97『非情』
夕暮れに染まる山の中。
屋敷の縁側に正座し、ただ静かにお茶を啜る者がいた
薄紫色の着物と、艶やかな黒髪に良く映える紅い簪。
風に揺らぐ木々を優しげな瞳で見つめるその女性こそ圭一の母、紫苑である
屋敷の庭では、和服を身に纏う少女が忙しなく駆け回っている
「紫苑さまっ、動物たちが……」
「……」
屋敷を貫くように聳える巨木の枝には、枯れた葉が寂しげに揺れている。
「もう、時間なのね」
『――長らく世話になったな』
屋根の上に立つ自然の権化。地皇はどこか遠くを見つめながら少し哀しげに呟いた。
紫苑は小さくため息をついた後、立ち上がり、揃えてあった下駄を履いて庭に降りた
屋敷や近隣の森にすみつく小さな蟲たちが、その足元にわらわらと集まり始める。
同様に屋敷に住みつく魔物たちは異質な蟲の群れを恐れ、我先にと屋敷を後にする
そっと紫苑が両手を広げると、今まで自由に動き回っていた蟲たちはぴたりと整列し、紫苑を囲むようにそれぞれが爪や武器の類を構え臨戦態勢を取った。
その様子はまるで、紫苑が蟲たちの指揮を取っているようにもみえる
「久しぶりに、私もお国に貢献しようかしら」
手のひら大の蟲が、辺りの森から湧き出るように姿を現し大蛇の如く庭を這いずる。
あわわと立ち尽くす和服の少女をひょいと抱き上げ、紫苑は優しげな微笑みを湛えた
『やれやれ……加勢ならいらんぞ。私の友人たちは超自然の申し子だ』
「ふふ、違うわ。私も旧友との再会に水を差したりはしないわよ~」
地中より這い出した巨大な蟲に乗り、紫苑はクスクスと微笑んだ。
「じきに憲兵がここにも来るわ。私にできることはあるかしら?」
~
学校に帰還し、俺は食堂で少し早目の夕飯を食べようとしていた。
隣にはユイ、頭の上にアリスが陣取り、あとは注文した夕飯を待つばかりといった状況である
「……」
俺の隣にちょこんと座るユイは俯いたまま、ほとんど何も話さない。
帰る道中、何度か話しかけたりもしてみたが……返事は無かった。
ただ寂しそうな表情で俯くばかり。
相棒のそんな様子を見た俺はどうにも複雑な気持ちになってしまう
「なぁユイ……何かあったらいつでも聞いてやるからな」
白く柔らかいユイの髪を軽く撫で、俺はやれやれと肩を落とす。
普段なら冷たい瞳で俺を睨み、何かしら反応を示すユイではあるが……やはり反応は無い
辺りを行き交う生徒の視線が痛い。
これじゃあまるで俺が泣かせてしまったかのようだ
やがて注文した刺身と白米が小さな妖精によって眼前に並べられ、俺はとりあえず箸を取る
「とりあえず、食おうぜ。佐々木さんの飯は美味いからきっと元気出るさ」
「……」
するとユイもそっと手を伸ばし、箸で刺身を一切れ取って口に運んだ。
良かった……喋らないどころか飯すら食わなかったらどうしようかと……
食欲は一応あるのだろうか。
ユイはそもそも食事をする必要が無いというのは良く分かっているが……
俺も刺身を取って白米と一緒に口に含んで噛みしめる。
程よく脂が乗っていて美味しい。これならきっと元気になれるだろう
ちらりと横目でユイの様子を伺ってみる。
「…………」
ユイの表情は晴れていなかった。むしろさっきよりも泣きそうな雰囲気だ。
どうすることも出来ず、俺はただ柔らかなユイの髪を撫でてやるくらいしかできなかった
~
とある豪奢な城の中、白いマントと金刺繍の洋服に身を包んだ少女がとてとてと駆け回っていた。
金糸のごとく輝く美しい髪と宝石のように透き通る青い瞳。その頭には金色の冠が光っている。
決して速いとは言えない微笑ましい速度で長い廊下を走る少女は笑顔である
そして、長い廊下の突き当たり。
少女は見上げるほど大きな扉を乱暴に開け放つと、中には綺麗なローブを身に纏った侍女が数名。
驚き戸惑うような表情で少女の周りに集まり、深々と頭を下げた
「皆っ、聞いて聞いて! あのね、散らばってた天魔族が一か所に集まろうとしてるの。
だからね、私考えてみたんだけど……えっと、これが上手く行けばきっとまとめて退治できるよ!」
身振り手振りで、尚且つ早口気味な口調で侍女に一生懸命説明を試みる少女。
しかし少女が考えたらしき作戦は実にアバウトであり、侍女たちは首を傾げた。
「えぇと、何て言えばいいのかなぁ? だから、その……あれを出して、ね?」
両手を合わせ、小首を傾げて何かを要求する少女。
そんな様子を見た侍女たちは顔を見合わせ、困った様子でざわざわと話し始める
「恐らく、彼らの動きを予測することに成功したのではないかと」
「なるほど……けれど、その件に関しましては既に兵を向かわせたばかりです」
「彼らを一網打尽にしようというのですか……? なんて無茶な」
「しかし、あれを出すとなると、私共だけではどうにも……」
「――国王陛下に相談しなくては」




