1-10 告白
「この宗教の創始者、メルヘム・ファビス…私の父です。」
「えっ?」
想定外の言葉に素っ頓狂な声が漏れてしまう。その一方でマオは平然として話を聞いている。
「もしそうだとして」
冷静にマオが問う。
「あなたはどうしてその父親と名前が違うのですか?それに、あなたが司祭をやるべきでは。」
「名前が違うのは、単に偽名を使っているというだけのことです。司祭をやっていないのは、やりたくないから。それだけのことなのです。」
と、当たり前のことを言うようにメルエンさんが語る。
展開が急すぎてあまりついていけてないが、要するにメルエンさんの本名はメルヘム・フェイルで、この教会を作った人の子孫ってことだよな。で、司祭にもなれるというのにやりたくないからという理由でならない…と。
いや、ちょっと待て。この世界の構造上、その理屈はおかしい。
「メルエンさん…いや、メルヘムさんと呼んだ方がいいのでしょうか?」
「メルエンで結構ですよ。」
「じゃあメルエンさん。あなたはさっき『やりたくないから司祭をやらない』と言いましたが、それは個人的な感情でしょう。でも、運命上あなたが司祭になることになっていたなら、そんな理屈は通じない。そこのところどうなんですか?」
やりたくなくても、司祭をやると運命で決まっていたならば、それを避けることはできないはずだ。なのにやっていないということは、元々司祭になる運命じゃないか、もしくは…
「変えたんですよ。」
「え?」
「司祭になる、という運命を。」
変えた?運命を?オーサーの干渉もなく?
もし彼の言っていることが本当ならば、俺たちがやろうとしてることの先駆者ということになる。だが、メルエンさんの例は俺たちが行っていることとその本質が違う。オーサーの力無くして運命をねじ曲げたら…
『なんとなく見えてきたな。』
耳元でマオの囁く声が聞こえた。音魔法を使ってメルエンさんには聞こえないように俺に伝えたのだろう。見えてきた、というのはこの事件の全貌のことだろうか。
これだけヒントを出されたら俺でも分かる。この世界では、運命が変わると何らかの歪みが生じる。そしてその歪みによって運命は修正されていく。謎の病の真相はおそらくそのパターンだ。
メルエンさんが司祭になることを拒否し、その権利を違う人に譲った。その結果、現司祭が病にかかった。この病こそが前述した『歪み』に相当するものだろう。現司祭が死ねば、メルエンさんが司祭になり、元の運命へと戻る。
確かに事件の全貌は分かった。だが、分かったからといってどうにかできる問題でもないな…。
そしてもう一つ問題が残る。
おれが口を開くよりも早くマオが問う。
「現司祭は何者なのですか?」
「…ことの発端から順を追って説明していくとしましょう。」
「私が生まれたときにはすでに、父はこの宗教…すなわちテオス教を立ち上げていました。なんでも、1人で船旅に出たときに船が沈み、救命ボートに乗ってさまよっていたら突然の強風にボートごと吹き飛ばされて、気づいたら帰ってこれていた、ということがあったそうです。それがきっかけで自分だけの神を信じるようになり、テオス教を作ったと聞かされています。
母は私がまだ幼いうちに亡くなったらしいですが、死因までは聞かされていません。母との記憶はほぼほぼ無いので、悲しくはありませんでした。
宗教にはあまり興味はありませんでしたが、父のことは尊敬していました。1人で何かを始める行動力というのは、本当にすごいものだと思います。
生前、父はいつも『栄光に近道なし』と言っていました。自分についてきてくれる者が少なくても、めげずに活動を続けた結果世界一大きな教会を作ったのです。それにつられて、私の座右の銘も父と同じなのです。
そんな父も先日他界、2ヶ月前のことです。前々から患っていた持病が急激に悪化し、私を司祭に任命してこの世を去りました。
父が近々死ぬことも、それからは父に次いで自分が司祭になることも、全て運命の通り。なんなら、父が宗教を立ち上げたのも、運命に記されていた通りに行っただけのことです。
頭では理解していても、全然受け入れられませんでした。
父は死ぬ前に『神は我々を必ず助けてくれる』と言っていました。
誰しもが言える言葉てすが、ただ父が言ったというだけのことで、まるで不思議な魔法がかかっているかのように、その言葉は私を励まし続けてくれました。
しかし、気づいてしまったのです。父の言葉の矛盾に…。
『神は我々を助けてくれる』?運命にはどこにもそんな記述はない。つまり、運命が存在する限り、神は存在しない。
ならば、父が生涯追いかけ続けていたものはなんだったんだ?神か?神という名の偶像か?神はいないのか?あるのはこの腐った運命だけ?俺には神を頼ることすら許されないのか?神ってなんだ?運命ってなんだ?
その日は1日泣きました。枕に顔をうずめ、色々なことを考え、その度この世界の仕組みに絶望しながら。
一晩かけて、ある考えが頭をよぎりました。
『このふざけた運命をぶち壊す。』
運命が存在する限り、神は存在しない。ならば、運命を消せばいいじゃないか。そうしたら、神も現れるだろう。
そして手始めに、いつも司祭になりたいとぼやいていた助祭に、司祭になる権利を譲りました。それが現司祭です。
今回の運命の改変で、中途半端な改変では失うもののほうが大きいことが分かりました。
だから次は…」
気づけばメルエンさんの目に涙が浮かんでいる。額に寄せられた皺からは、相当怒っていることがうかがえる。
涙ぐんで荒くなった息を整え、大きく一言。
「だから次は、この、腐った運命を…ぶっ壊してやる!」