クリスマス・プレシデント
2005年当時の大統領を覚えていますか?
そのころに書いた小説です。
現大統領ではイメージが合わないかもしれない。
今日はクリスマスイブ。
「いい子にしていれば、きっとサンタが来てくれるわよ」
ローラはこの時期になると決まって息子のジョンにこう言った。
七歳になったばかりのジョンはもちろんその言葉を信じている。
おととしは新品の文房具セットが枕元に吊るした靴下に入っていたし、去年は靴下に入りきらない積み木の箱が、起きたら隣で眠っていた。その前も、そのさらに前も、サンタは毎年プレゼントをくれた。
今度だっていい子にしていたんだから、きっとサンタは来てくれる。いつだって一番欲しいプレゼントを持って来てくれるんだ。
わくわくしながら、なかなか寝付けなかったジョンも、いつもより一時間ほど遅く眠りについた。
母親のローラも父親のジムも知らないことだが、その頃ジョンには一番欲しいものがあった。表向きは合体ロボと言ってあるのだが、本当は一度でいいから叶えて欲しい願いがある。
とびっきり偉い人になりたい。
つい先日見たテレビ番組で、大富豪の豪華な生活特集をやっていたのが影響したのだろうか。
偉い人になればきっと積み木もロボもいっぱい買えるし、遊び放題だ。わざわざロボをもらわなくたって、好きなものがなんだって買えるのだ。ジョンはそんな甘い夢を抱いていた。
だが、親には一言も言わないし、毎年書くサンタへの手紙にも書かなかった。そしたらきっと「いい子じゃない」と思われて、サンタさんが来てくれないに違いないから。
眠りについたジョンは、なんだか体がぽかぽかと温まるのを感じてうっすらと目を覚ました。
ふかふかしたものが頬を触っていると思ったら、大きくて真っ白い手袋だ。見上げるとそこには太っちょで赤い服と帽子のおじさん・・・
まさにそれはサンタクロースその人だった。
「メリークリスマス、ジョン」
サンタはささやくように言った。
「・・・サンタさん・・・・?」
「いい子にしていた君に、プレゼントを持ってきたよ」
「ホント?合体ロボ?」
「いいや、もっと欲しいものがあっただろう?君はここのところずっと、偉い人になりたいって思っていたね」
手紙に書かなかったことをサンタが知っているので、ジョンは驚いた。
「・・・なんで知ってるの?」
「わたしには君たちの気持ちがちゃあんとわかってるんだよ。そんな君には、「地位」をあげよう」
「チイ?」
「うんと偉い人と入れ替わらせてあげよう。だけど、一週間だけだよ」
「一週間でもいいや、ホントに偉い人になれるの?やったあ!」
「朝、目がさめたら君の夢は叶っているだろう・・・おやすみ・・・」
そう言ってサンタが手をジョンの目の上にかざすと、ジョンは不思議と眠くなって、そのまま深い眠りについた・・・・。
窓からの日差しがまぶしい、もう朝のようだ。
あとしばらく寝ていたら、ローラがきっと起こしにくるだろう。
ガチャリと部屋の戸が開く音がした。
「大統領、運転手が迎えにきております」
・・・大統領?聴きなれない言葉にジョンは首をかしげる。かしげた首の感覚が、なぜだかいつもと違う気がする。
「おはよう・・・」
言ってみると、まるで違う人みたいに低い声だった。
そう、ジョンはサンタの言うとおり、偉い人と入れ替わっていたのだ。
それも、とびきり偉い「大統領」だ。
ジョンはびっくりしたが、しみじみと自分の体を眺めている時間はなかった。慣れない服をいつもより長くなった手足でどうにか着付けると、秘書がなにやらまくしたてるのを聞きながら、ジョンは運転手が開けたドアから車に乗り込んだ。
そうして、ジョンの大統領生活が始まったのである。
それにしても、大統領生活は散々なものだった。
ホワイトハウスは豪華なところだったが、そこで遊んでいるわけにはいかない。
目の前には謎の書類の山があって、判を押したり押さなかったりせねばならなかったし、妙な人たちから電話はかかってきて、意味のわからない話をしなければならないし。
大抵のことは周りの人たちがやってくれたりアドバイスをくれたが、ジョンの思う通り、楽で優雅な生活というわけではなかった。
ゴルフとかいう楽しくない遊びに連れて行かれても、スプーンやフォークが目の前にいっぱい並んでいるような堅苦しいディナーに連れて行かれても、おもちゃ屋に行くような暇はない。
ほとんどは秘書が移動手段もなにもかも手配してあって、その後ろをついて回るだけの毎日だ。
公園に行きたいなんて言ったら、不思議そうな顔をされて、秘書がまたなにやらベラベラとまくし立てた。この先のスケジュールなんて、ジョンにとっては呪文にしか聞こえない。
ジョンにとって大人の世界というのは、テレビで見た時と違って全くつまらないものだった。
ベッドは家のものよりもフカフカの高級品なのに、数日もしないうちにジョンはへとへとになっていた。
ほとんどが知らない単語ばっかりの「スピーチのげんこう」を、みんなの前でわかるところだけ読みながら、ジョンは帰りたくてちょっと涙を浮かべた。
やっぱり偉い人になんてならなくていいや。好きなものが買えなくても、ママやパパのそばにいるのが一番楽しい。
ここのところ毎日両親の顔ばかり思い浮かべていたジョンは、最後の日、帰るのを楽しみにしながらベッドに入った。
一週間の慣れない仕事ですっかり疲れきったジョンは、あっという間に深い眠りについたのだった・・・
「ジョン、起きなさい、ジョン?」
懐かしい声を聞いて、ジョンは目を覚ます。そこには一週間ぶりに見るローラの顔があった。
がばっと起き上がったジョンは、思わずローラに抱きついた。
「どうしたの、ジョン・・・」
その日の朝食はハムエッグとトーストとサラダとミルク。
この一週間というもの、変なソースがかかっている謎の料理ばかり食べていたジョンは、久々の普通の食事を美味しそうに平らげた。
「ごちそうさま!」
それからジョンは、食器をシンクにいるローラに手渡すと、いつの間にか部屋に片付けられていた新品の合体ロボを見つけて大喜びし、リビングで楽しそうに遊び始めた。
テーブルを拭きながらその様子を眺めていたローラは、自分の席で新聞を読んでいるジムに向かってこうささやいた。
「ジョンったら、すっかりいい子になっちゃったわね・・・。この一週間というもの、片付けはしないし、好き嫌いはひどいし、ワガママで手もつけられなかったんだから」
ジムはうんうんと頷く。
そしてその手元にある新聞には、ここ一週間の大統領の仕事に対する高い評価と、会見で浮かべた慈悲の涙への賛美の声が大きく記されていたのだが、そんなこと、とうのジョンは知る由もない・・・