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10/11

10,

 昼を過ぎたら、エドは離れて行った。その後のバタバタはすごかった。私は、ただのでくの坊で、みんなの言われるままに動くしかなかった。

 香りのいいお風呂に入って清めて、髪を整えられて、きれいなドレスを着た。

 

 まるで舞台に立たされる役者を準備しているようだった。私が私ではないみたい。

 それでも、一応、望みは叶ったのか知れない。猫もいるエドもいる。それで私はいいと言える。


 ドレスを着て、ここで待機を命じられた部屋で一人椅子に座っていた。


 一人でほうとため息をついていると、部屋の扉が開いて三人の女の子がやってきた。候補者であり、私用の試験官であり、数日で仲良くなった友達みたいな人。


「おめでとうございます」とジュリア。

「おめでとう」とヘレン。

「よかったね」とサラ。


 三人三様の挨拶を受ける。そして、いつも通りの世間話が始まる。


「私、すっかり騙されたわ。まさか、こんなことになるなんて思わなかったの」

 愚痴るように三人に本音を漏らしていた。 


「それは私たちも同じだよ」

「どういうことヘレン」

「私たちは三人とも、婚約者になりたくなかったんだ」


 えっと私は目を丸くする。


「ヘレンには想い人がいるのよ。婚約者にならなければ、その方と婚約できるの」

「サラ」

 たしなめるヘレンに、サラがふふっと笑う。


「そうなの。それは良かったわ。じゃあ、これであなたはその方と一緒になれるのね」

 ヘレンが幸せになれるなら、それは嬉しいわ。

「心からおめでとう」

「ありがとう」


「私は特定な方とはお付き合いしたくないの。自由でいたいのよ、今は」

 サラの発言に私は、笑ってしまった。

「サラ、らしいね」


「そうかしら」

「自由な発想をもつ、あなたらしいわ」

「サラは仕事もあるしね」

「そうね、ヘレン。私はまだ結婚するより仕事をしたいの」


 それはすごいと私は思った。


「すごいわね。芸術でお金を稼ぐなんて、並大抵のことではできないわ」

「なにを描いているか聞いたら、驚くぞ」

「隠すことはないわ。絵は偽名で描いているからばれないけどね」


 私は首をかしいでいると、サラが耳元へ口を寄せてきた。


「私はね、女性向けの春画絵師よ」


 はっと身を跳ねて、サラを真正面からまじまじと見つめた。

 この妖精さんは、なにを言っているの。

「けっこういるのよ。お客様」

 愛らしい笑みに隠れて、何とも言えない黒々した気配を感じる。見えないものが見えるようになったの私。


「私の稽古にくっついてきて、男性の上半身を模写して始まったんだよな」

「筋肉美は美しいわ。美しいものを美しいと言えて、感じる感性があるだけよ。女性は、メイドたちにお願いするの。みんなきれいに描いてもらえるからよろこんでくれるわ。

 そういう蓄積が、花開いての仕事ですもの。大好きよ、仕事」


 職業に貴賤はないと私は思いなおす。

「そうだね、サラ。なんにしろ、絵で稼ぐなんてすごいわ」

「じゃあ、今度、メアリーも描かせてね」


 うっと私は声を飲み込んだ。まだそこまで覚悟はできませんと言いたかった。サラは察したのか、楽しそうにふふっと笑う。少し怖かった。


 おずおずと出てきた、ジュリアが、私の手を握った。

「おめでとう、メアリー」

 その今までにない勢いに私はたじろいだ。

「良かったわ。私、本当にうれしいの」


 どうしてそこまで喜んでくれるかわからないけど、喜んでもらえていることには素直に受け取ろうと思った。

「ありがとう、ジュリア」

 ジュリアは大人しい外見には似つかわしくないぐらい頬を赤く染めて、喜んでいる。

「私は、あなたが住まう後宮の、筆頭女官になりたいの」

 ああ、ジュリアらしい。仕事をしたいということねと私は安易に納得した。


「本当は文官になりたくても女子だから無理なのよ。王妃の筆頭女官になって、後宮を牛耳るお手伝いをするとか、そういう方向しか望めないと思っていた。それなら私がつかえたい人になってほしいと常々思っていたわ。メアリーには夢を一つ半分かなえてもらえて、本当にうれしいの」


「それなら、私も喜ばしいわ。だって友達がそばにいてくれたらとても助かるもの」

「そう。そして、後宮を牛耳って、高位の男性文官に嫁いで、その方が出世して、将軍の将軍は妻、になりたいのよ」

 えええ、それって影の支配者になりたいということですか。私は水に打ち上げられた魚のように口をパクパクさせてしまう。


「しかもよ、私の想い人は、あなたのお兄様。うれしいわ。もし恋も実って、あなたが王妃になって、私がつかえてごらんなさい。あれだけの裁量を持ったあなたのお兄様が出世しないわけないわ。いいえ、私が後ろにつく以上、出世させて当然なのよ」


「はあぁぁぁぁ」

 耐えられなくなり、私は変な声をあげていた。


 ジュリアは恍惚とした表情で、ため息をつく。


「うれしいわ。つかえる王妃様が、旦那様の妹。私が表に立っては言えないけど義理の姉。その立場を用いて、後宮を支配し、夫を持って、治政に介入していくの。

 なんて、素晴らしい未来かしら。そのために私はたくさん勉強して、あなたの役にたてるよう頑張るわ」


 うわぁぁぁぁ。どうしよう。どうしよう。

 私、変な人に狙われてない。


 エドにしろ、ジュリアにしろ。おかしいわ。サラもちょっと方向違ったし、まともなのはヘレンだけ!

 そこさえ保証はないかもしれない。

 なにこれ、公爵夫人が小物に見えてくるわ~。

 私の未来はどうなるの!!


 その時、扉がひらいて、エドと兄と王太子のふりをしていた人があらわれた。


 私は壁の花になりたかった。話題の中心になんてたちたくない。


 それでも、そそっと兄のそばに寄った。


 寄りながら、王太子のふりをしていた人とヘレンが楽しそうにして見つめ合っているのを見て、彼女の想い人が誰かわかった。

 

「お兄様」

 私は兄の横に立った。

「私は私の凡庸さに呆れかえるわ」

 できた友達は曲者ぞろい。

 婚約者は曲者どころか、目的のためには手段を選ばない。嘘も方便とばかりに、笑顔で仕掛け、好きと言いながら罠にはめてくる。私のそのあがくさまを見て、楽しんでたとでも言いそう……。

 ぞわぞわと背筋が凍るほど、不安ばかり駆り立てられるわ!


「だから言っただろう。乗り切れるわけがないと」

 この人も知っていたのね。だから言い返してやった。

「お兄様もすてきな方に想われていますよね」

 珍しく、眉間にしわを寄せ、底に指をあて、大きなため息をついていた。


 少しだけ、胸が空いたわ。

 

               ☆


 婚約者決定の舞台は、私と公爵夫人の恐怖の場だった。私たちにだけ分かる、猛吹雪の体感温度。絶対零度の氷点下で、呼吸をしろとしばりつけられる。

 二人向き合って、周囲から祝福されながら、強張った笑顔をお互いに向けあう地獄絵図。


 彼女の口から語られるのは、棒読みのセリフ。


「今日はかわいらしい娘の、たいせつな婚約者発表の場に呼んでいただきありがとうございます。愛らしい娘へ、素晴らしい今夜のドレスまで用意していただき……」


 うんぬんかんぬんはもう私の耳には届かない。恐怖に逃げ出したくてならなかった。

 それでも両足に杭を打たれたように私は動けない。


 震える公爵夫人たる継母を見ながら、私は青ざめる。

 私をなじっていた人が、私を褒めたたえるなんてどれほどの屈辱だろう。


 それはいい、それはいいのだ。

 すかっとするきになれないのは、それを仕組んだ人間に私はもう逃れられないという現実だ。


 こわごわ振り向くと、エドがとても優しそうに笑んでいる。

 騙されるな、彼の優しさには、裏がある。

 

 私は私の未来に対し戦々恐々とするばかりだった。


 私はやっぱり平民になりたいわー!!


最後までお読みいただきありがとうございます。

継続する励みになります。ブックマークと評価よろしくお願いします。


短めの話を書いてみて試し投稿してみました。


いつもは主に10万字の小説を投稿しています。現在も連載中作品あります、読んでくれたらうれしいです。


『路地裏の孤児と名無しのお姫様 ~名無しの男装姫を女の子に戻し、俺は彼女につくして、彼女を愛でたい~』

https://ncode.syosetu.com/n6224gz/


サブの女の子たちが面白いので、別作品の主人公として書こうと思っています。(一部タイトルも決まってます)現在10万文字の第四作品書いており、最終話まで書き終えたら着手します。


書き終えたら、作者には主人公が一番普通に見えたという不思議……。やはり半分平民の凡人なのか。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました

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