74『夏合宿 -開始-』
照りつける太陽の元。
藤野浩二は静かな墓地に佇んでいた。
その手には線香。そして彼の眼前にはとある者の名が刻まれた墓石がある。
「なぁ……姉貴。今年もちゃんと夏が来たぜ」
線香に火をつけ、ただ静かに手を合わせる彼の傍らには、いつも楽しげな彼の姉にして使い魔。藤野静華の姿は無い。
「俺は昇段試験まであと数ヶ月しかねぇ。
あいつらにも、少しは先輩らしいことしてやらねぇとな」
にぃっと怪しい笑みを浮かべた浩二は踵を返し、その場を後にする。
燦々と照りつける太陽が、本格的な夏の到来を報せてくれる。
彼の瞳に映るのは、後輩の未来か、それとも……
~
じりじりと照りつける日差しに、俺は目を覚ました。
今日はモーニングもふもふは無しかと少し残念に思いつつ体を起こそうとすると……
「起きるのが遅いですよ」
……居ました。ソファーの背もたれからひょっこりと顔を覗かせている青い毛玉が。
紺色の髪と同色の獣耳をぴくぴくと動かし、藍色の瞳で俺を見つめる毛玉。
「あぁ……おはよってちょっと待て」
「どうしたのですか?」
毛玉は首を傾げ、「よいしょ」と背もたれを跨いで俺の腹の上に馬乗りになる。
服も、もふもふの尻尾も青っぽい。あれ? こいつ青かったっけ……?
「えーっと……」
俺はまだ覚めきっていない頭で思考をまとめてみる。
……しかし頭に浮かんだ色々は白く霞んで消えていく。ダメだ、眠い……
「すまん、二度寝させてくれ……」
俺の腹の上に跨る毛玉をひょいと抱き上げ、そのままソファーに身を倒す。
冷たくて柔らかくて気持ちいい……ちょうどいい抱き枕だ。
小さな悲鳴と僅かな抵抗があったが気にする必要は無いだろう。俺は眠いんだ。
『そんなに抱きしめちゃダメだよぅ、苦しいじゃんかぁ』
閉じかけた意識の裏側。真っ白な場所にぽわんと人魂が現れた。
青白く光る人魂はやがて人型になり……女性らしい丸みを帯びてゆき……そして、
『ユイちゃんだと思った? 残念、静華ちゃんでしたー!』
白い着物を着た青髪の女性、静華さんがそこに居た。
静華さんはひゅるひゅると俺の周りを一周し、俺の目の前でにっこりと笑ってくれた。
『今はね、君の頭の中に入り込んでる状態なの。びっくりでしょー?』
「ぇ……」
『まだ飲み込めてないのかな? ぼーっとしちゃって罪な男ね』
静華さんは両手で俺の頬をぺたぺたと撫でる。冷たい……
『ふふん、杉原君……そろそろユイちゃんのこと離してあげてもいいんじゃない?』
~
「は、離してくださ……っ!」
ふと気が付くと、俺の腕の中で白い毛玉が暴れていた。
紅い眼から涙を零し、顔を真っ赤にしてじたばたともがく毛玉は、見慣れた俺の相棒だ。
「あ……ご、ごめん!」
どうやら俺はユイの小さな体をがっちりホールドして寝ていたらしく……
俺は慌ててユイを戒めから解き放ち、ソファーから降ろしてやった。
「うぅ……」
ユイはその場にへたりと座り込み、さめざめと涙を拭いはじめた。
「もうお嫁に行けないです……責任とってくださいっ」
「どうしてそうなった!?」
「おっとそこまでだ」
俺とユイが声のした方へ振り返ると、そこにはビデオカメラを手にした藤野先輩が立っていた。
その傍らにはふわふわと漂う静華さんの姿も見える。
「くっくっく……お前らの行為の一部始終を撮らせてもらった。これを学校内にバラされたくなきゃ俺について来い。人形と犬連れてな。ちなみに俺への質問は無しだ」
「何してくれてんですか!」
~
ベッドに横たわっていた『人形』のアリスをポケットに入れ、
何故かそっけない態度を取るユイを連れて俺は藤野先輩の後を歩いてゆく。
状況を飲み込めてないまま教室に入ると、特殊科の皆がいつもと違う気配を漂わせていた。
「浩二、センパイ。誰かにアレ見せたら殺すわ……ほ、本気なんだからぁ!」
「先輩……酷い。人に見られたことないのに……」
「…………ばか」
アサギは目を潤ませ藤野先輩をキッと睨み、ノワールは机に突っ伏して項垂れ、
そしてスミレ先輩は刺すようなオーラを纏いながらジト目で藤野先輩を見つめている。
「夜這いだなんて……うふふ。もう、浩二君ったら……♡」
そして何故か暁先生はとても嬉しそうだ。尻尾がぴん、と伸びている。
……まぁ、多分他の皆にも俺と同じように辱めをしたんだろうな……最低だあの人
で、暁先生には逆効果だったと。っていうか暁先生に辱めをしようとしたのか!?
いや、まさかな……
ちなみにキャロルはロッカーの隙間でじっとしている。何であんなところに……
「さて、全員集合したところでさっそく本題に入ろう」
「誰がアンタの話なんか聞くもんか! さっさとあの写真処分しなさいよ!」
「……ぐすん」
「…………早く、返して」
――バァンッ!
刹那響き渡る大きな音に、教室は一瞬で静まり返った。
教卓に右手を付いた藤野先輩は深いため息を漏らし、それからにっと怪しい笑みを浮かべた。
いつの間にか教卓には二枚の写真と古びた本、そしてビデオカメラが置かれている
「いいから話を聞け。これらを学校中にばらされたくなきゃな」
『次は憑依じゃ済まないかもねぇ』
藤野先輩の怪しい笑顔と、その背後に佇む楽しげな『幽魔』の圧倒的な力に気圧され、
特殊科の教室を何とも言えない空気が支配した。
「――俺は明日から急ではあるが、夏合宿の日程を組んだ。場所は俺の実家。目的は使い魔と仲間との絆を深め、将来のためになる技術と経験を積むこと。これが最大にして唯一の目標だ」
「「……はぁあ!?」」




