07『凍刃』
ホテルのような部屋。比喩ではない、事実だ。
大きな校舎の長い廊下を進み続けてたどり着いた666号室は
6畳一間の1LDK。……かなり広い。
リビング、ダイニングキッチン、そして寝室。
家具一式とそれなりに大きなベッドが取り付けてある。
普通に生活できる部屋だ。これはもはや寮ではない。
とりあえず俺は感嘆の叫びを上げつつ荷物を下ろし
一番の問題である箱と向かい合って座り
パクってきたスキャナを向けてみる。
―――ピピッ
種族 :
名称 : Lⅴ****
契約者:杉原圭一(仮)
「……何だコレ」
種族も名称も分からない。簡易スキャナじゃ読み取れないのか?
レベルも表示されないし……四桁いってるように見えるが、きっと気のせいだよな。
契約者……俺?いや契約した覚えないし。
……ってか、(仮)って何?
この様子だと封印は解けてしまってるらしいな。
封印が解けたのに、この中に居るであろう魔物はなぜ出てこないんだ?
出てこないことに越したことは無いが……
いやでも俺の使い魔なら出てきてくれないと困る
俺にどうしろって言うんだよ……
そういや、暁先生は可愛がってやってくれと言っていた。
……あの人は何者だ?見た目は人だが、どことなく猫っぽい気がする
あの耳と言い尻尾と言い……人ではないような気がするのだ。
でも、あの人が魔物だとすると…かなり珍しい存在だ。
人の言葉を理解する人型の魔物は、それだけで希少価値が高く
それが女型で美人なら尚更だ。
魔物は人間の子を産むことができないので、あらゆる意味で人気が高い。
ちなみに人間は魔物の子を産むことが出来るらしいが……ハーフに出会ったことは無い。
愛玩用であったり伴侶であったり、用途は人それぞれだが
暁先生ほどの美貌と知能があれば、かなり良い生活ができるはずだ。
なのに、こんな所で教師やってる理由は何だ?
あの人が魔物なら、あの人にも契約者がいるはず。
誰かは知らないが…何か理由があるんだろう。
いくら考えてみても俺に知るすべは無いんだがな。
とにかく考えても状況は変わらないので
俺は箱の蓋に手を掛け、ゆっくりと開け放った。
その瞬間凍るような冷気が吹き出し、部屋の空気が渦巻いた。
箱の中に入っていたのは、一本の刀だ。
太刀と呼ぶには短く、短刀と呼ぶには長い。言うなれば小太刀である。
冷たい輝きを放つ刀身には、『神威』と言う文字が刻まれており
刃には鋭い牙がいくつもあしらわれている。
柄には雪のような純白の毛皮が用いられていて、とても綺麗だ。
刀をそっと持ち上げてみると、ひんやりとしていて予想以上に軽い。
柔らかな毛皮はあっという間に手に馴染んで、握りやすい。
冷気を放っているにもかかわらず、刀自体はそれ程冷たくない。
それどころか、ひんやりとしているはずなのに
子犬を抱いているような温もりすら感じる……気がする
この刀は、魔物なのだろうか?
刀が魔物になるなんて聞いたこともないが
スキャナが反応を示し、契約者の欄には俺の名がある。
ということはやっぱりこの刀が俺の使い魔なのかもしれない。
俺は刀を箱に戻し、貰ってきたチョコシューを放り込んで蓋を閉めた。
すると部屋の冷気は嘘のように消え失せ、暖房が利き始める
「さて、と……」
それなりに広いリビングを見渡してみると
机の上に一枚の紙が置いてあった
『杉原圭一 君へ
改めて合格おめでとうございます
新入生の皆さんはしばらく自由時間ですので、ごゆっくりお過ごしくださいませ
時間割は以下の通りとなっております
19:00 食堂にて夕食
21:00~23:00 自由時間
23:00~ 就寝
8:00 起床
8:25 学科ごとに点呼
9:30 入学式
・原則として生徒は使い魔と行動を共にする事。
・何らかの事情がある場合は担任の教師に説明したのち、自室で待機させる事。
・生徒同士のいざこざ、又は使い魔同士のトラブルが生じた場合、
お互いが譲り合いの精神を持って接しあい、解決する事。
・解決できない場合、双方を停学処分とする。
・使い魔との契約を破棄した、又はされた場合、その者は退学とする。
どんな姿をしていようとも、魔物は皆生き物です
優しく、時には厳しく接してあげてくださいね
使い魔と仲良くなって、楽しい学園生活を送りましょう』
「なるほどねぇ…7時までは自由時間か」
誰もいない部屋の中、俺は呟いた。
『どんな姿をしていようとも』か…中々、的を射ている。
ただ今の時刻3:42分。軽く3時間は暇だな
ひょっとしたらまだ試験中の候補生がいるかもしれない。いやいるだろう
俺と桜のペアがどれだけ早かったかがよくわかる。
「(少し…寝るか。どうせ暇だしな…)」
柔らかな日差しの中、俺は大きなベッドに横たわり
夕食のメニューを想像しながら、ゆっくりと目を閉じた。