帰投と状況把握
十数日過ごした島からポクーに乗り込み出発した。
俺の予測では数日間天候は崩れないと思われる、夏真っ盛りの日であった。
高度も上げながらしばらく南下していると、水平線に陸が見え始めた。
「あれが大陸だな。ポクー、進路変更、右へ向かって」
南に陸が見えると進路を西に変更した。
海は指標が少ないため誤差が大きいだろうが、経験的に言えば、大陸と諸島の距離はリーメイ公国の南北の距離より少し短い程だと目算した。
大陸の端っこが僅かに見える距離で調整しつつ、西へ西へ移動し、夜。寝転びながら今後について考え始めた。
今は時期的には最前線に戦陣を敷き、数回衝突している頃だと思われる。基本主戦場で決着がつくまで野戦をしているのが通例で、たまに戦況が偏ると砦まで攻め上げ、上げられの攻城戦となったりする。
つまり、まだしばらくは戦争中という訳だ。戦陣まで行けば同行の軍医や医者がいるはずなので、包帯だけでも変えて貰いたい。
俺への依頼は妨害工作なので、もう役目が終わったみたいもの。だから、報告を終えると依頼終了で帰れる可能性もなくもない。依頼が終わればウリスタニアに帰って療養しなくてはな。
一昼夜西へ移動し、日が昇り始めて明るくなると現在位置を確認した。
「あれは・・・ふむ」
ボーグ山脈が前方左手に見えていた。
「ポクー、進路変更、右へ向かって」
ボーグ山脈まで帰ってきたという事はあのメセトェスが近い。もう空翁はいないと思うが警戒しておくに越した事はないと、進路を北に取り大陸が見えなくなってもしばらく北上してから西に進んだ。
翌日。日が昇り始めると進路を南に取り、しばらく進むと陸が見えてみた。
「・・・ふむ。悪くない」
見覚えがある山々であった。たしかモズナン地方の丁度中間辺りだったはず。少し戻りすぎたがこれ位の安全は取っておくべきだろう。
最前線の『コルテスタ領』に直接乗り付けるより余程上等だろうと、現在位置を確認すると、今度は大陸沿いに東へ進み始めた。
昼過ぎにコルテスタ領東端の最前線に張られた戦陣に到着した。
戦陣手前の発着場へ降下していると、発着場に人が集まって来た。集まって来た者達は皆こちらを見ているが、特に殺気立ってはいなかった。・・一体どういう自体だ、これは?
少し警戒しながら発着場に降り立つと、人垣の中からヴィーゼヌ領の兵士が割って入って来た。しかも一人は直属の上司であるラインバン二等佐であった。
「間違いない。リト、よく帰って来た」
静寂の中ラインバン二等佐が周りに聞こえるように声を発すると、周囲を囲む者達から声が漏れ始め、あっという間に大音量と化した。
集まった多くの者達が口々に喋っているので、何を言っているのか聞き取れない。
「ほんとに一体何なんだ?」
集まった者達の輪を抜け案内された天幕内で、互いに事情を話した。
その結果、「華々しい成果だ。閣下も此度の事をお喜びである」と、二等佐からお言葉を頂いた。
いろいろな筋からの情報を検討した結果、どうやらあの雨による妨害工作は中々の成果を叩き出したと、そう結論が出されたそうだ。
ピットヤーグ側の行軍中の脱落者がいつもより多く出た事により、戦いを有利に進めていて、不測の事態が起きない限り野戦の勝利は堅いそうだ。場合によっては数年振りに砦まで攻め込む事も視野に入っているそうで、攻城戦の準備も進めているそうだ。
話している最中も遠くの方から爆発音等が届いて来ていた。今日もここより東の方で戦闘は行われている。
陣内は今や死体や捕虜の山、武器等の装備の修理の音、うめき声や強烈な臭いと、何もかも刺激的な場所となっていた。
自分で言うのも何だが、こういう状況に慣れていない者には相当辛いだろう。それに人によっては、戦争が終わっても後年までこの状況を夢に見て一生を棒に振るとも聞く。俺は駄目だ。空を浮かんでいると規模は違うがこういう光景を何度も見て来た。だからかどうかは分らんが、この惨状を見ても大した感想が浮かんで来ない。ただ、こう思えるのは俺がまだ一般人としての感覚が残っているのか、それとも単純に相手の心理を読む上での習性か、これも俺の中で答えが出なかった。
それと、俺が対峙した者はやはり空翁、名をロドリアス・アムテンだったようだ。
空翁はどうやら俺を迎撃するために急遽呼ばれたらしい事が、そこそこの階級の捕虜から証言が取れているみたいだ。それ程にあの妨害工作はピットヤーグ側を疲弊させたという事なのだろう。おかげで俺は、ピットヤーグ側の切り札の一つをけしかけられ、死にかけたがな。
当の空翁は今のところここまで出張ってはいないらしく、その情報に胸を撫で下ろした。
その他にもいろんな情報が一度に入り、頭が少し混乱している。
「勲功者として君を他の者に紹介したい。今は皆出陣しているから、夕方に呼ぶ事になるだろうから、それまでに武器科で装備を替えて準備を整えておいてくれ」
ラインバン二等佐は、俺の着ている腹側がばっさりいっている装備を見ながら、そう言って来た。
「お言葉ですが、俺はあくまで裏方。そのような席は不要に思います」
「裏方と言っても、君の行いは今や殆ど者が知るところとなっている。なに、遠慮はいらん、紹介といっても派閥内での事で、本部に呼ばれる事態にはならないと思う」
うわ、めんどくせぇ。
武器科に行く前に治療のため野戦病院にやって来た。うめき声と慌ただしさがない交ぜになっている野戦病院、ここもある意味で戦場であった。
入った治療用の天幕は、外の刺激的な臭いが随分と緩和されていた。理由は天幕の隅で兵士に守られている空気浄化の魔道具のおかげだと思われる。
魔道具とは、魔力を糧に何かしらの効力を発揮する広義の魔陣の一種なんだが、その中でも伝染病に対して一定の効果があるらしい空気浄化の魔道具が置かれていた。魔道具製造には一部貴重な材料が必要だそうで、単純な効果の物でも高価。この空気浄化の魔道具も一体幾らなのだろうか? と、軍医に傷の処置をして貰いながら思っていた。
傷は既に十数日も前のもので、ここでは最早手の施しようがなく、傷口の洗浄と清潔な包帯を巻かれただけで、治療が終わるとさっさと追い出された。この天幕そばの天幕内には俺なんか軽傷である者がごろごろ寝転がり、俺なんか軽傷の類だからな。
イオロスの爪でだと思われる怪我は、脇腹の一部を持って行っていた。この肉体欠損の治療はウリスタニアに帰ってからになりそうだ。
肉体欠損の治療は凄く高いが、国内にも殆どいない腕一本の欠損規模の治療ができる医者と違い、この位の欠損ならウリスタニア内でも数人心当たりがある。ただ、肉体欠損の治療は欠損部と他の部位とが馴染むまで時間が掛かるため、しばらく安静にしておかないといけないらしい。




