夢のまた夢
殺される夢、見ませんか?
「んっ……」
家で眠りについたはずだったが、寒気を覚えて意識が覚醒し始めた。ゆっくりと周辺の景色を視覚で認識し始めた瞬間に一気に見開かれる。
「どこだここ……」
目の前に広がるのは見知らぬ光景。先ほどまで横になっていた俺の体は、いつの間にか上体を起こした体勢で壁によりすがっている。
地面についた掌、尻、壁に持たれた背に伝わる冷たいコンクリートの感触。壊れかけた蛍光灯の点滅。身体を蝕むかのように吹き抜ける隙間風。かさかさという虫の這う音。どう考えても自分の部屋などではない。
何故俺はこんな場所にいるのか、そんな思考をする時間も与えられなかった。
「えっ」
突如視界に見たこともない髭面の男が入り込んだ。その顔には狂気に満ちた笑顔を浮かべ。その手には大きな斧を持って。
そして男は表情一つ変えずに斧を振り下ろす。
「うぁぁぁぁぁぁぁ」
斧とコンクリートのぶつかる鈍い金属音、身体中に走る言い表しようのない激痛、斧から滴る血の雫、動かすことのできなくなった右脚。
激痛に耐え切れず、悲鳴をあげ、泣きわめく。
男はもう一度大きく斧を振り上げ、俺の頭めがけて振り下ろす。
何故自分がこんな目に合っているのかもわからない内に、俺の意識は途切れた。
―――――――――――――――――――
「っ!?」
家で眠りについたはずだったが、嫌な夢でもみたのか突然現実に引き戻された。飛び起き、周辺の景色を見た瞬間、目を疑う。
「ここは確か……」
目の前に広がるのはありふれた光景。先ほどまで寝ていたはずの俺は、いつの間にか教室の机に突っ伏していた。
座っている椅子や突っ伏していた机のひんやりとした感触。外から差し込む夕日。カーテンを揺らしながら教室に入り込む心地よいそよ風。廊下から聞こえる話し声。どう考えても自分の部屋などではない。
何故俺はこんな場所にいるのか、そんな思考をする時間も与えられなかった。
「えっ」
突如視界に入り込んだ小学校の教師。その顔にはいつも通りのを取ってつけたような笑顔を浮かべ。その手には本物の拳銃を持って。
そして教師は表情一つ変えずに標準を定める。
「うぁぁぁぁぁぁぁ」
耳を劈くような発砲音、足を貫く激痛、拳銃から立ち上がる硝煙、血が溢れだす左脚。
激痛に耐え切れず、悲鳴をあげ、泣きわめく。
教師はもう一度拳銃を構え、俺の胸めがけて発砲する。
自分がこんな目にあったのは初めてだろかと考えるうちに、俺の意識は途切れた。
―――――――――――――――――――
「うっ!?」
家で眠りについたはずだったが、痛みでも覚えたのか突然息がつまった。意識が覚醒していく中、あまりの男くささに目が覚める。
「なんでここに……」
目の前に広がるのは見覚えのある光景。先ほどまで寝ていたはずの俺は、いつの間にか部室のベンチで横になっていた。
横たわっていたベンチの硬い感触。窓から見える雨雲。蒸し暑いどんよりとした空気。外から聞こえる学校のチャイム。どう考えても自分の部屋などではない。
何故俺はこんな場所にいるのか、そんな思考をする時間も与えられなかった。
「えっ」
突如視界に入り込んだ中学の部活の先輩。その顔には生き生きとした屈託のない笑顔を浮かべ。その手には部室に置かれていたロープを持って。
そして先輩は表情一つ変えずにロープを俺の首に巻き、絞め始める。
「うっ……」
ぎちぎちという絞まる音、息が出来なくなるほどの強い力、どんどんと細くなっていくロープ、意識を失い始める俺。
激痛に耐え切れず、掴み掛り、押し飛ばす。
先輩はもう一度ロープを巻きつけ、俺の首を絞め上げる。
自分の記憶を曖昧に辿りながら、俺の意識は途切れた。
―――――――――――――――――――
「くっ!?」
家で眠りについたはずだったが、息苦しくなって胸を叩いた。意識が戻り始める刹那、おかしな映像が頭に流れ始める。
「なんだ今のは……」
目の前に広がるのは懐かしい光景。先ほどまで寝ていたはずの俺は、いつの間にか通学路である柵のない橋の上に立っていた。
靴越しに伝わるアスファルトの感触。目の前一杯に広がる夕日。背中を撫でる北風。川を流れゆく水の音。どう考えても自分の部屋などではない。
何故俺はこんな場所にいるのか、そんな思考をする時間も与えられなかった。
「えっ」
突如視界に入り込んだ高校時代の親友。その顔にはいつも通りの明るい笑顔を浮かべ。その手には学校指定のカバンを持って。
そして親友は鞄を置き、表情一つ変えずに俺の肩を掴み橋から落とそうとする。
「……お前もかよ」
血の滴る斧、硝煙のあがる拳銃、ぎちぎちと音を立てて絞まるロープ、死にゆく俺。
全てが繋がりだし、親友の手を取っ払い、親友を橋から突き落とす。
親友は俺の足をとって、俺を道連れにした。
自分の記憶を忘れないように繋ぎ留め、俺の意識は途切れた。
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「あっ!!」
家で眠りについてからが全て夢だと気付いた。今までのことは全て覚えている。
「いつになったら終わるんだ……」
目の前に広がるのは幸せな光景。先ほどまで苦しんでいた俺は、彼女の膝の上で寝ていた。
頭に伝わる彼女の肌の感触。目の前の彼女の笑顔。むず痒い彼女の吐息。綺麗な彼女の鼻歌。どう考えても自分の部屋だった。
この悪夢を終わらせたい、そんな思考が歪んだ答えを生み出した。
「っ!!」
突如視界に入り込んだ机の上の包丁。俺はこの世界の終了に笑顔を浮かべ。その手にそれをとった。
そして俺は包丁を握り、表情一つ変えずに彼女の胸に突き刺した。
「これで終わりだっ!!」
苦しそうな彼女の声、胸の奥まで深く貫いた包丁、赤くまみれた包丁と俺の手、死にゆく彼女。
長い苦しみの終わりに、声をあげ、涙を流す。
俺は包丁を引き抜いて、彼女の死を確信した。
それと同時に昨晩の記憶を思い出す。俺の意識が途切れることはなかった。