15『植物の楽園』
ガラス張りの建物の中、生い茂る植物。生ぬるい空気。溢れんばかりの湿気。
そして咲き誇る花弁の独特な甘い匂いが漂っている。
そんな場所に、桜はいた。
植物科の教室兼使い魔の飼育場所、温室である。
「あのぅ……蓮華先輩。ここ、蒸し暑くないですか?」
「温室だからねぇ……まぁすぐ慣れるよ」
「そういうものなんでしょうか……」
相変わらずプラムを抱きかかえ、蓮華の後を歩く桜。
足もとの根や土の感触に戸惑いながらも歩く姿は誰が見ても微笑ましいと思うだろう。
「順応が大事ってことだよ、社会に出ても同じ。ほら、あそこが私たちの教室」
蓮華が指差す先には、温室から隔離されたスペースに机が並んでいた。
そしてそこには何人かの生徒が和気藹々と談笑している。
「やぁ皆、お揃いかな?」
蓮華が声をかけた瞬間、談笑していた男女が固まり
―――2秒後には歓喜の表情に変わった。
「えぇと、おはようございます……」
「蓮華!と可愛い子ちゃん。おはよう」
「その子は誰ですか? 新入生ですか? そうなんですか!?」
「どう考えても新入生だろ。ちょっと静かにしろよ」
「よっしゃあぁぁ! ついに俺にも後輩ができたぜ」
「うるせーっての」
「にしても可愛いねぇ君。どう?この後近くのカフェにでも―――」
「消え失せろナンパヤロー! てめーに後輩ちゃんは渡さねぇ」
「たいして変わらねーよバカ共」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ男子生徒たちの前で戸惑う桜。
蓮華の元へ行こうと振り返ると今度は近寄る女子生徒の波に呑まれてしまった。
「ねーねー、スリーサイズ教えてぇ? パッと見ただけでも大物と見た」
「あたしも聞きたーいってか揉みたい! 絶対Eはあるよね?」
「おいでおいで、ぎゅーってしてあげる」
「えっ? いや、あの……」
「こらこら、桜ちゃんが困ってるでしょ 嬉しいのは分かるけど皆落ち着いて
それより先生はどこ? 」
「先生なら、奥の大薔薇の手入れしてますぜ蓮華先輩っ」
「そっか。行こ? 桜ちゃん」
「あ、はいっ」
蓮華は女子の先輩に囲まれ撫で回されていた桜を連れ出し、温室の奥へと歩いていく。
その後ろ姿は桜にとってとても頼もしく見えた。
~
温室の奥には、ひときわ広いスペースがとられていて
そこには生い茂る茨が脈打つように輝いていた。
……茨の真ん中には、巨大な真紅の薔薇が燦然と花開いている。
そしてそのそばに男が一人、ひっそりとたたずんでいた。男が身にまとう服はぼろぼろで、右の袖が寂しげに揺れている。どことなく近寄りがたい雰囲気を醸し出す男性だ。
「先生、新入生を連れてきましたよ」
「えと、山背 桜です。よろしくお願いします」
「……」
返事は返ってこない。男は大薔薇を眺めている。
「あのー先生、聞いてますか?」
蓮華が呼びかけつつ男の前でひらひらと手を振ると、男は視線を蓮華に向けた。
「……あぁ、すまない。聞いていなかった」
「せんせぇ……新入生ですよ」
「む、そうか……こっちへ来い、新入生。いろいろ渡すものがある」
「は、はい……っ」
いつの間にか桜の腕から抜け出し、そばを歩いていたプラム。
その頭に生える小さな蕾が少し……開いていた。
桜がそのちょっとした変化に気が付くのは、もう少し後の話である。
~降魔の森~
『これはこれは、邪龍の姫君ではありませんか。今回は何用ですか?』
「……うん、ちょっとお使いに来たの」
『左様でございますか……くれぐれも人間に危害は加えないようお願いいたします』
「分かってる。人間には危害加えない」
『それでは、行ってらっしゃいませ』
巨木の洞が開き、中から黒いワンピースを着た少女が現れる。
少女の背に生える小さな翼は遠慮がちに羽ばたき、艶やかに煌めく黒髪は風に揺られ、
その燃える様な朱色の瞳は、じっと『目標』を見据えていた。