24『魔物たちの夜 ‐後編‐』
「……!」
「な、何よアンタ……」
アサギは目の前に現れた人物を怯えた表情で睨みつける。
ノワールは直感的に危険を察知し、グラウンドから音もなく姿を消した。
ちなみにアサギを閉じ込めた檻は放置したままである。
「えっ ちょ……ちょっと待ちなさいよ! せめてここから出してぇ……っ!」
アサギは深紅の檻を揺するが、檻は微動だにしない。
「……可哀相に……一息で仕留めてあげますよ」
「こ、来ないで! 切り裂くわよっ」
「どうぞご自由に……けど、次は私が切り裂く番です」
「!! ご……ごめん、なさ…………っ」
~
「――きゃあぁぁぁ……!!」
……女の子の悲鳴が聞こえた。
グラウンドの中央にあった黒い大福が消えてから大気は不自然に渦巻いているし、
心なしか気温が下がっているような。この寒さ……いやまさかな
グラウンドを囲っていた生徒たちがざわめき始めた。
「行くか……」
「いや待て、何かおかしいぞ! 何だこの気配……」
「これはまずいぞ……化け物の気配が強くなりやがった」
「先生を呼べ! この際誰でもいい」
「スミレ先輩、どうすれば……」
「……」
スミレ先輩は答えない。グラウンドの中央をじっと見つめたままである。
猫耳と尻尾はいつの間にか消えていた。
「おい! 何か来るぞ!」
「皆、離れろ!」
生徒たちが口々に何か叫びながら散開していく。
あれ……皆俺を中心に逃げてるような気が……気のせいだよな?
ふと気が付くと、グラウンドの中央から大きく弧を描いて飛んでくる白い光が見えた。
気のせいじゃない。間違いなく俺に向かって飛んできてるなアレ。
ってか見てる場合じゃないだろ俺! 早く離れないと……
あ、でもこれ間に合わな―――
―――
――――――
「痛ってぇ……何だってんだ」
後頭部に鈍い痛みを感じる。
そして胸から脚にかけて……物凄くやわらかな、それでいて冷たくて滑らかな感触が。
軽く歪む俺の視界には、どこかで見たような白い毛玉。
毛玉は俺の上でむくりと身を起こし、マウントポジションを取る
身長はおよそ170。毛玉は女性らしい曲線が目立つ豊満な美女だった
ついでにとがった獣耳とふわふわした尻尾まで生えている。
これは一体……
「受け身くらい取ってください……怪我したらどうするんですか」
「……っ!?」
艶のある甘い声が、斜め上から聞こえてきた。
血のように真っ赤な切れ長の瞳はじっと俺を見つめ、腰ほどまである白銀の髪は神々しいほどに輝き、そのきめ細かな肌は雪のように白く美しい。
……どことなくユイに似ているような……
いやでも俺の記憶が正しければユイは10歳そこらの幼女だったはず。
こんな……色々見事な美人じゃ……
「じろじろ見ないでください……私だって恥ずかしいんですからね」
メスケモの女性は恥ずかしげに身をよじる。女性が着ているのは白い毛皮のぼろきれだ。
コートのようにゆったりとしているが確かに見覚えがある。
見れば見るほどユイにそっくりだ……いやでも、そんな馬鹿な……
「……あんた……誰だ?」
「何を言っているのですか貴方は。私のことを忘れたとは言わせませんよ」
女性は少し不機嫌そうに俺を見つめる。
ふと気が付くと、俺の周りには人だかりができていた。
雑踏に紛れるスミレ先輩も微妙な表情で女性のことを見つめている。
「―――全員、寮に戻りなさい」
深みのある色っぽい声が聞こえた。
その瞬間生徒たちはバッと俺の周りから立ち退き、逃げるように校舎に消えていく。
この声はまさか……
俺がゆっくりと顔を上げてみると、藍色のローブを身にまとい、魔女帽子を被る女性。校長先生がすぐ傍に立っていた。
帽子の下から除く金色の瞳は割と穏やかな光を宿している。
当然ながら仮面は被っていない。
「久しぶりね……神威。私のことを憶えているかしら?」
「……」
校長は、ふっと微笑んで俺の上に伸し掛かる女性に語りかける。
神威と呼ばれた女性は一瞬だけ校長を睨みつけ、俺の頭を抱きしめてきた。
とても柔らかな……それでいて冷たい感触が俺の頭を包み込む。
「……っ!?」
「ふふ……あなたは新しい主を見つけたのね」
「貴女のことはよく覚えています……できれば会いたくありませんでした」
「あのころと比べて随分と立派になったじゃない……その体は今夜限りかしら?」
「貴女に教える義理はありません。私の前から消えてください」
「――殺しますよ」
女性の紅い瞳が煌々と輝き、辺りに冷たい風が吹く。
見ると、校長の足元がペキペキと凍りつき始めていた。
「……つれないのね」
校長は少し残念そうに俯いたのち、煙となって夜闇に消えた。つか、そろそろ苦しいんだが。
「お前……ユイ、なのか?」
「いまさら何を言っているのですか。さ、正式に契りを交わしましょう……?」
吐息が掛る位の距離で、少し頬を赤らめじっと俺の顔を見つめるその様子はとても色っぽい。
もはや恐怖を覚えるまでの深い紅色の瞳に吸い込まれてしまいそうだった。
「契りって……何するつもりだ」
「人間で言う所の『キス』というものです。貴方に拒否権はありません」
「嘘だろオイ……」
メスケモの女性、ユイは俺の上に伸し掛かったまま俺に頬擦りし、そのまま――




