5,
朝ご飯を終えて、外に出た。各々、動きやすい服装に着替えている。
軽い乗馬を行う程度は準備しているのよ。
集まった四人の恰好はバラバラだった。
サラは日よけ傘に、普通にドレスを着ている。
ジュリアは、私と同じような格好だけど、乗馬さえしたことがないという。
ヘレンは本格的に、軽装の武具をつけて、剣も腰に携えている。
「すごいですね」
私はヘレンの姿に感嘆した。
「こういう恰好をする方が、正直落ち着くよ」
「将来は騎士になられるのですか」
「どうだろう。私の将来は私の一存では決められないので」
「ああ、そうですよね」
こんなに能力がありそうなのに、自由にならないなんて不便ね。もしヘレンが、婚約者になったら宝の持ち腐れになってしまうわ。
「もったいないですね。こんなに技術をお持ちなのに」
そうだ。こんな技術を生かしきれないなんて、なんてもったいないのだろう。
「そうか。これを生かしてくれる道を示してくれる人がいればいいんだが。贅沢は言えない。こればかりは、私の一存でどうこうできるものではない」
「そうですよね」
心から同意する。
私たちはきっとそれなりに恵まれているけど、自由ではない。
私には平民という道があっても、ヘレンにはそのような選択肢は始めからないのだ。それを飲み込んでいるとしたら、彼女はきっと本当に強いのだ。
「ヘレンは、強いのね」
「剣も馬も、結局は男には負ける」
私は首を横に振った。
「あなたは、これだけの技術を持っていながら、それを活かせないかもしれないと思っていて、それを受け入れている。そういう風にちゃんと現状を把握して、自分の置かれている立場を受け止めているなら、それは十分強いと言えるわ」
ヘレンがぎょっとして、少し照れたような表情になる。
「ありがとう」
ぽつりと彼女はそう言った。
馬で遠乗りはしなかった。サラは見慣れているけど、私やジュリアは見慣れていないヘレンの剣技が見たいというと、彼女が剣を引き抜き、演舞を見せてくれた。
剣には型があるらしく、その繰り返しを行えば演舞になるそうだ。
男が習うような、実践は少ないらしい。女の子が強くなることや、怪我をすることを好まないのだろう。
お昼になる頃には、なんとなく仲良くなっていた。
剣の重さも知らない私とジュリアは、ヘレンの手ほどきを受ける。ただ馬に乗るしか知らない私だったが、ヘレンは細かな馬具の扱いも慣れていた。
「誰かに教えてもらうとすごいわね。気にも留めなかったことが、こんなにするすると入ってくるとはおもわなかったわ」
「ヘレンの教え方がお上手なんですよ。メアリー」
談笑する三人をよそに、サラは相変わらず、ふわふわと蝶のように庭を散策している。
「ヘレン。サラはなにをしているの」
「ああ、あれは、彼女の趣味だな。サラは自然物をモチーフにした創作を好んでいる。昨今は、葉っぱに凝っているらしい」
へえ、と思い、私は、二人から離れ、サラの近くへ寄った。
サラは小さな葉っぱを手に取り、それを丹念に撫でていた。
「なにをしているの」
彼女の手にしている葉に視線を落とし、聞いてみる。
指先で枝葉を撫でている。
「きれいでしょ」
「葉っぱが」
「そう、この葉の線が見えるでしょ。きれいよね」
私にはただのなんの変哲もない葉っぱにしか見えない。
「一つ一つ違うのよ。こういう造形を見ているのが好きよ。
その小さく微細な違いを、細かく見て、記憶にとどめ、忘れるの。
ふとその記憶がつながって、なにかに昇華される瞬間。
その瞬間を待つために、私は、こうやって小さなものを見つめているのよ」
芸術肌なのね。わからないわ、その感性。わからないけど、この子はこの子なりの世界観をきちんともっているんだわ。
「午後が楽しみね」
「そう?」
「昇華は、芸術方面でしょう」
私はサラの隣に座る。
「そうだけど。変わっているとは言わないのね」
「言わないわ。たいてい、みんな変わってますもの」
「でも、あからさまではないでしょう」
「ええ。なにを隠そう、私も変わっています」
真顔で答えたら、サラが噴き出した。
「あはは、おかしいわね。普通をよそおえている人は、普通なのよ」
「まあ、そうね。でも意図してやっていると自覚はあるのよ」
「ふふふ、なにを隠されているのか、知りませんが。面白いわね、メアリー」
「今日の午後が楽しみね」
サラの紡ぎ出す芸術がどのようなものか、心から楽しみだわ。
☆
お昼を終えて、部屋に戻る。芸術の会は午後。ベッドに転がって、もんもんとする。
和気あいあい……。
和気あいあいよね~。
なにをしているのかしら。頭がいたい。
いいえ、なにもしていないわ。できることなんてないもの。ただただ、楽しんでいるだけじゃない。求めている目的にちゃんと向かっているのかさえ、分からないわ。
このままでいいの。このままで。
でも、いい子達だったわ。誰も互いにいがみ合わない。女の子の集団とは思えない。
自立しているのね。
ジュリアが読んでいる本は特殊だったけど。博識で思慮深いということよ。女の子が読むような本じゃないと分かっているから、隠すのね。おかしいわ。おつむのできなら、男も女も変わりないでしょうに。女だからと排斥するのは男の都合よね。
ヘレンの客観視もすごい。ただ強いだけじゃない。戦いにおいてもきっと頭を使う。戦局を判断するのに、冷静沈着、判断力高い、客観視ができるって最高じゃない。違うの。かいかぶり。
サラの感性は秀逸。特殊な芸術性は守る価値がある。ごはんもないと生きていけないけど、潤いがなければもっと寂しいわ。自然の造形美を芸術へ落とし込むなんて、よほどの感受性がなければできないことじゃない。そして、芸術には技術も必要。それらを身につけているとしたら、その価値は守るべきものだわ。
私が警戒する必要もない。
私にはなにもないもの。特徴がないわ。
これなら、選ばれる可能性が低いと期待したい……。
☆
午後の集まりも楽しい。
サラを囲んで、絵をかいたり、刺繍をしたり。それぞれの感性があるものの、やはり突出してサラの出来が飛びぬけていた。
「これで、音楽もたしなむんだ。芸術に関しては、なんでもござれだ」
「それはすごいわね」
ヘレンの評価を聞きながら、私はヘレンと一歩引いてみている。
意外とジュリアとサラが意気投合していた。
「あの二人、仲良しですね」
「ジュリアが知識豊富だから、サラの細かいうんちくについていけるんだろうな」
「私には無理ね。あの二人の特殊な知識もすごいわ。感心するわ」
私はヘレンとぬるい目で二人を眺めつつ、穏やかな時間をまどろんでいた。
「名目はどうあれ、私たちを集めることが目的なのね」
「なぜ、そう思う」
「画材や、キャンバス、楽器、刺繍道具。なんでも自由に使えるようになってはいるけど、なにをするにも自由ということは、なにもしなくてもいいということよね」
私は手元に置いた刺繍道具を見つめる。ヘレンは、芸術全般から距離をとっているようで体裁をとることもなく、なにも持たない。
私も、糸を通し、数縫いしただけで、手を止めている。まじめになにもしていない。
だからと言って、誰かとがめるものもいない。
「集まるテーマに意味はないわ。あるのは、私たちが集まることだけ……」
「そうだろうな」
「ねえ、ヘレン。あなたはこれは出来レースだと思う。競わせていると思う」
冷静な彼女だから問うてみた。
「……前者だろうな」
「私もそう思うわ」
結果を決まっていることに、行う形だけのレースの意味はなんなのだろう。
メアリー ジュリア ヘレン サラ(ヘレンにくっついて男性の半裸模写してたら…肉体美を描く、春画絵師)
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