6,
「王太子の婚約者を発表します」
執事風のこぎれいな年配男性が一枚の紙を手にしている。
夕食時だった。私たちの手がぱっと止まった。
もはや! と、私は目を見張った。
明らかに出来レースなのは分かっていたけど、それなら最後までよそおうのではないの。
誰もが納得いくようにするのがこういう行事のあり様ではない。
「ねえ、ヘレン」
私は横に座っているヘレンの袖を引いた。
「これはなんだったの」
「どういうことだ」
まっすぐ前を見て、ヘレンが無表情で答えた。
「あなたも出来レースだと分かっているはずよ。なら、最後まで体裁をとるとは思わないの」
「そうだな。だが、もう結論を出してもいいとなったんだろう。
これで、明日の三日目は自由かもしれないな。
王太子の婚約者になる者は忙しいだろう。しかし、他の者は関係ない。のびのび過ごせということだ」
「そうね」
私は唇をかんだ。なにがどうなっているのかわからないわ。
大層な試験を行うわけでない、私たちを争わせるわけではない。早急に出す結果。
これはいったいなにを意味しているの。
「婚約者は、メアリー・ワーリントンです。
明日は皆様にはこの屋敷でおくつろぎいただき、夜会までの間、ゆるりと過ごしてください」
私はがばっと立ち上がった。
椅子が勢いよく後ろに倒れる。がつんと場違いな音が部屋中に響いた。
「私なの。なぜ、どうして」
出来レースの結果が、私。
そんなわけがあるわけない。おかしいわ。事前にそんな話はなかった。素振りもなかったわ。
「おかしいわ。どうして、出来レースなんでしょ。
結果が出ているなら、応じる人物だってそれ相応に事前に了承しているんじゃないの。私はなにもきいていないわ」
叫んでも、誰も反応しなかった。
決まったことには逆らえない。淑女らしい反応が返ってきているだけ。
「おかしいわ。私はこの中で一番なにも持っていない。
知識も、力も、冷静さも、センスも。地位だって、血筋だって。何もかも劣るはずよ。
そんな私が選ばれるわけないわ」
こほんと男性が咳ばらいをする。
「しかし、これは王太子様の決定であります。
この四人の中で一人、選ぶ権利を有しております。
それは王や王妃様も、口を挟まないという約束でもありました。
ですので、この結果はすべて王太子様のご意向なのです」
「どうして。
私はジュリアのような読書家じゃないわ。博識で、知識をひけらかさない奥ゆかしさもあり、きっと思慮深さも持ち合わせているわ。楚々とした雰囲気を兼ね備えて、国の母として奥ゆかしく存在しそうではないですか。
ヘレンの良さは、状況判断能力と客観視よ。馬術や剣術はその付属。彼女は知将なのよ。ただ強いだけじゃない。戦局を判断するように、国の先を見通す先見を持つに至るわ。凛としたたたずまいは黙っていても、威厳を放つ。国の顔として華々しいわ。
サラの感性はとびぬけているわ。特殊な芸術性は宝よ。芸術という潤いのない人生はむなしいわ。人を幸福に導く、作品を数多く残し、その容姿も妖精のよう。美しさは目を見張るわ。美意識高く、国に花を添える、美しい王妃になるではないですか。
なぜ私なんですか。
おかしいです。
私が一番、なにも持たない」
叫んでも返る答えはなかった。
貴族の令嬢らしく、三人は黙っていた。当然だ。私たちに選択権はない。誰がなっても構わないとは思っていた。でも、私のように特徴も、まともな血筋でもない人間が選ばれるのは絶対におかしい。
「気持ちは分かる。メアリー」
横にいた、ヘレンが、強く冷静な声を投げてきた。
「しかし、私たちは選ばれる側だ。選ぶ者の意向に逆らう力はない」
サラも続ける。
「ごめんなさい。こればかりは、私たちがなにをすることもできないのよ」
ジュリアも悲し気に笑む。
「メアリー、落ち着いて。驚くのは仕方ないわ。本当に落ち着いて、まずは、水でも飲んで」
私は後ろに差し出された椅子に力なく座り込んだ。
どうしてこうなったのかしら。なにが起こったのかしら。
わからない、わからないわ。
ジュリアが置いてくれたグラスから水を飲んで、大きく息をついた。
逃れることができない。彼女たちの様子から、現実を読み取って、深い絶望の中に転げ落ちていった。
☆
その夜、私は決意した。
エドに会わなければいけない。彼にもう会えないと伝えないと……。
ジュリア、ヘレン、サラ。三人の反応で分かった。私は、逃げれない。
この現実を受け入れるしかない。
でも、ここに来る前に約束した。その約束が残っている。
ごめんなさいと言う。
もう会えないと言う。
そう言って、猫を返してもらって、さよならを言うんだ。
ごめんなさい。さようなら。ありがとう。
ちゃんと伝えるんだ。
☆
私は、平民の服に着替えた。寝静まるころを見計らって、闇夜に逃れて逃げ出そう。
明日一日自由時間だ。
私が必要なのは、夜会の時だけ。
頭を冷やしてきた。
ショックでとびだしてしまった。
そんな言い訳をして黙っていよう。
いいや、もう。なにを考えてもうまくいかない。
考えてもうまくいかない。
逃げ出そうとしてもうまくいかない。
うまくいかないことだらけ。
もういい。
いいんだ。
赴くままにいってやる。
ちゃんと現実を受け止めるために、夢を見たひと時を、供してくれて、支えてくれた人に、ありがとうと伝えるんだ。
しっかりとした靴を履いて、廊下に誰もいないことを確認して、抜け出した。
☆
私は人気のない廊下を進む。誰かに見つからないよう気を付けながら廊下を進む。
一階まで降りて、庭に出る。庭に出てから、塀に向かう。塀に沿って歩き、出口を探す。
裏口に出れればいいんだけどな。
塀に近いところは木が茂っている。人目につかないよう隠れながら進んだ。
そもそも、人目なんてほとんどない。
ここは警備もしっかりしている。外からの侵入者も早々いないし、見回りと言っても、こんな壁際まで丹念に眺めることはない。
私は壁際に手探りで進みながら、出口を求めて突き進む。
夜道は危ないわ。出口をみつけて、そこでとどまろう。飛び出すのは明るくなってからでいい。
小屋が見えてきた。獣の匂いがする。馬がいるのね。
もしかしたら裏口があるかも。
木々が消えた。小屋ばかりならんでいる。建物の後ろを壁に沿って進む。
裏口があった。
扉は太い木の棒で錠をかけられている。
あけられるかしら。
端っこを持ってみた。重い。
ぐっと力を入れて、持ち上げる。ぎぎっと少し動いた。
かけられている金具がずりずりと進む。
もう少し、もう少し。
重い木をぐっと押した。
がくんと金具からその重みで地面に落ちた。
「開いた」
玉の汗が額にあふれていた。
私は、扉の横に長く伸びる壁に背をつけた。
人は来るだろうか。誰も来ないだろうか。分からない。
あけたままにしていたら、侵入者を疑うかもしれない。見つかれば連れ戻されてしまう。ここから外に出ても、どんな人がいるか知れない。安全をきすなら、予定通り、夜明けがいい。
少し戻ろう。木があるあたり、そこまで戻って、木の下に座って、明るくなるのを待つわ。
庭の一番端にある木に背を預け座り込んだ。膝を抱えて、目をつぶる。
エドのことを思い出しながら、眠りについた。
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