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 私が、エドと会ったのは何か月も前だ。


 それまでも街歩きが好きで、家の騒々しさを忘れるために出かけていた。


 街へ行く途中、しゃがんでいる男の子がいた。

 同じぐらいの子だな。最初はそれぐらいにしか思わなかった。


 彼は小さな子猫を見ていた。なーなーと鳴く猫の頬をちょんちょんとさわっては、手を引いて、また見るを繰り返していた。


「なにをしているの」

 声をかけたのは気まぐれだった。ただちょっとかわいい男の子だなと思っただけ。

 彼は少し顔をあげて、私をちらりと見て、また猫に視線を落とした。

「子猫がいて、どうしようかと思ってるんだ」


 私は横に座った。 


「見てたってどうにもならないわよ」

「そうなんだけどね。どうしたらいいかわからないんだ」

「うちに連れて帰って飼ってあげるか、ここに残しておくかよ」


「うちは無理なんだよ」

「どうして」

「家族がダメっていう」


 よくある理由と思ったわ。


「じゃあ、置いておくの?」

「置いたら、この子はどうなるだろう」


「誰かに拾われるかもしれないし、他の生き物にたべられるかもしれないし、ご飯をみつけられなくて死んでしまうかもしれないわ」


 まだ名前も知らない男の子だったエドは、困った顔をして私に言った。


「はっきり言うね」

「そう。現実を言ったまでよ」


「僕は、そこまでは考えられなかったよ。どうしたらいいかな~、家につれていけないな~、それぐらいだ」


「それも普通ね」


「僕は、普通かな」

「普通よ。捨てられている猫を見て、可哀そうと思うのも、拾っていけない理由が家族が反対するのも、どこにでもありふれているわ」


 男の子はしみじみと「そうだね」と言う。

「僕は、普通のありふれた発想しかないね」


「いいじゃない。それで。誰もあなたを責めないわ。誰もがそういう経験をするもの。しいて言うなら、あなたがあなたをどう思うかってことが残るだけでしょ」


「僕が、僕を……」


「違う。

 誰かがあなたを責めても、誰もあなたを責めなくても、結局最後には、あなたがあなたをどう思うかしか残らないわ」


「そうだね。そうかもしれない」


 私は猫に手を伸ばした。

 抱き上げてみる。手のひらにのるほどに、まだ小さかった。

 そして、立ち上がる。


「まず、こうやって抱いてみてから、考えましょう」


 抱けば、情がわくことぐらいわかっていた。


「私、街にいくの。あなたは」

「僕も、街へ散歩へ行く途中なんだ」


「そう」


 私はそう言って、歩き出した。後ろから、立ち上がった少年がついてくる。


「ねえ、名前は。僕はエドと言うんだ」

「私は、メアリー」

 

「メアリーはその子をどうするの」

「迷ってるわ」

「決めてないのに抱いたの」


「そうね」

 感情のない声で肯定する。


「どうして!」

 動揺するような、声変わり前の高い声で彼は叫ぶ。


 無表情な私と、感情的なエドと名乗る少年。対照的だわ。


「だって、情がわかないと、考えないもの」

「えっ」


 感情の薄い反応を返す私が、情がわくことを理由にしたことに驚いたのかと思った。


「抱いて、ぬくもりを感じて、情がわいて、始めて私はこの子のことを本気で考えるわ」

「そう、かな」

「見ているだけで、相手のことを想えるほど、私はできた人間じゃないの」


「抱き上げられなかった僕は」

「へたれ」

「へたれ?」

「そうよ。見ているだけで、考えているふりをして、浅いところで、満足して、本当はなにもしない。へたれ」


「はっきり言うねえ」

「ごめんなさい。私は、いつもカリカリしているのよ。半分は八つ当たりね」

「はは、正直だね」


「この子は、私がもらうわ」

「えっ」

「情がわいたの。すてれなくなってしまったわ」


 街へそのまま歩いて行った。

 広場にある噴水で、道行く人を眺める。

 にゃーにゃー鳴く猫を膝に置いて。


 それから、しばらく二人で話した。


 出かけるたびに、噴水で出会うようになった。

 友達と呼べる存在になって、楽しくなって。


 なんでも話してしまう仲になって。


 それから、しばらくして、笑顔がかわいいということに気づいて。


 話を聞いてもらっているうちに、好きになっていた。


              ☆


 日がさしてきて、瞼の向こうが明るくなる。

 小鳥の声がして、目を開いた。


 もう行かないといけないわ。


 私は立ち上がった。

 すそについたほこりを払う。


 昨日開けておいた木の鍵はそのままだった。扉を体当たりするように押し広げる。

 一人分通り抜けられる隙間を開けて、道へ出た。


「さあ、行きましょう」

 私は街へ向かって歩きはじめた。


                  ☆

 

 歩いている途中でお腹がすいた。なにかパンでもこっそり懐に入れて持ってくればよかったわ。

 お金は少しだけ持っている。どこかでパンでも買って食べてしまえばいい。


 街に入り歩いていく。

 ロバが引く台車に、朝焼き立てのパンをのせて売り歩くおじさんがいた。

 人気の店らしく、人が並んでいる。

 並んでいると気になってしまうのが人の性ね。


 私も順番を並んで待つ。私の後ろにも並び始める。店主はぱっぱとさばいていく。列の進みは早い。すぐに順番が来て、丸いパンを六つ買った。


 朝ご飯と、一緒に食べる分と、ごめんなさいのお土産。

 一緒に食べて、残りをあげると言ったら、うけとってくれるかな。


 噴水まで歩いてきた。

 まだ早朝で、人の気配は少ない。朝早い業者が引く馬車が通り過ぎていく。

 農村部の野菜や果物でも運んでいるのだろうか。


 買ったパンを一つ取り出し、ほおばる。食べると急に落ち着いてきた。


 昨日から続く、緊張感が痛かった。

 明日からもきっと別の意味での緊張が続く。

 

 思えば、こうやって街へ出ていく時間は宝だった。

 明日からはもう自由にすることが難しくなるかもしれない。


 少なくとも、婚約者を得て、勝手に外で異性と会っていたら、罰せられるのは私だけじゃないはず。

 つくづく自由はないなと思い知るわ。


 握ったパンを、もさもさと食べる。今は何時だろう。早朝の早い時間であることは分かるけど。

 目をつむって食べていたら、急に周囲が暗くなった。


「お嬢ちゃん、なにしているの」


 やばそうな声にぶるっと身震いした。早朝だ。人気もない、まだ変な奴がうろついていてもおかしくなかった。


「お嬢ちゃん」


 無視してもやばいかも。

 私は上を向いた。

 酔っ払いらしい、二人連れの男がいた。冒険者風情か、街の荒くれか、判別できなかった。


「人を待っているのよ」


「子どもがいる時間じゃないよね」

「子どもはママとパパのところで寝ている時間だ」

「いったい誰と待ち合わせているのかな」


 酒臭い顔を近づけてきた。中途半端に元気なんて最悪。どっかで寝入ってろ。

 心の中では強気にできても、やばい状況はかわなんない。

 つくづくついていない。街に不慣れなのに、人目につくような場所にいた私も悪いのか。


 男の手が、私の腕をぐっとつかんだ。


 もう一人の男が、パンが入った袋を取り上げる。


「お家に連れて行ってあげるよ」

「こっちにおいで」


 やばい。物陰に連れられたら、なにされる。


「けっこうよ。私は本当に待ち合わせなの。人を待っているのよ」


「こんな時間に待ち合わせなんてないだろう」

「どうせ家出かなにかだろう」

「帰る家ないなら、こっちにこい」


 つかまれた腕を強くひかれた。腰が浮いても踏ん張った。


「いい加減になさい。大人が朝まで飲んでなにやっているのよ。あんたたちこそ、自分の尻も自分でぬぐえない生き方してる、でくの坊なんじゃないの」


 男たちの眉がびくっと動く。

 しまったと私は思った。素の口の悪さが災いした。 


 無言で強く腕をひかれた。腕が抜けるかと思った。立たされ数歩前によろめいた。


「すまない、待たせた」

 その時、声が響いた。

「その子は僕と待ち合わせをしていたんだ」


 エドの声だった。


 声をした方を、三人が向く。

 猫を抱えた少年が立っていた。


「その子は、僕のつれなんで、はなしてくださいね」

 エドがにやっと笑う。

「早く汚い手を離さないと、大変ですよ」


 言うなり、目の前を剣が横切った。

 男たちの間に、滑り込んだ人影が、切っ先を男に向けていた。


 短剣を私をつかむ男の首元へ添え、あわや切れるかという距離にある。

 もう片方に持つ長剣が、もう一人の男の胴を真っ二つに割るかのように添えられていた。


 いつあらわれたの。全然わからない。


 私は状況が呑み込めずに、面食らった。


 ただ、真ん中に立っている人の顔は分かった。

 そうだ、初日に挨拶した王太子だ。


およみいただきありがとうございます。

最終話まで予約投稿済みです。

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