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1,000数えるまでに君にキスしたい  作者: 桐生
冬の風景
20/25

020:「でんしゃ」「ぼうねんかい」「ぶり」

 今日は珍しく定時あがりできた。

 寒風の下ホームに滑り込んできた電車に乗り込むと、熱気で眼鏡が曇る。うまいこと目の前の席が空いたので座って眼鏡の曇りを拭いていると、スマホにトークアプリの通知が来ていることに気付いた。


『仕事終わんない! お腹空いた』

 メッセージを見て苦笑したあと、送信者を見て、俺は何とも言えない気持ちになった。

 この同僚、実は大学生の時に付き合っていたけど就職活動をしていた時期にお互いすれ違って自然消滅してしまった、という曰く付きの相手なのである。

 もちろん初めて就職した会社は別々のところだったんだけども、去年の夏頃に転職したら、何の因果か彼女も同時期に同じ転職先に応募していて、同時に受かってしまった結果同期になってしまったという不思議な経緯があったりする。


 もちろん入社時に履歴書には同じ大学名が書いてあるのだから、お互いが知り合いなのかと訊かれはしたが、俺達は二人とも、同じゼミだったという事以外のことは言わずにおいた。


 それから約一年半、全く妙な雰囲気にならなかったかというと完全には否定はできないが、まぁそれも仕方ないことなんじゃないかな、とは思う。元々嫌いになって別れた訳ではなったのだから。


 そんな経緯もあってか入社当初にあった多少ギクシャクした空気も今では無くなっていて、それでもすんなり何も無かったかのように恋人に戻れるわけでもなく、未だにお互いの距離感がよくわからない状態が続いていて、どうしたらいいのか戸惑っていたけれど。


 彼氏がいるという話も聞かないし、なあ。

 付き合っていた時よりも強い焦れったさに悶える思いを出さないようにして、何気なく返事を打ち込む。


『うちは今夜はブリだよ。ブリ食いたくて買ったんだけど、煮るか焼くかで迷っててさ、大根と春菊どっち買うかまだ決めてないんだよね』

『春菊?何に使うの?』

『ブリ照りに生のまま刻んで乗せるのうまいよ』

『まじか』

『マジです』

『飯テロやめて!? 余計お腹空くんですけど!』


 二人だけの忘年会、したいかも。

 断られてもあと一週間くらいで休みに入るし言っちゃいますか。


『ホントうまいから今日仕事終わったら食べにおいでよ』


 ──さて、何と返してくるか。

 イエスにしてもノーにしても、しばらく返事は来ないだろうから、取り敢えずはスーパーに春菊でも買いに行きますか。

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