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私たちが談笑していると、扉があいた。
振り向くと、男性が二人入ってくる。一人は、兄。もう一人は王太子ね。一見するとほんわかしたお坊ちゃんだわ。
「今日はありがとうございます。今夜はゆっくりと休んでください」
人当たりがよく、かわいらしい笑顔。ニコニコして、逆に心情が読みにくい。
「これから、三日ほど、こちらに滞在していただきます。不便はかけませんので、ご自由におすごしください。
明日の午前中には基礎的な教養を見させていただく筆記テストをさせてもらいます。
お茶会、芸術面での発表会、乗馬や剣術など、イベントもいくつかあります。日程については、専属のメイドが説明するよう伝えています。
今日はゆっくりとお休みください」
そう挨拶すると、王太子と兄は出ていった。
入れ替わるようにメイドが四人あらわれ、私たちをそれぞれの部屋へと案内する。
「また明日、よろしくお願いします」
「では失礼する」
「またね、メアリー」
三人三様の挨拶に私は「ごきげんよう」と挨拶した。
あてがわれた部屋はきれい。調度品も華やか、事前に運ばせた衣類や髪飾り、靴もある。こっそり忍ばせておいた、平民用の服もある。
ドレスを脱いで、柔らかい部屋着になる。
そばにいた世話役のメイドに話しかける。
「今日はありがとう。後は私は一人でいいわ。あなたには私に伝えおくことはないの」
「はい、今後のことを少々説明させていただきます。
これより最長で三日間。滞在していただきます。
朝食から夕食まで、食事は他の候補者の方と歓談しながらとなります。
食堂へは明日の朝案内いたします。
その後は、案内が必要なら申し伝えください。
初日の午前中は筆記試験になります。これだけは当初から決まっております。
午後はお茶会。
翌々日は、午前中に外へ出ます。午後は音楽会となります。
その次の日は特にきまってはおりません。
そもそも、今回は、皆様の日常の様子を見せていただくものでございます。あまり緊張なさらず、ゆっくりと過ごしていただければと思っております」
「そうなのね。ありがとう。私たちに、選定基準は公開されない。ただ、自由に過ごさせて、そちらで決められる。そんな風にとらえさせてもらうわ」
「その点は、私から申し上げれることはございません」
「いいのよ。気にしてないわ。私らしく、他の候補者の方と仲良く過ごせれば満足よ。私はたいていは自分でできます。できることは自分でするので、あなたも今日は休んでほしいわ。きっと明日以降、色々聞くこともでてくるかもしれないもの。
今日は下がってくださって結構よ。明日から、よろしくお願いします」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます。こちらこそどうぞよろしくお願いいたします」
一礼し、メイドは出ていった。
一人になってやっとくつろげる。私はベッドに転がって、ゴロゴロした。
☆
朝ご飯は四人顔を合わせて始まる。
良家の子女たる彼女たちは、マナーもちゃんとしている。教育を受けている。
静かに食べるのよね。食事中はおしゃべりしてはいけませんという感じ。メイドは歓談しながらと言ったけど、今のところそう言う雰囲気はないわ。
そんな味気ない食事を終えて、移動した先が試験会場。
図書室だった。
机といすがあって、静かならどこでも良かったのね。
そこで筆記試験が終われば、今日は自由。
昼前にはすべて終わった。試験結果は開示しないそうだ。
私は談話室に移動する。今日の役目は終わり。
落ち着いているわ。お昼ご飯に三時のお茶会と、夕食。
なんて平和なの。公爵家にいた時のような、緊張感がないわ。
公爵の期待。夫人の意地悪。隠した猫の世話。
ありとあらゆることから解放されたこの感覚。
自由って素晴らしいわ。
って、こんなとこで自由を感じるなんて。本当は平民に落ちて感じる予定だったのに。まるで、平和ボケを味わう予行演習になっているわ。
なにもすることがない。
緊張することもない。
これは、なに。
何なの。なにかがおかしいわ。
待て待て待て。私がトラブルを起こしてどうするの。
このままひと悶着もなくて終わるの。いいえ、きっと違うわ。三時にはお茶会があるもの。きっとそこで、緊張極まりない、女の戦いがあるのよ。
この状態は、けん制し合っているだけで、前に進んでいない。それだけなのかしら。
ああ、分からないわ。頭を抱えて、なやんでしまう。
☆
部屋以外に自由に出入りできるのは、食事時の食堂、図書室、そしてこの談話室。談話室はお茶会の場にもなっている。
ジュリアが質素で大人締めなドレスを着て、一番最初に椅子に座っていた。
「ごきげんよう、ジュリア」
「メアリーさん。こんにちは」
「メアリーと呼んでください。ぜひかしこまらないで」
ジュリアの横に座った。彼女は手にしていた本を閉じる。
「本を読まれていたんですね」
「はい」
「差し支えなければ、どのような本を」
「いえ。とても、お見せするような本では」
恥じらうところをみると、小説。女子向けの恋愛小説とか、かしら。
「無理にとは言わないの。恥ずかしがるものを無理やり見せてとは言わなくてよ」
「すいません」
本をひっくり返し、ジュリアが膝に落いた。
「メーアーリーー」
がばっと後ろから抱きつかれた。
「だっ、だれ!!」
思わず素が出て、私は口を手で覆う。
「ひどいわ。メアリー。サラよ。昨日挨拶したじゃない」
「忍び足で寄っていき、驚かせているやつがなにを言う」
サラとヘレンがあらわれた。
「ごきげんよう」
びっくりしつつも私は軽く挨拶する。
二人は各々椅子に座った。
「お茶会や歓談と言ってもねぇ、ヘレン」
「まあ、私たちは、幼い頃から知っているからな」
「お二人は従妹同士でしたっけ」
「そうよ。私は、絵が音楽が好き。ヘレンは剣術や馬術が大好きな、元気な女の子よ」
「元気とは、簡単に紹介するな」
「元気は元気よ。他になにか表現のしようがないわ」
「サラは、芸術家の気まぐれと評しておけば、いいか」
「そうね、私はそれでいいわ」
「お二人とも仲がよろしいのですね」
会話がポンポン飛んでいく。
「腐れ縁だな」
うんうんとサラもうなづく。
「明日、外へ出るらしいので、ヘレンさんの馬術や剣術を見る機会もありそうですね」
「どうだろう。なにをするか、聞いていないしな」
「私は見てみたいですよ。ねえ、ジュリア」
「そうですね」
「午後はサラの出番ですね」
「どうでしょう。私の得意なことができたらいいのだけど」
「サラは、気まぐれだからな」
「好奇心が強いと言って」
二人、見合って、不敵に笑い合う。
犬猿の仲のように見えて、仲良さそう。
他愛無い会話は楽しいわ。
時間がきて、終わりを告げられる。あっという間の出来事だった。
ジュリアが立ち上がった時、膝からどさっと本が落ちた。
「ジュリア。本が落ちたわ」
「あっ、ごめんなさい」
拾おうと手を伸ばして、私の手が止まる。
ちらりと見えたタイトルに引いた。
「見ないで」
ジュリアがぱっと本を胸に抱く。
「見ました」
「いえ、見えなかったわ」
上目遣いに、おどおど聞かれて、私はぶんぶんと首をふった。
『帝国主義の破滅 経済破綻の前兆』
こんな題名だった。
乙女が恥じらうように隠す本じゃなかったわ。なに、この子。いったい。
☆
部屋に戻って、楽しかったわと胸に浮かび上ががって、はっとした。
おかしいわ。なにかが変よ。
この落ち着いた雰囲気はなに。緊張感の一つもないわ。
誰かを蹴落とそうとか、なじろうとか、でしゃばろうとか。
ありそうなことがない。
おかしいわ。なにが起こっているの。女のけん制がないなんて、公爵夫人にやられまくっていた私の危機意識がおかしいと旗をふるわ。
和気あいあい。これじゃあ、仲良し四人組ではないですか!!
バトルはないの。血みどろの女の戦いは!
その中を泳ぎ切り、他の候補者を盛り立てて、ちゃんと婚約者候補から蹴落とされる計画はどうなるの!
お読みいただきありがとうございます。
最終話まで予約投稿済みです。
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