元々お肉屋さんで会った時から覚悟はしていたのだ。私は義母と義妹のことを全て包み隠さず話した。


「そう、だったんですか……。これも僕と同じだ、と言いたいところですが……。僕は全く逆の状況なんです」


 そう言ってラザ―ル様が語りだしたのは、その通り真逆の内容だった。


 曰く、ラザ―ル様のお母様はラザ―ル家の使用人だったそうだが、ある日当主に無理矢理愛人にされて、それに逆らえずラザ―ル様が生まれたそうなのだ。当主には本妻がいたのにも関わらず、ラザ―ル様のお母様を無理矢理第二夫人の座に押し込んだ。その時はラザ―ル様も普通の家庭の息子のようにお母様に愛されて育ったのだそうだ。しかし、数年前にお母様が亡くなってからは、本妻とその息子に虐げられて、私と同じように掃除や洗濯、買い物をさせられているという。もとより父親はラザ―ル様に興味がないのだとも。


「レイさんにしてみたら、聞きたくもなかった話ですよね……。同じ境遇だなんて烏滸がましいにも程がある……」

「そんなことない!!」


 私はとっさに叫んでいた。


「貴方と私は同じです!そりゃあ私は愛人を作った父をありえないと思いますし、義母も義妹の存在も吐き気がします!でも、貴方は……貴方のお母様は違うじゃないですか」

「レイさん……」

「す、すみません取り乱してしまって。でも、本当に同じ境遇ですよ。だって私たち自身は何も悪いことをしていないのに理不尽を強いられているのですから……」

「そうですね……」


 そこまで話したところでちょうど、紅茶が無くなったので私たちは席をたった。


 マーシャさんのお店でお肉を受け取ってから、私たちはそれぞれの家へと向かう。


「ではまた」

「はい、さようなら」


 別れた後の足取りは、今まで誰とも共有できなかった気持ちを共有できたからなのか、少し軽かった。


【太陽暦1621年11月1日 放課後 王立学園 某所】


「それでは、第三回男女合同婚活パーティ(お茶会)ーを開始いたします!」


 またか……。私はもうツッコむ気にも慣れなくて、ただ紅茶をすすっていた。


 横で繰り広げられる恋物語(イチャイチャ)


「もう合コン(お茶会)なんてしなくても良いと思うんですけどね」


 私はラザ―ル様に話しかけた。


「そうですね……、ところでキルシュ嬢。今日は?」


 私はその質問の意図を理解し、すぐに返答した。


「買い物です。ラザ―ル様もですか?」

「はい」


「じゃあ」「では」


「カリン、アイシャ。今日も失礼するわ」


「分かったわぁ~!」「楽しんできな」


 もう、その反応は完全無視して私たちは歩き出した。


「実はキルシュ嬢に相談したいことがあるのです。もしかしたら、貴方にも関係のあることかもしれません。買い物が終わった後にこの間の喫茶店で会えませんか」


 あれから1か月の間、ラザ―ル様と市場で会ったことはない。元々すれ違ったことも無かったのだし、約束をしなければ会えないというのは当然のことだ。


「えぇ、良いですよ。5時くらいでどうでしょう」

「その時間で。では、また後で」

「はい」


 そう約束して私たちはそれぞれ別の方向に向かって歩き出した。


【同日 5時 喫茶店】


「それで……、相談とは?」

「実は、本妻の息子、……つまり僕の義兄は出来があまり良くないのです」

「え……?」

「個人的な逆恨みではなく客観的な評価です」

「うちの義妹もそんな感じですよ」

「ですが、当然のことながら侯爵家は本妻の息子であり長男である義兄が後を継ぎます。だから、僕は自由の身になれるはずだったのですが……」

「お飾りの侯爵家当主にと……?」

「はい、父は義兄をお飾りの当主にして実務を全て僕にさせようと考えているんです」

「残念ながらうちも同じです。父の義妹への溺愛っぷりはすごくて」

「そうでしたか。レイさんの話を聞く限り、もしかしたら同じかもしれないと思ったんです」

「はい……、ですがそのお話を聞いても私が力になれることはありませんよ?」

「いえ、そうではなくてですね。父の考えを知って、僕は気付いてしまったんです」

「何に……ですか?」


 一瞬、ラザ―ル様が迷うような表情を見せたが、やがて意を決したように真剣な表情でこう言った。


「自惚れでも何でもなく、僕は平民になっても(どこでも)生きていける、ということに」

「それは……」


 確かにそうだ。本妻の息子をお飾り当主にしてまで、侯爵家に留め置こうとされるラザ―ル様の能力。それを手に入れたいと思う人は、あちこちにいるだろう。


「そして、この話は僕だけのことじゃありません。レイさん、貴方もです」


 私も……。


「このままだと、二人とも実家に飼殺されることになります」


 私にはそうなる未来しか視えていない。


「だから、その上で相談を持ち掛けたのです」


 だけど、この人に異なる未来が視えているとしたら……。


「レイさん、僕と一緒にこの理不尽(貴族の世界)から抜け出しませんか?」


 それを信じてみるのも良いかもしれない……、そう思った。


【数秒後】


 喫茶店には笑い声が響いていた。


「ふふふっ……くっくっくっくっ…!」

「レイさん?何がそんなに面白いんですか?」

「ふふ……、だって、台詞だけ聞いたらプロポーズみたいなんですもの」

「なっ……、僕はそんなことは……」

「分かっていますよ。貴方が私と同じだ、と言うのなら、貴方も『恋愛はごめん』でしょう?」

「流石。レイさんには全部お見通しですね」

「えぇ。だってこの理不尽から抜け出す、同士ですもの」

「ということは……?」

「ノアさん。貴方のお話、お受けします」

「……っ!ありがとうございます!」

「そうだ、これから同士になるのですから、どうぞ『レイ』と呼び捨てに。敬語もいりません」

「……分かった。僕のことも『ノア』と呼び捨てに。敬語はもちろん無しだ」

「えぇ。分かったわ、これからよろしくね?ノア」

「こちらこそ、レイ」


 そうして固い握手とともに、ここに共に理不尽と戦う戦友(パートナー)が誕生したのである。


【太陽暦1621年11月8日 喫茶店】


 プランをそれぞれ練って、1週間後の買い物の日に私たちはまたあの喫茶店に集合した。


「まず、私たちが本当に平民になれるのかだけど、条件が合えば可能よ」

「その条件というのは?」

「私たちの存在自体を抹消すること」

「それは……」

「私たちが死んだことにすることよ」

「なるほど。僕はこの場所から逃れられるなら、自分の存在を抹消することに抵抗はない。もとよりそのくらいの覚悟はあるつもりだ」

「えぇ、私もよ。ただ一つ問題があるの」

「それは?」

「私たち二人が一度に死んでしまうことの辻褄合わせをどうするか、ということよ」


 私も、この件に関しては良いアイデアがまだ思い浮かんでいなかった。ノアも真剣な表情で考え込んでいる。


 真剣な表情……。


『自惚れでも何でもなく僕は、……』

『……僕と一緒にこの理不尽(貴族の世界)から抜け出しませんか?』


 私はハッとして、ノアを見た。


「ノア、貴方の紛い物のプロポーズ、使えるかもしれないわ!!」


【太陽暦1621年11月10日 王立学園 廊下】


 あれから2日後、私たちは早速計画を実行していた。


 廊下の向こう側からやって来るのは、ハリソン様、イグル様、そしてノアの3人組。


 いつもなら、カリンとアイシャがハリソン様とイグル様に駆けよって行って、私とノアはそれを見ているだけだった。


 だが、今日は違う。


「ノア!!」

「レイ!この間ぶりだね!」

「えぇ!この間はとっても楽しかったわ!」


 まるで恋人のような会話をする私たちを4人は驚きの目で見ていた。


「レイ!いつの間にラザ―ル様とそんなに仲良く!?」

「ノアについに彼女が……!?」


 私たちは、そんな彼らに向かって、『やってしまった』という表情を作り


「いえ、違うの。そんなんじゃないわ……」

「本当に違うんだ……」


 さも『思いつめた』かのような表情で俯いた。


 教室に戻って、カリンとアイシャに問い詰められても


「本当に大丈夫よ……、何でもないわ」


 と決して口を開かなかった。


 そんなやり取りを数回くりかえし、いよいよ()()()がやって来た。


【太陽暦1621年12月1日 放課後 王立学園 某所】


 今回が冬休み前最後の回だというのに、雰囲気がどことなく重い。


 その原因を作り上げてしまったのは私たちだということに、罪悪感は少しあるが、仕方ない。手段を選んでいられるほど、私たちには時間がないのだ。


「第4回男女合同婚活パーティ(お茶会)ーを開始いたします……、と言いたいところだけど、今日は貴方たちのことについて話してもらうわ!レイ!ラザ―ル様!」


 カリンがいつもの元気な宣言の代わりに、私たちに追及する。


「最近、仲が良いと思ったら、そう指摘した直後に途端に挙動不審になって。思いつめた表情をしていたから、心配してたのよ!?」


 アイシャが困り顔で言う。


「あぁ、俺たちもその件に関しては気になっていたんだ」

「全部包み隠さず話して貰おうか」


 ハリソン様とイグル様も続いた。


 そう、これこそ私たちの狙っていたことだった!


 私たちは私たちの置かれている状況を、包み隠さず話した。ある一つの()を織り交ぜて。


【数10分後】


「何てことなの……!あんまりだわ!!今まで貴方たちのことに気付いてあげられなくてごめんなさい」


 涙を流すカリン。


「カリンが謝ることは何もないの。私が伝える勇気が無かっただけだから」


 その後にアイシャも続く。


「まさか、そんなことになっていたなんてね。つまり、貴方たちはお互いの家庭について相談し合うたびにだんだん仲良くなって、恋人になったと。それで、結婚したいけど、貴方たちの家族は貴方たちを結婚させる気が無い……、そういうことね?」


 私たちが吐いた()とは、私たちが想い合っていて恋人であるということだ。親友たちに嘘をつくのは心苦しいがこれしか思い付かなかったのだ。


「えぇ、そうなの。このままだと一生独身のまま、実家で飼殺されるわ……」

「このままでは、レイと結婚どころか、恋人でいることすらできない……」


「だからって、駆け落ちはやりすぎじゃないのか!?」

「そうだぞ!貴族のままで幸せになる方法もきっとあるはずだろう!?自分の存在自体を消すだなんて、そんな……」


 私たちの意見に異を唱えたのは、ハリソン様とイグル様だった。


「そうだ、第一生まれた時から貴族だった俺たちがいきなり平民の生活ができるとは思えない!」

「二人にとって危険な賭けだ。友人として賛同することは出来ない!」


 二人の言うことは正論だ、間違いようのない。でも、それを受け入れられるほどには私たちは……。


「もう、遅いの……。全部遅いんです。ハリソン様とイグル様のご心配も分かります。だけど、私はそれ以上に……貴族としての生活にっ、この世界にっ、耐えられないんです……!!」


 今まで意識して演技していたものが剥がれ落ち、残ったのは本心だけだった。


 ぐすぐすと泣き崩れた私に、ノアはギュッと手を握って


「大丈夫だから、レイ。落ち着いて」


と慰めた。


「レイの言う通り、僕もこの貴族としての生活に耐えられない。例え、今僕を虐げている彼らを退けたとしても、貴族として生きていく以上、自分たちと同じ境遇の者を目にしてしまうだろう。そのたびに僕はこのことを思い出してしまう。逃げ出したいなんて、貴族として情けないと思うよ。でも僕はもう……耐えられないんだ……」


 ノアも本心からの言葉だ。


 しばらく沈黙が続いた後、沈黙を破ったのは


「そういうことなら!私たちが全面的に協力するわ!!」


 頼もしい我が親友、カリンだった。


【太陽暦1622年3月1日 放課後 王立学園 某所】


「いよいよ、1週間後が卒業式ね」とカリン。

「二人とも準備は出来ている?」とアイシャ。

「失敗は許されないからな」とハリソン様。

「ちゃんと、腹括れよ」とイグル様。


 私たちは、卒業式を1週間後に控え、()()男女合同婚活パーティ(お茶会)ーをしていた。


 この3か月ほど、色々なことがあった。


 皆に協力してもらい、冬休みから駆け落ちの準備を始めた。


 事故を偽装するための馬車の準備。


 これは、家がたくさんの馬を所有している、カリンの家にお願いした。


 私たちが恋人同士であるという証拠作り。


 これは、観光名所がある、ハリソン様の領地でデートもどきを何度もした。恋文もどきも書いて、家を出る際にお互い家の引き出しに入れておくということになった。


 そして、新しい身分証明書の準備。


 これは、お父様が国境管理を行っている、アイシャの家にお願いした。


 そして、婚姻届けの準備。


 これは、お父様が神職に就いている、イグル様の家にお願いした。


 とても無理を言っている自覚はあったが、皆は快く協力してくれた。それどころか、皆の家族でさえ私たちに同情して手伝ってくれているのだという。


 そして私たち自身は、家を出た後に実家の悪事が明るみに出るように工作もした。その際に、私の家にはノアが執事の変装で、ノアの家には私が侍女の変装で侵入するということもあった。なかなかスリリングで貴重な体験だった。


 そんなこんなあって、私たち6人は今最終確認を行っている。


「準備は全てできているわ。あとは卒業式を終えるのみよ。皆、私たちを手伝ってくれて本当にありがとう。本当に感謝してる……。皆がいなければ、私は今頃全てをあきらめた顔で卒業を待っていたはずだわ」

「あぁ、そうだな。皆、本当にありがとう。どうしてこの恩返しをすればいいか、分からないよ……」


「あら、恩返しなんて一つで十分よ!幸せになりなさい!必ずよ?」

「泣いて帰って来たって、絶対口を利かないからね?」

「どんな時も笑顔……、だ!」

「たまには近況知らせろよ!」


 皆からの温かい言葉に私はまた泣きそうになった。


「ちょっと~!まだ泣くには早いわよ!!」


【太陽暦1622年3月9日】


 王立学園の卒業式から1日後、とあるニュースが世間を騒がせた。


 新聞の見出しには


『キルシュ侯爵家の令嬢と、ラザ―ル侯爵家の令息が〇△山の馬車の中で、遺体となって発見』

『駆け落ちの際に命を落としたとみられる』

『どうやら、彼らは実家である侯爵家から虐げられていた!?』

『彼らの自室の引き出しから、証拠品が見つかる』

『王はこの件に関して、さらなる調査が必要と考えられており』

『もし事実であれば侯爵家の未来は……』


などと様々な事が書かれていた。


 私は売られている新聞を眺めながら、小声で


「ねぇ、これ、私たちのこと!」


とノアに記事の見出しを指差した。


 私たちは駆け落ち(逃亡)先として、隣国である帝国を選んだ。


「本当だ。帝国でもニュースになっているなんてね」

「そりゃあ、大貴族、侯爵の令嬢と令息が遺体で見つかったんだから当然でしょ」

「しかも駆け落ちと実家の悪事のオマケ付き」


 ノアが悪い笑顔で笑った。


 今、私たちは平民の夫婦、ノアとレイとして新たな人生を再開(リスタート)させた。婚姻届けは昨日の内に提出済みだ。もちろん私たちの間に男女としての愛はない。そこにあるのは友人としての友愛(あい)のみである。


【太陽暦1622年3月16日】


 事件発生から、1週間後のこと。とあるニュースが再び世間を騒がせていた。


『虐げられた侯爵令嬢と侯爵令息。両侯爵家に制裁が』

『亡くなった前妻の子供はもちろんのこと、第二夫人の子供も家族として適切に接することが王国法では定められており』

『4大侯爵家、マロニエ家・メルティ―ノ家・ハリソン家・イグル家がこの件に関して、国王に直訴』

『4大侯爵家の令嬢・令息たちも、レイア・キルシュ侯爵令嬢とノア・ラザ―ル侯爵令息から相談を受けていたことが判明』

『キルシュ侯爵家とラザ―ル侯爵家はともに降格処分と当主の代替わりが要求された』


「見て、ノア。また記事になってるわね」

「本当だな。皆の家族も皆も今も助けてくれているんだな……」

「えぇ。そろそろ送った手紙が届いている頃じゃないかしら?」


 私たちは帝国に着いてすぐ皆に到着の報告と感謝を伝えるための手紙を送った。手紙には、私たちの間に恋愛感情がないことは書かなかった。これは二人だけの一生の秘密だ。


 私たちは、お互いの家族のことについては一切話さなかった。これは自分の中で消化すべき問題だから。


 話すことはしないけれど、お互いの気持ちを消化し合うように、背中同士をくっつけてただお互いに寄り添い合っていた。


   ・

   ・

   ・

   ・

   ・

   ・

   ・

   ・


【太陽暦1662年3月8日】


 今日は私たちの40回目の結婚記念日。テーブルには豪華な食事とシャンパン。


「あれから、本当にあっという間の40年間だったな」

「えぇ、そうね」


 あの駆け落ち騒動の後、私たちは帝国で無事に職を得た。平民にしては多い知識を武器にして、私たちは二人とも文官の試験に合格した。今や職場の中ではかなり高い地位にいるほどだ。


「ねぇ、ノア。後悔していない?私と結婚したこと。そのせいで貴方は恋愛をしようと思ってもできなかったでしょう?」

「それを言うならレイも同じじゃあないか。僕は一度だって君と結婚したことを後悔したことはないよ。恋愛をしたいと思ったこともない」

「なら良かったわ。私もノアと同じよ。恋愛からは一番遠い場所にいると思っているわ」

「結婚してるはずなのに可笑しいね」

「ふふっ、本当に!」


 私たちは、今日届いたばかりの二通の手紙を眺めながら、王立学園時代の友人たちのことを語っていた。


「カリンとハリソン様、アイシャとイグル様が無事に結婚出来て良かったわよね。しかも今は子沢山、孫沢山でね!」

「そうだね、結局彼らの結婚式には行けなかったけど……、今でもこうして交流は続いてる」

「毎年、結婚記念日に手紙を送ってくれるなんて、律儀ね……」

「元気そうで、子供たちや孫たちに囲まれている写真を見るとこっちまで嬉しくなってくるよ……」


 私たちはシャンパンを酌み交わしながら、夜が更けるまでずっと、過去の思い出話を楽しんでいた。


******




 私はパタンとその本を閉じ、ペンを机に置いた。


 この本は私の日記であり、私が何10年も前から書いているものである。


「貴方、見て。また少し書き足したの」

「そうかい、ってこれこの間のことじゃあないか」


 私は自分の伝手を使って、この日記が私の死後、世に出回るようにしてある。私たちの人生を少しでも誰かに共有したいと思ったから。同じ境遇の人々に、希望をあげたかったから。


「そうよ、ほら、ここも少し直したの。表現がおかしかったから」

「あぁ、この方が少し読みやすいね!」

「本当?直して良かったわ!」


 私はノアとそのまましばらく日記の内容について話していたが、何故か急に、今伝えておきたいと思ってノアに話しかけた。


「ねぇノア。実はこの本の最期のページ(エンディング)はもう埋まっているのよ」

「そうなのかい?読んでもいい?」

「えぇ、もちろん!」


 私たちは、一冊の日記を手に穏やかな夫婦の時間を過ごした。


 私は、このことも後で日記に書こうと決めたのだった。




******


【太陽暦----年--月--日】


 『男女間に友情は成立する』


 私たち夫婦の一生をかけた、この方程式の証明はこれにて終幕。


――これは、共に理不尽と戦い、その後幸せな人生を送った、とある戦友(パートナー)の物語――。


 この本を手に取って、読んで下さった貴方に、幸多からんことを。


――レイア・キルシュ

ここまでお読み下さってありがとうございました!!


二人のお話はいかがだったでしょうか?お楽しみいただけたなら幸いです!!


前書きに先述した通り、恋愛要素が本当に薄い(主人公たちに関してはゼロ)ですが、カリンちゃん×アノンくん、アイシャちゃん×エリオくんのカップルがラブラブで頑張っているので、何卒ご容赦下さい。


誤字報告、ありがとうございました。訂正させていただきました。(2021/8/17)


それでは、また別のお話でお会いできることを願って。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても良いお話でした。 こういう幸せもいいですね。 レイさんとノアさんのお友達であるカリンさんたちがとても良い人たちで、友達想いなところがあって、読んでて心がとても温まりました。 あと、み…
[良い点] 面白かった! 最初の方は声を出して笑っちゃった! 重い話のはずのところも何故かすっと入ってくる感じ? 時間の区切り方も分かりやすくてプロのそれ! [気になる点] 40回目の結婚記念日の時 …
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