18『授業』
色々めちゃくちゃだった入学式を終え、俺と先輩方は教室にいた。
ちなみにユイは教室の隅でぐったりしている。
「それで、お前はあんな幼女捕まえて毎晩ウハウハってわけね」
「先輩……もうちょっと言い方考えましょうよ」
「それにしても、今年の学科対抗も楽勝かもなぁ? スミレ」
「……今年も一番」
「テストか何かですか?」
「学科対抗は……まぁ期末テストみたいなもんだな
学科ごとに色々競い合って、その年のNo.1学科を決める一大イベントなんだぜ」
「へぇ……学科対抗ってことは先輩方は仲間ってわけですか」
「まぁな。けどその後の個人対抗では敵同士だからな?」
「個人対抗……生徒のNo.1を決める的なアレですか」
「個人対抗に参加するのは生徒だけじゃねーし、毎年トップは同じだけどな」
などと話していると、教室の扉が開き、暁先生が入ってきた。
その額にはうっすらと汗が滲み、息遣いも荒い。
「はぁ……それでは皆さん、授業を始めます……けほっけほ」
「大丈夫ですか暁先生」
暁先生は「ご心配なく……」と言って教卓に突っ伏してしまった。
先輩方は顔を見合わて、藤野先輩は居眠りの体制に入り、スミレ先輩は軽くため息をついて読書をし始めた。
……随分と自由な学級だな。
すると、一人の女子生徒が困惑した表情を浮かべながら教室に入ってきた。
「あ、暁先生!」
「おや……どうなさいました?」
「校内に、不審者が居ます!」
~流星学園・食堂~
広い食堂スペースの真ん中を取り巻くような形で生徒たちがざわついている。
そしてその中心に当たる場所には、巨大な真紅の剣を床に突き刺し、
佐々木さんの料理(カツ丼大盛り)を頬張る少女、ノワールがいた。
満足げに頬を緩ませるノワールの側で佇む佐々木さんの表情は、
どうしたらいいのかよくわからない。といった具合である
「……なぁお嬢ちゃん、君は……」
「……これ、美味しい。ありがとう」
「あぁ、うん……喜んでもらえてよかった」
佐々木さんは周りで生徒たちがざわついている理由をちゃんとわかっている。
この少女は流星学園の生徒ではない。食堂の利用は本来ならば認められていないのだ。
だが、流石に潤んだ瞳でおねだりされちゃあ断れようはずもない。
そんなわけで一番の得意料理であるカツ丼を振舞ったのだが……
結局のところノワールの正体がいまいち分からず、困惑しているのである。
そしてなにより床に突き刺さっている巨大な剣。
2mを軽く越す剣の材質は、木や骨ではなく金属でもない。
かと言って岩石やその他の貴金属とも違う、謎の素材で作られている。
佐々木さんは武器に関しては素人であるため、詳しいことは分からないが、
まるで深血のような紅色の大剣は禍々しい存在感を放っている。
生徒たちは一定の距離を保ったままで、
ノワールに話しかけるような強者はいなかった。
~
「不審者って……あの娘ですか?」
女子生徒はコクコクと頷き、暁先生の背後に隠れる。
「なんだ、女の子じゃねーか」
「……可愛い」
皆の視線の先にいるのは、黒髪の女の子。側に真っ赤な剣が突き刺さっているのが少し気になるが、女の子自体はかなり可愛い部類であると言えよう。
女の子の背には小さな翼が一対生えていて、軽くはためいているのが確認できる。
あれが不審者には到底見えないのだが……っていうかあの翼は何だ。
「んー……彼女は不審者ではありませんね。
私から玲紀様に連絡しておきますので、貴女は教室に戻ってください」
「は、はい!」
女子生徒はお辞儀し、食堂の雑踏に紛れて消えた。
「さて、それでは私たちも教室に戻りましょう」
「あの娘放っといていいんですか?」
「大丈夫ですよ、彼女は―――」
と言いかけて暁先生は何かを思い出したように口を押さえ、
そのまま誤魔化すように微笑んで、スタスタと廊下を歩いて行った。
~
「さて、それでは授業を始めましょう
えーと……それじゃとりあえずテイマーについて勉強しましょうか」
「授業の内容決まってないんですか!?」
「じゃあ藤野君、テイマーについて簡単に説明してください」
……またスルーか。もはやいちいち気にしてられん。
指名された藤野先輩はだるそうに立ち上がり、
「えー……罪のない魔物たちを捕獲し、服従を誓わせ、自らの仕事を手伝わせる極悪非道な職業です」
「テイマーに何の恨みが……」
「はい、いささか言い方が気になりますが……まぁ良いとしましょう
次にスミレさん。テイマーの仕事について説明してください」
「……防衛や警備の仕事が多い中、最近は医療関係も多くなっています
他にも野性の害魔の討伐や、秘境探索、建設業など多彩な仕事があります」
「はい、完璧な回答ありがとうございます。分かりやすくて宜しい」
スミレ先輩の声をはっきり聞いたのは初めてな気がする。
いつもはあまり喋らないからよくわからないが……結構可愛い声してるな。
「杉原君、だいたいテイマーについて理解できましたか?」
「……はい。まぁぼんやりとですが」
「ちなみにテイマーになるためには、魔物調教師証明書。テイマー証が必要です
つまりこの学校を卒業しないとテイマーにはなれないのです」
「……あれ? でも、ここに入学しなくても使い魔を手に入れることはできますよね?」
「できないことはありませんが、その場合『非公式魔物調教師』となりますので
テイマー協会からの仕事を受けることができません。
この辺は協会本部、通称『連合』の管轄ですので、非公式の方は仕事が無いんですよ」
……なるほど、ようするに生活ができないと。意外とシビアなシステムだな。
つまり趣味の範囲内で魔物と生活したい人は、非公式でもいいのかもしれない。
朝貰ったあのカードがそんなに大事なものだとは思ってなかった。
「そのほかの情報については図書室にでも行ってください。
テイマーについての授業は早めに切り上げて、触れ合いの授業を始めましょうか」
……ふと、教室の隅で留守番をしていたユイが、俺に恨めしそうな視線を向けていることに気がついた。真っ赤な瞳は燃えるように輝きながらも、純白の体は凍るような冷気を発し、ただならぬ雰囲気である
触れ合いってまさか……ユイと?