プロローグ『記憶』
―――私は元々、白い場所に住んでいた。
別に何かをしていたわけじゃない……ただ、日々を何となく過ごしていた。
その場所は……何処までも真っ白で、とても寒くて、寂しい場所。
食べ物なんて何もない。寝床なんてあるはずもない。
白くて冷たい野原はどこまでも、どこまでも真っ白で……頭上に広がる空も、同じ色。
私の意識も、体も、記憶も、次第に白くなっていった
私は、死んでしまうのだろうか?……いっそのこと死ねたらどんなに楽になれるだろう
何も食べなくても、何もしていなくても、私は生き続ける。
今まで何回も何回も、白と黒の狭間を私は生きていた……いまさら、死ねるはずもない
毎日毎日、白い世界に私は消えて、やがて夜がやってくる
たまに見える満月を見ていると何故だか力がみなぎる気がした。けど、私は何もしない
私は、意味の成さない努力を知っているから……
何度か、白い世界を駆け巡ったりしてみた事はある。
……結果は変わらなかった。どこまで行っても同じ景色が広がっているだけ
ずっと同じ……何も変わらない日々。
……そんなある日、いつもとは違う出来事が起こった。
「わぁ……凄い綺麗な髪だねぇ、こんなとこに魔物が住んでるなんて……」
―――私の前に、『人間』が立っていた。
初めて見た生き物のはずなのに、なぜか私はこの生き物が人間であると理解できた
なぜ、私の前に人間が居るのだろうか……? ここは、どこまでも白い場所なのに……
「凄い……真っ白な髪に紅い瞳が宝石みたい。耳と尻尾……狼かな?可愛いねぇ」
人間は、私の頭を軽く撫でつつ微笑む
何となくではあるが、人間の言葉は理解できた。
胸に、不思議な気持ちがこみ上げてくるのが分かる……
今まで微動だにしなかった私の尻尾が、緩やかに動く。
「ねぇキミ……名前はあるの?」
『な…まえ…?』
「そう!名前だよ。良かったぁ、ちゃんと言葉は通じるみたいだね
それにしてもきれいな声……わたあめみたい♡」
『……?』
「その様子だと名前は無いみたいだね。可哀相に……ずっと一人ぼっちだったの?
……そっかぁ……じゃ私が付けてあげるよ」
「キミの名前は――――」