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1,000数えるまでに君にキスしたい  作者: 桐生
冬の風景
5/25

005:「こうすい」「うちあわせ」「みかん」

 一瞬鼻先を通り過ぎた、冬の匂い。

 いつものように通勤電車を降りて、会社に向かう途中で、見覚えのある女性が俺を追い抜いていくから、俺は慌てて追いかける。


「せーんぱいっ」

「あら、田中くんおはよう」

「先輩今日も可愛いっすね! なんかいい匂いするし」

 そう言って鼻を近付けると、先輩は顔をしかめて俺を押しやる。

「ちょっと! 匂い嗅ぐのやめてよ」

「すいません、なんか美味しそうな匂いだったんで」

「……香水つけすぎたのかしら。そんなに匂い強い?」

 ちょっと困った顔をしてる先輩も普段と違っていい感じだけど。

「いや、全然そんなことないっすよ。みかんみたいで美味しそう。ってか俺、鼻がいいから気付いただけだと思う。ほら、俺って犬だから」

 いつも部署のみんなにワンコ扱いされてるのは、ダテじゃないんすよ。そう続けてピースサインをして見せると、先輩は納得したように頷く。


 そこで俺は気付いた。気付いてしまった。

「先輩、今日打ち合わせにあの人が来るからオシャレしてんの?」

 俺の質問に、先輩は一瞬顔が固まる。

 あーあ、やっぱりか。そりゃね、俺だって毎日先輩のことこっそり眺めてるんだから気付きますよ。

「先輩あの人とはもう別れてるんでしょ? 未練がましいよ」

「……うるさいわね、そんなんじゃないってば」

 うっかり口を滑らせた俺を睨むと、先輩は足早に歩いて行ってしまった。


 その日も仕事が山積みで帰るのが結局終電ギリギリになっちゃったけど、一緒に残っていたのが先輩だから、仕事多くても全然平気ですよ、って顔をしておく。


 駅までの道は暗いところもあるから駅までは送らせてもらえるけど、乗る電車が違うからそこでお別れ。


 俺が出れなかった打ち合わせを思って、焦った俺は別れ際に先輩にお願いしてみた。

「ねえ、先輩。明日は俺のために今日の香水つけてきてよ。」

「なんでキミの為になのよ……」

「好きなんです」

 ってヤバい、いつもの軽く受け流してもらえる調子で言えなかった。

「あの、みかんの匂いが」

 言い訳して誤魔化してるみたいで俺いま滅茶苦茶かっこ悪い。未練がましいのはどっちだよ。いつも先輩にスキスキ言ってるのに本気にしてくれないんだから、いい加減好きでいるのやめたらいいのに。

 そう、自分で思ってるのに、やっぱり。


 いつか俺のためにあの香水をつけてくれたらいいのにって思ってしまうから、もうしばらくの間だけ。

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