第一話 「最悪の夏休み」 1-1
高層ビルの一室で白い仮面を付けた男がゆっくりとガラス張りの壁に近づいていく。
「いつの間にか痛みを忘れてしまった人類に再度、痛みを教えなければならない。自分たちが傷を負うことで他人にも優しくなれる。我が手を下してやろう」
目に映る都会の風景に向かって手のひらを向け、ゆっくりと開いた手を握っていく。
「我こそが平和の代弁者となりて世界に痛みを与え、平和への望みを叶えよう。
我は世界の『無』なり。すべてを司る虚無とならん」
太陽が真っすぐ地上を見下ろす頃、蝉時雨が耳を響かせる。人々はアスファルトからの照り返しにも負けずに夏の日々をこなしていく。
そんな中、学生服を着た少年が汗水を垂らし、歩いている。学校は終業式を迎え、これから一か月の夏休みに入る。学生達は昼には自宅に帰れる。多くの学生はこれからの休みや部活動に心を躍らせるのだが彼はただ苦悶の表情を浮かべている。
彼の名は「片桐 仁」
彼は高校二年生の学生、背丈は170センチで中肉中背の平均的な体つきでひと際目立つ、赤い髪を生やしている。
「くそッ。なんで夏は暑いんだよ!」
仁は何に対して苦言か一人でブツブツ話しながら自宅のマンションの前まで着いた。殺風景なエントランスを抜け、エレベーターの「開」のボタンを連打する。少し間が空き、エレベーターの扉が開く、生ぬるい風が体を包み、また不快な気分に苛まれる。手慣れた手つきでボタンを押し、6階まで登っていく。
玄関に着くとズボンのポケットから鍵を取り出し、扉を開く。其処にはコンビニで買った弁当やごみ袋が散乱としていた。彼は高校二年生で一人暮らしをしていた。
彼は真っ先にテーブルにある、リモコンを手にし、エアコンの電源を入れる。
「はぁー。流石、文明の利器ってすげぇー」
仁はエアコンから一番風の当たるポイントで両手を開き、冷たい風を感じた。そのまま流れるように近くのソファにダイブする。すると終業式の疲れか睡魔が仁を襲ってきた。その睡魔に抗うことなく、彼は幸せの中、意識を手放した。