7,
私が、エドと会ったのは何か月も前だ。
それまでも街歩きが好きで、家の騒々しさを忘れるために出かけていた。
街へ行く途中、しゃがんでいる男の子がいた。
同じぐらいの子だな。最初はそれぐらいにしか思わなかった。
彼は小さな子猫を見ていた。なーなーと鳴く猫の頬をちょんちょんとさわっては、手を引いて、また見るを繰り返していた。
「なにをしているの」
声をかけたのは気まぐれだった。ただちょっとかわいい男の子だなと思っただけ。
彼は少し顔をあげて、私をちらりと見て、また猫に視線を落とした。
「子猫がいて、どうしようかと思ってるんだ」
私は横に座った。
「見てたってどうにもならないわよ」
「そうなんだけどね。どうしたらいいかわからないんだ」
「うちに連れて帰って飼ってあげるか、ここに残しておくかよ」
「うちは無理なんだよ」
「どうして」
「家族がダメっていう」
よくある理由と思ったわ。
「じゃあ、置いておくの?」
「置いたら、この子はどうなるだろう」
「誰かに拾われるかもしれないし、他の生き物にたべられるかもしれないし、ご飯をみつけられなくて死んでしまうかもしれないわ」
まだ名前も知らない男の子だったエドは、困った顔をして私に言った。
「はっきり言うね」
「そう。現実を言ったまでよ」
「僕は、そこまでは考えられなかったよ。どうしたらいいかな~、家につれていけないな~、それぐらいだ」
「それも普通ね」
「僕は、普通かな」
「普通よ。捨てられている猫を見て、可哀そうと思うのも、拾っていけない理由が家族が反対するのも、どこにでもありふれているわ」
男の子はしみじみと「そうだね」と言う。
「僕は、普通のありふれた発想しかないね」
「いいじゃない。それで。誰もあなたを責めないわ。誰もがそういう経験をするもの。しいて言うなら、あなたがあなたをどう思うかってことが残るだけでしょ」
「僕が、僕を……」
「違う。
誰かがあなたを責めても、誰もあなたを責めなくても、結局最後には、あなたがあなたをどう思うかしか残らないわ」
「そうだね。そうかもしれない」
私は猫に手を伸ばした。
抱き上げてみる。手のひらにのるほどに、まだ小さかった。
そして、立ち上がる。
「まず、こうやって抱いてみてから、考えましょう」
抱けば、情がわくことぐらいわかっていた。
「私、街にいくの。あなたは」
「僕も、街へ散歩へ行く途中なんだ」
「そう」
私はそう言って、歩き出した。後ろから、立ち上がった少年がついてくる。
「ねえ、名前は。僕はエドと言うんだ」
「私は、メアリー」
「メアリーはその子をどうするの」
「迷ってるわ」
「決めてないのに抱いたの」
「そうね」
感情のない声で肯定する。
「どうして!」
動揺するような、声変わり前の高い声で彼は叫ぶ。
無表情な私と、感情的なエドと名乗る少年。対照的だわ。
「だって、情がわかないと、考えないもの」
「えっ」
感情の薄い反応を返す私が、情がわくことを理由にしたことに驚いたのかと思った。
「抱いて、ぬくもりを感じて、情がわいて、始めて私はこの子のことを本気で考えるわ」
「そう、かな」
「見ているだけで、相手のことを想えるほど、私はできた人間じゃないの」
「抱き上げられなかった僕は」
「へたれ」
「へたれ?」
「そうよ。見ているだけで、考えているふりをして、浅いところで、満足して、本当はなにもしない。へたれ」
「はっきり言うねえ」
「ごめんなさい。私は、いつもカリカリしているのよ。半分は八つ当たりね」
「はは、正直だね」
「この子は、私がもらうわ」
「えっ」
「情がわいたの。すてれなくなってしまったわ」
街へそのまま歩いて行った。
広場にある噴水で、道行く人を眺める。
にゃーにゃー鳴く猫を膝に置いて。
それから、しばらく二人で話した。
出かけるたびに、噴水で出会うようになった。
友達と呼べる存在になって、楽しくなって。
なんでも話してしまう仲になって。
それから、しばらくして、笑顔がかわいいということに気づいて。
話を聞いてもらっているうちに、好きになっていた。
☆
日がさしてきて、瞼の向こうが明るくなる。
小鳥の声がして、目を開いた。
もう行かないといけないわ。
私は立ち上がった。
すそについたほこりを払う。
昨日開けておいた木の鍵はそのままだった。扉を体当たりするように押し広げる。
一人分通り抜けられる隙間を開けて、道へ出た。
「さあ、行きましょう」
私は街へ向かって歩きはじめた。
☆
歩いている途中でお腹がすいた。なにかパンでもこっそり懐に入れて持ってくればよかったわ。
お金は少しだけ持っている。どこかでパンでも買って食べてしまえばいい。
街に入り歩いていく。
ロバが引く台車に、朝焼き立てのパンをのせて売り歩くおじさんがいた。
人気の店らしく、人が並んでいる。
並んでいると気になってしまうのが人の性ね。
私も順番を並んで待つ。私の後ろにも並び始める。店主はぱっぱとさばいていく。列の進みは早い。すぐに順番が来て、丸いパンを六つ買った。
朝ご飯と、一緒に食べる分と、ごめんなさいのお土産。
一緒に食べて、残りをあげると言ったら、うけとってくれるかな。
噴水まで歩いてきた。
まだ早朝で、人の気配は少ない。朝早い業者が引く馬車が通り過ぎていく。
農村部の野菜や果物でも運んでいるのだろうか。
買ったパンを一つ取り出し、ほおばる。食べると急に落ち着いてきた。
昨日から続く、緊張感が痛かった。
明日からもきっと別の意味での緊張が続く。
思えば、こうやって街へ出ていく時間は宝だった。
明日からはもう自由にすることが難しくなるかもしれない。
少なくとも、婚約者を得て、勝手に外で異性と会っていたら、罰せられるのは私だけじゃないはず。
つくづく自由はないなと思い知るわ。
握ったパンを、もさもさと食べる。今は何時だろう。早朝の早い時間であることは分かるけど。
目をつむって食べていたら、急に周囲が暗くなった。
「お嬢ちゃん、なにしているの」
やばそうな声にぶるっと身震いした。早朝だ。人気もない、まだ変な奴がうろついていてもおかしくなかった。
「お嬢ちゃん」
無視してもやばいかも。
私は上を向いた。
酔っ払いらしい、二人連れの男がいた。冒険者風情か、街の荒くれか、判別できなかった。
「人を待っているのよ」
「子どもがいる時間じゃないよね」
「子どもはママとパパのところで寝ている時間だ」
「いったい誰と待ち合わせているのかな」
酒臭い顔を近づけてきた。中途半端に元気なんて最悪。どっかで寝入ってろ。
心の中では強気にできても、やばい状況はかわなんない。
つくづくついていない。街に不慣れなのに、人目につくような場所にいた私も悪いのか。
男の手が、私の腕をぐっとつかんだ。
もう一人の男が、パンが入った袋を取り上げる。
「お家に連れて行ってあげるよ」
「こっちにおいで」
やばい。物陰に連れられたら、なにされる。
「けっこうよ。私は本当に待ち合わせなの。人を待っているのよ」
「こんな時間に待ち合わせなんてないだろう」
「どうせ家出かなにかだろう」
「帰る家ないなら、こっちにこい」
つかまれた腕を強くひかれた。腰が浮いても踏ん張った。
「いい加減になさい。大人が朝まで飲んでなにやっているのよ。あんたたちこそ、自分の尻も自分でぬぐえない生き方してる、でくの坊なんじゃないの」
男たちの眉がびくっと動く。
しまったと私は思った。素の口の悪さが災いした。
無言で強く腕をひかれた。腕が抜けるかと思った。立たされ数歩前によろめいた。
「すまない、待たせた」
その時、声が響いた。
「その子は僕と待ち合わせをしていたんだ」
エドの声だった。
声をした方を、三人が向く。
猫を抱えた少年が立っていた。
「その子は、僕のつれなんで、はなしてくださいね」
エドがにやっと笑う。
「早く汚い手を離さないと、大変ですよ」
言うなり、目の前を剣が横切った。
男たちの間に、滑り込んだ人影が、切っ先を男に向けていた。
短剣を私をつかむ男の首元へ添え、あわや切れるかという距離にある。
もう片方に持つ長剣が、もう一人の男の胴を真っ二つに割るかのように添えられていた。
いつあらわれたの。全然わからない。
私は状況が呑み込めずに、面食らった。
ただ、真ん中に立っている人の顔は分かった。
そうだ、初日に挨拶した王太子だ。
およみいただきありがとうございます。
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