93『青空』
優しい日差しに照らされ、俺の意識はゆっくりと浮上する。
重い体を起こして大きく体を伸ばす。肩や首が威勢のいい音をならした
「ん……」
ふと周りを見ると、特殊科の皆は居らず、空っぽの布団が散乱していた。
いつも傍らにいるユイも居ない。しかし代わりに、見知らぬ少女が俺の隣に寝ていた
紺色の髪と紅い斑点が付いたワンピース。傍に置いてあるシルクハットはこの子の物だろうか
すやすやと眠るその寝顔は何というか可愛らしい。
誰だ? この子……
部屋の隅を見ると、鈍い色合いの箱が置いてあった。
くすんだ銀色の箱はどこかこちらをじっと見つめているような気がした
「……」
箱と俺の間でなんとも言えない謎の沈黙が数秒続いたのち、
やはり稼働するらしい箱は、武装を展開して上手く重ね合わせ、戸棚を指した。
指されるままに俺が視線を向けると、そこにはどこかで見たような魔女帽子。
つばの一部が裂け、全体的にどこか撚れてしまっている
俺は立ちあがり、そっと帽子を持ち上げてみる。
……間違いない。これは、校長先生の……
「……モノ、これ……どうしてここに……」
『――その帽子は私が海岸にて回収したものです。残念ながら、身体は……』
カシャンと武装を収納し、無機質な声でモノは答えてくれた。
身体は……って、校長に何があったんだ
『被ってあげてください。とのことです』
「え……」
『被ってみてください。暁さまがそう言っておりました』
俺は帽子をひっくり返し、中を覗き込む。中は当然の如く空洞である。
ふわりと優しい香りが鼻をくすぐる。
恐る恐る帽子を頭に乗せ、俺はモノにどうしようもない視線を向けた。
『――』
その時、脳裏に声が焼きついた。
どこか低く男らしい声……誰かを、呼んでいる……?
『――何だ、杉原のボウズじゃねぇか。親父は元気か……?』
「うわっ喋った」
俺は慌てて帽子を布団に投げつける
空洞だった内部に水色の瞳がぎょろりと光っていた
『おいこら、何しやがる』
「な、何だこれ……」
『いいから被りやがれ』
ずるりと白い手が俺の頭を掴み、帽子は頭に深々と被せられた。
ぐっと手で押し上げても微動だにしない。完全にくっついてしまったかのようだ
サイズ的にはぴったりというか……少し緩いくらいだ
大きなつばのせいで上部からの光が完全にシャットアウトされ、何だか涼しい。
校長先生はいつもこんな感じなのだろうか……
「で、何しろってんだよ……」
すると、俺がいろいろと動いていたせいで少女を起こしてしまったらしく、
うつ伏せのままシルクハットを枕代わりにうっすらと目を開いた
「ん~……」
少女は眠そうに眼を擦り、大きな欠伸をした。その瞳は綺麗な金色。シルクハットにぐりぐりと頭を埋めているあたり、まだ完全に目覚めてはいないのだろう。
「……お姉ちゃん……?」
「えっ」
少女はうつ伏せのまま俺の方へ這いより、じっと見上げてきた。
その瞳はどこかぼんやりと焦点が合っていない。俺にとっては見慣れた眼だ
間違いない……『寝惚けてやがる』
となると次は、恐らく……
俺は少し少女から距離を取り、次に来るであろう行動に備える。
しかし、少女が取った行動は、俺の予想とは大きくかけ離れていた。
~
浩二宅の一角、用意された大部屋の中。紅い文字と黒い刃が鎬を削っていた。
部屋の四隅から突き出す黒刃を『防』の文字が弾き返す。
一定のリズムを刻みながら部屋の中を跳ね回るアサギの足元には『爆』の文字。
不意に襲い来る足元からの衝撃に、華奢なアサギは体制を崩し倒れ込んでしまった
紅色の光を宿す筆を手に、ノワールは勝ち誇る様な笑みを浮かべた。
その周辺には煌々と光を放つ沢山の文字が廻っている。
「足元にも注意しなきゃだめだよ葱ちゃん」
「うるさいっ! 大体ねぇ、アンタ卑怯すぎるのよ」
「卑怯じゃないよ。これが私の力だもの」
「それが卑怯だって言ってんのよ!」
そんな二人を壁際に並んで観戦していた暁が、くすくすと笑みを零す。
その傍らでは浩二とスミレの姿も見える。
「さて……やるか」
「……負けない」
~
模擬戦闘が行われている大部屋から少し離れた庭では、ユイが俯き目を伏せていた。
屋敷の屋根の上には光り輝く甲殻に覆われた大蠍。湾曲し鋭く尖った尾の先端が光を放つ。
「……その情報、信憑性はあるのですか?」
『もちろんです。他の皆さんにも伝えてありますんで……』
ギシギシと顎を擦り合わせ、蠍は尻尾を一振りした
『一刻も早く、『向こう』へ帰りましょう。私たちの時代が再び終わりを告げる前に……』
「……」
ユイはぐっと俯いたまま答えない。
その手には小太刀が握りしめられていた
『もう時間がありません……準備だけでもしといてくださいねぇ』
蠍はそれだけ言うと、目も眩む閃光と共に姿を消した。
一人残されたユイはふっと虚空を仰ぎ……しばらくの間、蒼い空を悩ましげに見つめていた




