09『Re:購買部』
ベッドにぺたっと座り込んで俯くケモ娘は寝ぼけているのだろう
やがてケモ娘はゆっくりと体を倒し、そのまますやすやと眠ってしまった。
一体……何だってんだ?
とりあえず俺はこの娘に心当たりはない。
見たこともない。はずだし…この部屋に連れ込んだ覚えもない。
完全に見ず知らずの女の子だ。忘れている可能性は除外しておく
……なんだか面倒臭くなってきた。ごちゃごちゃ考えるのは後にしよう。
ただ今の時刻午後6:47分。俺の体内時計は正確だ。
とにかくメシだメシ! 食堂へ行こう
このケモ娘は誰かの使い魔だろうし、きっと寝ぼけて部屋を間違えたんだな。
うん、そういうことにしておこう。
全く……しっかりしろよな飼い主。
とはいっても、実はそれほど腹が減っているわけではない。
食堂でがっつり喰うのも悪くは無いけど
どっかでパンでも買って済ますってのもアリだな。
……ってかそもそも食堂の場所知らないし。
そうだ、購買部へ行こう
~
一方その頃購買部では、レジで居眠りしてる暁先生のそばに
紺色の長い髪をリボンで束ね
魔女のような帽子と、漆黒のローブを身に纏う女性がいた
「……暁。起きなさい」
「……すー……」
「……」
―――ぎゅっ
「ひゃあぁ……っ!?」
「早く起きなさい、暁……私を前に居眠りとはいい度胸じゃない」
「うぅ……玲紀様……お戻りになられていたんですかぁ……?
一言連絡をしてくだされば、お迎えに行きましたのに……」
「……勤務中に居眠りして、私からの連絡に反応しなかったのは誰だったかしらね」
「申し訳ありませんっ……つい、うとうとしちゃって……」
「言い訳はいらないわ。それより報告をして頂戴」
「あ、はい……えぇと、封印は完全に破られたようです。
どうやら……『彼女』自身はかなり弱体化しているらしく、力がほとんど失われています」
「そう……封印はちゃんと機能してるのね。
黒館と降魔城に連絡はしてあるのかしら?」
「……ふぇ?」
「……してないのね。元々貴方の記憶力は悪いけれど、ほどほどになさい。
……私が書くから羊皮紙とペンを用意して頂戴」
「はい……申し訳ありません……」
「……全く……」
玲紀様と呼ばれた女性は紙とペンを受け取ると、小さくため息をつき
黒いローブを翻し、夜闇へ消えていった。
~
15分ほどかけてたどり着いた購買部では、
ネコメイド先生こと暁先生が浮かない顔でしょんぼりとしていた。
…猫耳と尻尾は見当たらない。今はただの青いメイドさんである。
「……はぁ……」
「あれ、どうしたんですか?暁先生」
「あ、杉原君……貴方こそどうなさったんですか? そろそろ夕食の時間ですが……」
「えっと……食堂の場所知らないし、そんなに腹も減ってないんで……
パンでも買って済まそうかなー……なんて……」
「なるほど~……食堂はB棟の一階にありますよ」
「いやっ だからパン買いに……」
「佐々木さんの作る料理は絶品ですのに……食べに行かないんですか?」
……ダメだ。会話が成り立たないのは分かってはいたが
何というか元気がない。何かあったのだろうか。
淡々としているというか…昼間とは少し雰囲気が違う。
「とにかく、何でもいいんでパンください」
「……はぁ。カツサンドでよろしいですか?」
「……はい」
暁先生は眠そうに、なおかつ気だるそうにこっくりと頷き。
何処からか美味しそうなカツサンドを取り出し、レジの上に置いた。
「今、どこから……」
「……100円になります」
「あ、はい……100円ですか? 意外と安いですね」
何だコレ…昼間より絡みづらいぞ。
俺はとりあえず持っていた財布から100円玉を取り出し、暁先生に手渡す。
すると暁先生はふっと微笑んでカツサンドを袋詰めしてくれた。
傷心の乙女を慰めた時のような、そんな感じの空気だ
「あの、暁先生。何かありましたか?」
「おや……私、顔に出てましたか?」
「いや、顔っていうか雰囲気っていうか」
「ちょっと……『上司』に叱られちゃいまして……まぁいつものことですし……」
「完璧に引きずってますよね!? そんなきつく言われたんですか?」
暁先生は唇に人差し指を当て、ゆるー……く微笑む。
ちょっぴりうるんだ青紫色の瞳は『気にしないで下さい』と言っているようだった。
目は口ほどに物を言う。あながち間違いではないな。
改めて購買部の中を見渡してみる。
棚にはペンや消しゴム、ノートやファイルなど、沢山の文房具が
整然と並べられていた。
それ程大きな購買ではないが、きちんと整理してある。
掃除も行き届いており、棚の奥にも埃は見えない。
文房具の棚の間を進むと……ガラス張りのショーケースが3つ並べて置いてあった。
右端は高そうな万年筆や非売品とみられる道具類。
左端には賞状や煌びやかなメダル、トロフィーなど。
そして真ん中には……
……綺麗な人形が一体。寂しげに外を眺めていた。
小さな椅子に腰かけて、じっと虚空を見つめている少女の人形だ。
ふわふわした金髪と、サファイヤのような青い瞳
ゴスロリと呼ぶに相応しいひらひらした洋服。
何というか…人形特有の不気味さが無い気がする
まるで『女の子の人形』ではなく、『人形のような女の子』
試しに正面に立ってみると、案の定ばっちり目が合う。
偶然とか、角度とか、そんなレベルの話ではない。
『この娘』は、間違いなく俺を見ているのだ
じー……っと。そりゃもう擬音が目に見えるくらいじーっと見つめてくる。
心なしかさっきより顔が赤いような……
それに、表情も少し違うような気がする。
「……暁先生。この人形って……」
「……あぁ、その子は私が作ったんですよぅ
中々よくできているでしょう……?」
「良くできてるっていうかできすぎっていうか……」
「ふふ……その子は『Alice』と言いまして……
昔、私が知り合った女の子をモデルに作った人形なんです
案外可愛く作れたので、しばらくは商品として扱っていたんですけど
生徒の皆さんは『うちの子が一番』という方ばかりで……」
なるほど、要するに売れ残ってしまったと。
とりあえずこの娘は人形らしい。……人形には見えないが
さらによく見ていると、わずかながらも確かな胸のふくらみや
ふわっとしたミニスカートと、黒いニーソの間から覗く柔らかそうな絶対領域。
髪の一本一本まで光り輝くように美しく、服の細かいしわまで見て取れる
……人形にしてはクオリティが高すぎるのだ
「暁先生……この子、本当に人形ですか……?」
「……さぁ?どうでしょうねぇ……
それはそうと杉原君。そんなに見つめないであげてくださいな
……彼女が恥ずかしがってるじゃありませんか」
「…………今、なんて?」
「ふぇっ? あぁ、いや……特に何も。
私には何が何やりゃさっぱり分かりゃにゃ……っ ……分からないです」
「噛み噛みじゃないですか」
この人嘘つくの下手だなぁ……
いつの間にか猫耳と尻尾が生えている辺り、この人はテンパるとボロが出るんだろう
暁先生の猫耳はぺたーっとしている。
……つまり、嘘をついている。もしくは隠し事をしているということ。
……分かりやすいわぁ……