宵闇日記:ある騎士と少年の場合
その日、少年は騎士を見た。
決して入ってはいけないと大人達に口を酸っぱくして言われていた古墳。
少年は友達と一緒に肝試しに行ってしまった。
結果的にはそれは致命的な失敗を招いた。
「なにこれ……肉?」
ひやりとした暗い岩の壁、ぼんやりとした懐中電灯の灯りに照らし出されたのは……
地獄だった。
うじゅり、うじゅりと肉がうねっていた。岩が途中から肉に変わり、ひくひくとうごめいていた。
人が何人もむさぼり食われながら生かされていた。
「うわあああ!」
「おばけだ!こわい!かえる!」
なんだこれは。その思いがぐるぐると渦巻いた。
悲鳴を上げて逃げようとしたら、背後で友達がものすごい声と共にいなくなった。
ああ、食われた。次は自分だろうか?
死を覚悟したその時、騎士がいた。
赤いマフラー、銀色に輝く鎧と兜。そして何より、ガリガリと地面を削りながら振り下ろされる大剣。
その銀色はおとぎ話や特撮とは違う、殺意に塗れた暗い輝きだ。
「なんで?」
だが騎士はまぎれもなく少年を守った。
振り落とされる大剣は少年の横をすり抜け、がちんと音を立てて地面を天井と地面を削りながら怪物を切り裂いた。
重い風切り音を響かせながら騎士は少年の背後で戦っていた。
「行け。振り返るな。走れ」
ちらりと騎士が振り向き、低く言った。
必死にうなずきながら少年は足もちぎれんばかりに走った。
■
古墳から怪物を倒して帰ってきた騎士に向けられたのは罵倒と石だった。
「あんた、なんてことをしてくれたんだ。うんどんさまを怒らせたらどうなるかわかったものじゃねえ!」
「なんで私の子は助けてくれなかったんです!」
敵意に満ちた村人は口々に言うが、その主張はだいたいその二点だった。
すなわち、あの怪物はまだ死んでおらず、その祟りが怖いとおびえている。
「その心配は無い。アレは完全に破壊する。何も残さん。それとも、あれから何か恩恵でも受けていたのか?
だから何だ。あんなもの無くとも人は生きていける」
何を馬鹿な、と切り捨てられない重みが騎士の言葉にはあった。
だが、それでも村人に根付いた恐怖は晴れることはない。
「ああ、それよりも……この村は我々が占拠した。アレとの戦いに巻き込まれんうちに逃げろ」
騎士が手を上げると森や家々の屋根などから隠れていた騎士達が姿を現した。
「これは保障だ。家が壊れたり、引っ越す必要があれば使え」
騎士が懐から万札の束を積み上げていく。10か20か。いずれにせよ本来であれば入らない数が出てきた。
他の騎士達が万札の入ったかばんも置いていく。
「足が必要なら車も使うがいい」
そして村の入り口にトラックとバスが何台も来た。
車体には「避難用」と書かれている。運転しているのも騎士なのはシュールな絵面だ。
「……俺たちができるのはこのくらいだ。さあ、急げ。逃げろ」
村人達は騎士達の迫力とその腰に差した剣におびえながら金を手にとってそそくさと帰り始める。
口々に小さく罵倒をし、侮蔑の目を向けながら。
■
少年はそれはもうお叱りを受けた後、ぼんやりと大人達が避難準備をしているのを見ていた。
騎士達が近くにいた。少年は周りを見た後、こっそりと勇気を振り絞って話しかけてみた。
「あの、騎士さんたちはなんで、その、助けてくれるの?」
がちゃりとカブトを鳴らしながら騎士が振り向いた。
「少年、君は怖い物知らずだな……その勇気と無謀が君を孤立させないことを祈る。
だが、そうだな……使命だからだ。見返りは求めん」
騎士は最初の荒々しい姿とは違い、思ったより紳士的な言葉使いだった。
「使命……?誰かに言われたから?」
騎士はかちゃがちゃと首を振る。
「いいや、誰に言われたわけでもなく、我々はあのようなもの、『深淵』を狩っている。
簡単な話だ。この世があんな化け物だらけになったら嫌だろう?だから、誰かが狩らねばならん。
我々にはその理由も力もあった。それだけだ」
しばらく考えた後、少年は口を開いた。
「誰かがやらなきゃいけなかったから?」
きいきいと笑うようにカブトを鳴らして騎士は答えた。
「そうだ。いつの世も、人は深淵と戦い続けてきた。世界と人々のために。
我々はその遺志を継いで戦う……それが我々の信ずる伝説だ。
闇に飲まれぬためには、人は大きな物語を必要とするのだ」
少年にはまるで呪いのような使命に聞こえた。騎士の大きな体が、何だかとても寂しいものに見えた。
騎士は独り言のように続ける。それは自分に言い聞かせているかのようだ。
「だから君、闇を恐れたまえ。力を恐れたまえ。恐れなくば人は人としていられぬ。
闇のもたらす力に魅入られた者も大勢いたのだから」
少年はしばらく黙る。
「ちょっと待ってて」
少年は家に入り騎士のいる庭先に戻ってきて何かを手渡した。
「……これは?」
「仮面レンジャージャスティライダーのキーホルダー。これ、あげる!」
「いいのか。少年の宝物だろう」
「……だから、がんばって。負けないで!」
騎士は自分の胸をドンと叩いて大きく笑った。
任せろ、という意思表示だ。
「はっはっは、任せろ。報酬をもらってしまってはな。
さあ、少年。君らは避難するが良い。我々は行く。必ず勝とう。
君の宝物に誓って」
少年はぐっと拳を突き出した。騎士は少し考えて、その拳に自らの拳をこつんと合わせた。
その光景は、ずっと少年の生涯を照らす光となった。
■
そして夜が来る。村人の避難は終わり、騎士達が戦いに赴く。
丁寧に古墳に爆薬を詰こみ爆破すると「それ」は出てきた。
ビルほどもある巨大な肉の塊だ。
触手がうねり、剣が舞う。
壮絶な戦いが続き、騎士達に疲れが見え始めた。
毒液がはき出され、鎧ごと騎士の腕を侵食する。
常人ならもだえ苦しむであろう激痛に無関心に騎士は自らの腕を切り落した。
腕を切り落とされれば普通はバランスを崩して歩けない。ましてや剣を構えることなど。
しかしそれでも騎士は剣を構える。まるで腕を落すくらい日常茶飯事だというように。
そして実際そうなのだろう。それは、騎士の今までの壮絶な戦いの歩みを思い起こさせた。
「恐れるな。死ぬ時間が来ただけだ」
「ああ、お先に」
騎士は懐のピンに触れる。鎧の中にはぎっちりと爆薬が入っているのだ。
自らの命さえ弾丸として消費しようとしたその時に、胸元から声が聞こえた。
『がんばれ-!騎士-!』
「……これは」
爆薬に回した手が止まる。
それは少年からもらったキーホルダーからだった。
「トランシーバーつきとはな……いやそれよりも、応援か……」
「応援されてしまったな」
「ああ、我らが……くくく」
騎士は呪文を唱えるとごうという音がして剣に炎がまとわりついた。
失った腕の代わりに断面から炎が腕の形となって役割を果たす。
「これは負けられんな」
「ああ、負けられねえよなあ。全くよ……」
そこからの騎士達の動きは別物だった。まるで枷を外したかのように暴れ回り猛然と怪物に向かってゆく。
「いくらでも呪いを振りまくが良い化け物!我らは……応援されたのだぞ!?
負けるな、がんばれ、と……!貴様には解るまい化け物め!」
腕を飛ばされても、毒に侵されても。
「ああ、誓ってしまったからな。騎士は誓いを裏切らん」
決して退かず、猛然と剣を振るい、たたき切る。
「俺らの報酬なんぞ、それだけで十分に過ぎる。金はお前を切り捌いて売るさ」
魔法が乱れ飛び、剣が舞う。
やがて、怪物が倒れ伏して騎士達は黙礼を取った。
「ほんとにやっちまいやがった……」
村人達の一人がつぶやいた。それは驚きか、歓喜か、それとも嫌悪だったのか。
騎士達は村人の中から少年を見つけると、残った腕を上げて答えた。
その背中は、誇りに満ち、たしかに一人の心に残ったのだ。
報酬がたとえキーホルダー1個だったとしても、彼らには何億の金塊よりも重大であったように。
■
その後、村の祟り神であった肉塊は切り刻まれてどこかへ運び出され、
村は破壊された家と降ってわいた大量の金で沸いた。
だがその中で暗い闇の中にいる者が一人。
「騎士……」
あの少年である。
彼はあの後災厄をもたらしたとして大人からも排斥された。
小さな村でそれはどれだけの恐怖だっただろう。
「負けるもんか」
今日も殴られた。
だが、それでも少年はくじけない。あの背中が導きとなったから。
家に居場所はない。だが、少年には剣があった。
あの戦いの後、そのたぐいまれな行動力で見つけたのだ。
彼らの剣だ。剣と共にあり、野山を駆け巡っていれば耐えられた。
「……騎士?」
山にいると、騎士鎧の姿が見えた。だが、あの銀色の騎士ではない。
漆黒の鎧を纏った騎士達だ。
そして黒い騎士達は村を焼き始めた。
「……あれが、闇にみいられたもの」
少年は思い出す。
闇のもたらす力に魅入られた者も大勢いた、と騎士が語っていたのを。
あるいはそれは防衛反応だったのかもしれない、思い込みかもしれぬ。
だが、その時だけはその直感は当たっていた。
「……」
いっそ忌々しい村が焼けるのを見ていようか。
いや、あの騎士達ならばどうしただろう。
少年の足は外へではなく、村に向かっていった。
剣を携えて。
■
陰険で、卑しい村人達が逃げ惑う。黒い騎士達は笑う。
「はいはい、収容しようね。封印騎士が来たってことは我々の求める『深淵』があるはずなんだから」
「まったくあいつら様々だよ。こうやって安全に『深淵』を収容できるんだからな。サンプルが取り放題だ」
「なあに、全部取る必要は無い。半分は始末してもいいだろう。いい気晴らしだ」
ある者は銃を撃ち、ある者は面白半分に剣を振り回す。
手足が地面に並ぶ地獄絵図だった。
そこにまだ甲高い雄叫びが聞こえる。
「ああああ!」
少年の剣は運良く鎧の隙間を通り、黒い騎士の脇腹を刺した。
「やるじゃん?そうじゃなきゃ面白くない」
だが黒い騎士は振り返って平然と裏拳を放とうとする。
しかしそれを止める者がいた。
あの銀の騎士だ。いつのまにか、最初からそこにいたかのように何人もの銀の騎士がいた。
「おいおい、封印騎士様がいるとは、思ったよりこの案件ホットなのかな?」
「いいや、我々とていい加減学習する。我々が来れば貴様らは薄汚いハゲタカのようにここを荒らすだろうと見込んでいた」
「ふうん、面白くなかったわけだ。助けた奴が俺らに殺されるのが。ああ、だから嫌いだよお前らは。
情とか義とかで行動する。非情なふりしてさ。割り切れよむかつくな」
「ああ、我らは非情だ。だが恥知らずの深淵騎士殿よりはましだ」
「いうじゃない?たかだがうまく離反できただけの下っ端が!」
そうして、あちこちで戦火が切られた。
銀の騎士たちが剣を振るい、黒の騎士たちがおぞましい魔術や毒を使った。
やがて、少年も毒にやられたのか、気を失った。
■
少年が気がついた時には孤児院に鞘に包まれた剣と、いくばくかの金と共にいた。
そのまま孤児院で彼は過ごした。あの陰惨な村はもうどうでもよかった。
そして少年は青年になった。剣を学び、その体躯はがっしりとしたものになる。
彼はあの騎士達を探す。
いつか、幾たびの冒険の果て、彼は騎士達を見つけるだろう。