準備完了
戦闘に関する後処理と俺が関係なくなると、依頼をこなしつつあのダンジョンに向けての準備を整える日々が続いた。
通院もなくなったので日数が掛かる依頼も受けれるようになり、日夜ポクーの上で欠損のせいで体に付いた変な癖を矯正していた。
準備を整えるための金は、この前遂に出た報酬で賄っている。救援依頼分、参戦分、副賞分もろもろ合わせて約2000ティカ。
二等佐が言っていた300ティカはあの作戦の効果がどうなるか不透明だったための、とりあえずの指標だったのだ。それが予想外に上手くいったため、大幅上乗せされた。
2000ティカは大金だ。それこそ物価高めなウリスタニアでも800から1000ティカあれば一戸建てが構えられる程の。
その破格っぷりに驚き、そして初めて1000ティカ硬貨を触った。1000ティカ硬貨は一般に世間に出回る最高額の硬貨であり、一握りの成功者のみが手に出来るものだ。ただ、額が大きすぎてその辺の店では使えない。俺が贔屓にしているレベルの鍛冶屋や工房でも嫌がられるだろう。だから使う事になるまで記念に銀行の貸金庫に預けておいた。幸い1000ティカ硬貨は一枚だけで、その他は100ティカ硬貨等で支払われているから、そちらを使っている。それでも十分お釣りが来る程だ。
「柄一本に替刃十。これでどうだ?」
「ありがとう助かったよ。じゃあ代金はこれで」
報酬が出ると早速、槍を受け取りに贔屓の刃物工房に来た。本来こういう装備品は前金がいるが、頼み込んで後払い一括にして貰っていた。
「しかし替え刃が十か。遠出か?」
金を数えながら店主兼職人のライマールが聞いて来た。
俺の槍はここ『ライマール刃物工房』の特注品。放浪生活であまりこういう店には立ち寄らないので、槍の刃をパンパン付け替えるスタイルを取っている。それでも普段は替え刃二、三枚の注文が多かった。ちなみに刃物工房と言いつつ、ここは槍専門である。
「ちょっと情報が少ない危険地帯に行くつもりでな。用心のためさ」
「危険地帯か。それだったらもっといい刃を注文してくれよ」
「はは、危険地帯だからこそ使い慣れたものが一番さ」
「なら次に期待するよ」
俺が使っている槍は高い、柄が。この特注の槍の柄は本来、総合ランク2の請負人の手が届く代物ではない。依頼中や放浪中は野宿で宿代も掛らんし、割が良い依頼をこなしているので入手できるのだ。ただし、刃に関しては安物を使っていた。もちろん一度の戦闘も耐えれない粗悪品ではないが、これまでに何度か戦闘中に壊れた事がある程度のものだ。
仮に刃が壊れても柄で叩けるし、頼もしい相棒がいるため途中退場は容易という理由もあり、安物で十分であった。ただ、これからは上を目指す事に決めたため、次から刃の質も上げようと考えている。金も入ったしな。
ダンジョンへの準備も後は注文の品を受け取りに行けばいいだけとなったので、今受けている依頼の報告が終わればダンジョンに向けて出発する事にした。
「リトさん、お疲れ様です。依頼はどうでしたか?」
「無事完了しました」
依頼主から受け取った紙を渡してこの依頼も終わった。
そして依頼の話が終わると、本題を切り出した。
「ピリアンさん、ちょっと出掛けてくるよ」
「はい、いってらっしゃい」
!? 今・・ギルマスは何て言った? いってらっしゃい・・・だと。
「パッソルト総合請負人ギルドギルドマスター、ピリアン。お前は本物か?」
ギルマスはいつもはこんなに聞き分けがよくない。あの手この手で放浪させまいと動く、それがいつものギルマスだ。
「私の様な絶世の美女が他に何処にいるのでしょう? そんな私を捉まえて随分酷い事をおっしゃるようですねぇ」
「ははは。今日もお綺麗ですね」
ギルマスの容姿はお世辞では美女と言える容姿だ。ちなみにお世辞では醜女とも言う事は可能。そのあとどうなるかは知らんが。
「あら、取ってつけた様なセリフですね」
「冗談は苦手です」
「そう言う事にしておきましょう。では、また足を運んで頂くのを心待ちにしています」
「・・・偽者だ。やっぱり偽物だ。上手く外面は化けたようだが俺の目は誤魔化せんぞ、お前は一体誰だっ!」
「失礼ですね。・・・まぁいいでしょう。今日は機嫌が良いので何処となりへとっとと行きなさい。しっしっ」
多分本物のギルマスに追い払われた。あれ程精巧な偽者はそうそういないと思われるからだ。
多分本物のギルマスのあまりにも不自然な態度に、そのまま建物を後にする事を止め、食事処のいつもと違う席に座り、いつものをちびちびしながらギルマスを盗み見る事にした。
しばらく多分本物のギルマスを盗み見ていると、トビーさんが隣の席に座って来た。トビーさんも依頼を終えたばかりのようで、先程までギルマスの所で手続きをしていた。それにしてもトビーさんは、相変わらず眩しい頭頂部を持っているな。毎日磨いているのだろうか?
「変わったな」
トビーさんは席に座りマスターに注文を終えると、唐突に口を開いた。顔は前を向いているが、周囲には俺しかおらず、独り言にしては大きい声であった。
「・・・誰がです?」
「リト。お前だ」
うーん、変わっただろうか? 肉付きはもう元に戻ったしなぁ。
「ふむ、やはり貫禄が付いたか」
「そう言うところは変わっとらんな」
「あらら。じゃあ何処が変わったんで?」
「・・・目だ」
マスターから出された酒を一飲みし、そう言い放ち、更に続けてきた。
「戦争から帰って来たお前の目は、強い意志を感じる。お嬢もそれを感じとったんだろう、だからお前を引き止めなかった」
「・・・・・・」
「行って来い。お前が思うままに」
「これ、飲み終ったらいくよ」
「・・・お前にはもう少し空気を読んで欲しかったな。ええいみみっちぃな、ぐっと飲めぐーーっと」
酒じゃないんだから。と思いはしたが口には出さずちびちびを再開した。




