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王太子様の婚約者を決める初日の夜は舞踏会。
きらびやかな正装をした女の子達を連れた家族連れでにぎわっている。
と言っても、主たる目的が婚約者の候補者を眺めるためのものだから、実は規模はそんなに大きくない。
王太子様と王様、王妃様。
各家のお嬢様とその家族。政治的にかかわる方々がいる。
子どもに着飾らせて見せ合うような、つまんない大人の見栄の張り合い程度のものよ。
子どもはきっといずれ寝なさいと言われるわ。
前半、くるくると回る子ども達を見て、あら可愛いわねとお世辞とかおべっかとか飛び交う。
公爵と兄がきている。二人以外いないわ。
「お父様、お兄様。お忙しいなか、一緒に来てくださってありがとうございます」
最低限の挨拶をして、邪魔にならないよう退いておきます。
子どもが届かない目線の上では、大人の話。私たちは店先にならぶ商品みたいに値踏みされているんだわ。
私以外の候補は三人いる。
一人目は、ジュリア・オブラーク。ライトグレーの髪に、落ち着いた黒目の女の子。地味と言ってもいいけど、それは清楚と置き換えた方がいいわ。ストレートなロングヘア。知的で清楚で、つつましやかな女の子ね。
二人目は、ヘレン・ケラーマン。見るからに勝気。下手をすれば私とぶつかるかもしれないわ。隙がない風貌。完璧なお嬢様ね。ひまわりのように明るい髪色に、海のような青い瞳。上手に立ち回って仲良くなって、後押しすれば、もしかして懐が深いタイプかしら。
三人目は、サラ・トムリンソン。群青色の髪に、紫の瞳。幻想的な魅惑的な妖精ね。癖が強そうな、ふわふわの髪。ほんわかした雰囲気。男性から見たら、守ってあげたい女の子代表ね。人間見た目通りとはいかなわ。愛らしい子と思ったら、違うこともある。それでも、愛らしさに関しては抜群ね。
誰が婚約者になってもいいのではないかしら。
私は自分の髪をすくって見つめる。
自己主張が強い、燃えるような赤よりは、清楚、完璧、妖精。誰を選んでも問題なさそうじゃない。真っ赤な髪、真っ赤なドレス。一番目立てといいたいのかしら。
公爵は見た目が地味な割に、趣味が派手よね。
兄は、母似だから、スマートだけど。
私を飾ってもいいことなんてないといいたいわ。
王太子様は遠くでご覧になっている。にこやかで、人当たりが良い。悪いことを知らなそうなお顔ね。温室育ちの純粋な少年かしら。私にはもっとも縁遠そう。
彼に本当に決定権があるのかしら。一国の王太子よ。もしかしたら、このイベントだって、ただの出来レースかもしれないじゃない。大人の間で、誰を選ぶかなんてもうけん制し合って決まっていることだってあるわ。
ただ、うちのようなちょっと家格が高くて、面倒そうな家を振り落とすために用意されただけかもしれない。
女の子同士争うなんてばからしいわ。
先々のことも考えて、ここは取り入っておく方が無難よね。
平民になった時に、雇ってもらうことだってあり得るわ。
一番良いポジションは、引き立て役になることかしら。
「ずるそうな顔しているな」
兄がすっと横に来て、声をかけてきた。
「緊張しているだけですわ。お兄様」
誤魔化し笑いを浮かべても通じないかもしれないわね。
なにせ、もう本性はばれているのだから。
「なにを画策している。選定から逃げようと考えているのか」
「まさか。そんなことはありません。どうせ、もう、このようなイベント、出来レースなのでしょう」
「そんなことを考えているのか」
「私の腹黒さをうすうす理解しているお兄様に、なにを言っても仕方ありません」
兄が笑う。
「そこまでとは思わなかったけどな」
「だから、協力してもらいます。私は平民志望なの。
今回の三人の候補者の中で誰が選ばれることと決まているかわかりませんけど。
悪い関係はつくりません。
今後のためにも、印象良いままに、退いて見せます。
だから、渋るお父様をなだめて、平民になれるように協力してください。
どうせ、お兄様も私が家にいても邪魔でしょうし、私が婚約者にならなくても、ご自身の出世に関係ないのでしょう。
どうか、このイベントを乗り切ったら、家から追放してくださいませ」
兄はくくっと笑い始めた。
「ここまで愚かだと思わなかった。
いいだろう。うまく乗り切れたら、協力してやる。いいか、乗り切れたらだからな」
言質を取れれば十分です。
私は前を見つめて、三人の候補者である女の子達を観察した。
☆
舞踏会が終わり、子ども用の控室に通された。
私の他に三人の女の子が全員揃えられている。これから行われる行事のオリエンテーションかしらね。事前説明でもあるのかしら、それとも、一時控えというところかしらね。
ジュリアは椅子に座っている。両手を膝に置いて、うつむく。緊張しているのかしら。
ヘレンは、立っている。窓辺近くに、背を預けて。お嬢様風のように見えて、立ち姿が美しく、騎士のように凛として、微動だにしない。決戦を前にした戦士の風貌かしら。
サラはふわふわしている。周囲に置いてある調度品をまじまじと歩き回って眺めている。天然なのかしら。ボケてたら、どうしましょう。そう見えて、腹黒かったらやっかいだわ。男ってのは、こういう子がいいと名指ししそうよね。中身より顔と雰囲気と体ってことで。
一番、話しやすそうなのは、ジュリア。大人しそうで、ありきたりな天気の話からいけそう。ありがたいは真面目そうな大人しい子って。怖がらせなければ、逃げそうにもないし。
ソファー席が空いていて、向かいにはローテブル。相席しても目立たないわね。
私は、ジュリアが座る斜め横にあるソファーの背もたれに手をかけた。
「こちら、ご一緒してもよろしいかしら」
ジュリアがふと顔をあげる。
「ええ、どうぞ」
私はストンと座った。
「ごきげんよう。私はメアリー・ワーリントンはじめまして」
「はっ、はじめまして……、ごきげんよう」
大人しいを絵にかいたような反応ね。はっと気づいて、目を伏せるなんて。
「ジュリア・オブラークさんね。ジュリアとお呼びしてよろしいかしら。私のことも、ぜひメアリーと呼んでくださいな」
ジュリアがうなづく。
「今日から始まりますけど、私は誰とも争う気はないの」
ジュリアがはっと顔をあげる。
「選ぶのは私たちではありませんし。もしからしたら、すでに決まっているかもしれないでしょう。あえて、争うより、今後の未来のために、むしろ仲良くしておきたいのよ」
「変わったお考えですね」
ジュリアが目を丸くして驚く。
嘘をつくなら、本当を混ぜる。常套手段よ。平民になりたい、貴族でいたくない、だれかに婚約者を押し付けたい。本音は隠すわ。今後というのも、貴族としてではなく、平民として暮していく時にってことだし。ジュリアみたいな主人に雇われるのは悪くなさそうと考えているなんて口にする気はないのよ。
「だって、私たちはまだ子供よ。これから未来があるのだもの。先々どういう形で顔を合わすかわからないじゃない。
こんな大人の都合によって、争わせて、不仲になるのはもったいないわ」
ジュリアがくすくす笑う。
「それはそうですね」
「面白いお話をされてるのね」
すっと寄ってきたのは、ヘレンだった。
いつから立っていたのと、私は振り向く。気配の消し方半端なくない。
「私もヘレンでかまわないわ。メアリー、私もあなたの考えに賛成するよ。互いに婚約者にならなくても、どこかの家に嫁ぐ、または仕事をするなかで出会うだろう。
未来に遺恨を残すことは、本意ではない」
硬いわ。しゃべりが。完璧な令嬢のように見えて、本性は騎士。なかなかね。相応に癖があるのか、ただの堅物なのか。はかりかねるわ。
「結局、家のための婚約者とはいえ、それも生まれてきた家により仕方ないことではある。望む、望まないにしろ、そうするしかない部分は互いにあるだろう」
「言うなれば、恨みっこなしってことでいいわよね。ヘレン」
ふわふわのサラも寄ってきた。
「まあ、そうだな」
二人は知り合いなのかしら。首をかしいでいると、ヘレンが細くしてくれた。
「私と、サラは従妹同士だ。幼少のころから知っている。互いの母が姉妹だが、嫁いだ家の家風から、雰囲気に違いがある」
「見た目は、ヘレンが父親似だからよ」
サラはふわふわとにこやかに笑う。
「私はね。きっと選ばれない。自信があるの。
運動も、お勉強もいまいちなんですもの。ヘレンのように頑張り屋でもないわ。学業も興味のないのはてんでダメ。平均以下が多いのよ。
婚約者になられるなら、おおむね平均以上の方がなるはずでしょ。
私はきっと当て馬よ」
そう言って、男性から見たら、見た目だけは本命になりそうなのに。随分と冷静なのね。ふわふわは見た目で、実は曲者はこの子かもしれないわ。
三人三様、ずいぶん特徴的ね。
私はこの子たちのよいところを見つけて、押して、誰かが選ばれるのか、決まっているかもわからない選定で、候補者のサポートに徹するわ。
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