死神が小指に結んだ虹色の糸
初めての投稿になります。
宜しくお願いします。
俺は死神をしている。
別に好んでやっちゃいない。
失業するとしても、この世に死なんてなければ、と思ったりもする。
だって、ほら。
今だって目の前で――。
「……悠君? 悠君!? 待って、今先生呼ぶから! だから、ねえ、待って……やだ、やだあ……!!」
「……ご……めん……ね。傍に……いてあげれ……な……て……」
人は不思議な生き物だ。
他人の頭を踏み躙ってでも生き延びたいと願う者がいる傍らで、
今際の時まで他人を慈しもうとする者もいたりする。この彼のように。
死の恐怖よりも、自分の死で起こる悲しみを憂いているのだろう。
苦悶の表情を浮かべながらも、あやすように少女の頬を愛おしげに何度も、何度も撫でている。
俺は煙草を一本引き抜いた。
彼に俺はそろそろ視えているだろうか。
『その時』を考えながら、病室の窓際に腰かけて宙を睨む。
死神なんざ大層な名は付いているが、俺は神なんかじゃあない。
死の使い走り。死を告げる伝書鳩。それが関の山だ。
俺みたいな下っ端は見たことねえが、モノホンの神って奴は酷く機械的で糞真面目な奴なんだろう。
だってよ、俺が魂を抜き取る合図に持たされている時計の秒針は0.000000000001秒だって狂う事は無い。
完璧な場所で、完璧な時間に、どんな奴からも命を奪っちまう。
「悠君………? やだってば……返事してよ……!! 私を置いて行かないで……ねえ……ゆ……くん……」
痛ましく目を真っ赤に腫らした少女は生きし者から、ただの物へと変貌した少年の抜け殻に覆いかぶさり嗚咽で身体を小刻みに揺らし続けている。
いいじゃねえか。こんなささやかな者達の幸せを奪わなくてもよ……。
少年の死と同時刻に止まった神の時計を苦々しく握り締める。
俺は慣れる事のない光景と、このおぞましい時計から意識を手放した。
『仕事』はまだ終わってはいないのだ。
肉体から抜け、光の塊と化した少年の魂をできるだけ驚かさぬよう天を指差し導いてやる。
光は初めおろおろとした様子だったが、状況を理解したのか泣きじゃくる少女の傍を離れず、ふわふわとその場に居続けた。
「安心しろ。彼女は立ち上がる」
何の手向けにもならぬ言葉を吐き、無理矢理に笑顔を作ってみせた。
光はその言葉に礼をするように一瞬光を増すと、
それは名残惜しく少女を包むように一際輝いたのち、俺が指し示した彼方へと昇っていった――。
魂は肉体を出るとほとんどは全てを理解する。いや、思い出すという方が近い。
先ほどまで宿っていた肉体の記憶と、その肉体に宿る前の記憶の融合が起き、
今までの記憶は断片に過ぎず、後ろ髪は引かれはしても今世に縁した人間とまた再会できることを確信する。
だから正確に言えば『死』は永遠の別れではない。
ひと時の遠方への旅路。
とはいえ。
少女はゆらりとおぼつかない足取りで病室を飛び出し、屋上への階段を駆け上がって行く。
「……!」
俺は煙草を窓のサッシに押し付けると舌打ちと共に屋上へ飛び上がった。
肉体の無いはずの俺の胸元がキリキリと痛む。
目の前の現実以外を知覚できない生きし者の痛烈な悲哀が、空気を打ち震えさせるほどの波動を放つ。
「そらダメなんだ。お嬢さんよ……」
複雑な想いと静止したままの神の時計と共に、屋上へ一足先に辿り着く。
数秒後、少女は勢いよく屋上の扉を開け放った。
愛する者の死を無理矢理に飲み込まされた少女の瞳はもう現世を映していない。
憔悴し切った細い体は若い彼女をまるで老婆のように見せていた。
“彼の元へ”
少女がフェンスに手をかけた時、声なき叫びを遮るように俺は空に向かって指を鳴らす。
死神ってのはもっと淡々と命を奪い去るもんだろう。
何故俺なんだ?視えざる神からの通達に何度頭を抱えた事か。
自死も人に許された選択の一つだ。
経験上、その先に思い描く安楽が無かったとしても――。
どこまでも青く続く秋晴れの空から切れ間が走り、はらはらと雨粒が降り注ぐ。
それは少女の涙と交じり合い、溶かし合い、悲しみに穢れた身も心も清めていく。
力なくフェンスから手を離しずるずるとその場に崩れていく少女。
俺の存在する次元でいえば、人の命は短い。それは刹那の流星のようだ。
だがこの少女がこの世を、この傷みを抱えながら生きる刻はあまりに……長いのだろう。
暗く沈む気持ちのまま、フェンスに寄りかかり火の付いていない煙草を咥える。
横目で見えたのは――。
フェンスのこちら側の濡れた少女の背中と、フェンスの向こう側の何食わぬ顔した平和な街並。
そのコントラストに時は時を忘れ、ただコンクリを打ち付ける雨音だけが響いた。
――カチ。
動き出した秒針の音に我に返る。
また……次の『仕事』が始まる。
無情な神の時計を粗雑に首に掛け、『こちら側』でこのまま少女に寄り添う事が許されたならと耽る。
それが、至極無意味だとしても――。
一羽の鴉が大空へ羽ばたいた。
途端青空に走った切れ間は閉じ、黒き翼は雨も少女の涙をも連れて消え去った。
羽音と共に落ちてきた黒の羽に少女が顔を上げると……眼前には大きな――、それは大きな虹が世界の果てと果てを繋いでいた。
少女には虹の片端が少年の元へと繋がっている気がして――いや。
繋がっている。今も、彼と。
少女に寄り添う様に着地した黒の羽を慈しむように拾い上げ、虹のもう片端に向けて小指を天に掲げる。
そして一言呟いた。
“おばあちゃんになるまで、待っていてね”
少女は、立ち上がる。憂いを超え――凛と。
終
最後まで読んで頂きありがとうございました!
どんな感想でも頂けたらうれしいです。
おっと、時計が動き出した。それでは失礼します。
また次の作品でお会いできれば幸いです。