戦争の終わり
俺が依頼を終えると早々にウリスタニアに帰って来てから約五十日。ウリスタニアでは凱旋パレードが行われていた。
此度の戦績はピットヤーグ側の一つの砦を落とす数十年振りの快挙となった。ただ、互いの国境付近には幾つもの砦があり、一度の進行で全砦を突破するのは不可能に近い。
あの地方は北から海、狭い人の領域、森、ボーグ山脈となっていて、砦は狭い人の領域の堂々と建造されているため砦を無視して進む事は出来ん。
そして、アーリア王国とファルクス帝国の主戦場の方は、此度も引き分け。
正確に言えば二国間の国境線がとても長いため、何か所かで戦闘が行われ互いに奪い奪われの痛み分けといったところだ。
これが今回の戦争の大まかな結果だ。
俺はこの約五十日の間に何をしていたかというと、医者に掛かったり、依頼を受けていた。
帰って来た当初は俺は行く先々で持てはやされた。何故かと言うと俺はちょっとした英雄となっていたからだ。
この戦時体制下では戦争に関する良い話題は大々的に領民に流布され、その中で俺は今戦最初の英雄として、相手の行軍中の軍勢に単騎で突入を掛け、多くの者を屠り、彼の空翁との激闘の末、惜しくも敗れ去り、一時は行方不明となったが、不屈の精神で死地より舞い戻った不死身の男。・・・だったか? いろいろ話に尾ひれが付き、原形を留めていない箇所もあるが、こんな感じだ。ちなみに、空翁辺りからのくだりは俺の生存が流布される前に俺が帰って来たせいで、元々は違っていた。
そんな持てはやされる、俺としては鬱陶しい目に遭いながらも、帰って来て早々に医者に掛かった。
帰って来た当初は戦争中で参戦組が帰って来ていない時分だったため、治療に行ったその日から治療を受ける事が出来た。これが今日以降だったら一体どれ程予約待ちになる事やら、らしい。
それから三日に一度医者に掛かり、この前漸く欠損による脇腹の凹凸が消えた。元の肌の色と違うが、その内運動能力共々元の体と遜色なくなるそうだ。
全く凄い技術だが、貯金が吹っ飛んだ。戦争に関する報酬は支払い前なので久方振りの懐の寒さに身をやつしつつ、短期の激しい運動が伴わない依頼を受けていた。本当にあの程度の欠損でよかったよ、いろいろな意味で。帰って来た当初は未消化の依頼がたくさんあり、仕事には困らなかったのがありがたかったな。
それと良くも悪くも、挨拶に来る同業者を躱したりもしていた。良い方は元から俺の知り合いで、悪い方は初見が主だった。
何故か悪い方はこの都市に残っていた完全に格上と格下の両極端であったのが印象的で、格上は俺を見に来て直ぐ帰った者とちょっと絡んでくるだけの癖が強くともさっぱりとした人物が多かったが、格下は相変わらず意味不明だったのが印象として残っている。何故かランクと民度は正の相関にあるんだよな。大体だけど。
もちろん同業者以外の来訪者や呼び出しもあったが、何とかそちらも対応できたと思っている。良くも悪くもな。
これが約五十日間の俺の過ごし方であった。
凱旋パレードは沿道に詰めかけた多くの民衆の歓声を以ってその盛り上がりが量れようというもの。この都市で見るのは初めてだが、近年稀に見る盛り上がりを見せていると思っている。
延々と続く行列は西門から中央区を通り北区の駐屯地まで進んで行っている。北区の駐屯地にある広場がこのウリスタニアで最も広く、大々的な行事にはそこが使われるからだ。
延々と続いた行列の最後尾も広場に到着すると帰陣式が始まった。
帰陣式には領地のお歴々が出席し、領主代行が代表してお言葉を述べると、早々にお開きになった。帰陣式は出陣式程式典が長くなる事はなく、あっさりしたものである。
帰陣式が終わると、大規模な祝勝会が開かれた。糧食もいつまでももつ訳ではないからその消費も兼ねての大宴会。
この時ばかりは政府側もいろいろ大目に見るため、皆鬱憤を晴らすように、また悲しみを押し流す様に食べ飲み踊りと、皆思い思い昼から夜になるまで声が途切れる事は無かった。
こうしてヴィーゼヌ領の今回の戦争は終わった。




