8話 レッツ・パーティ ~集いの広場~
「――それでは、これからの事を考えましょう」
オルテたちを見送った後。シズたちに向け、振り返った副団長が号令をかける。
「あの人たちが戻ってくるまで、我々はここにキャンプを置きたいと思います。食事は、モンスターで賄える事がわかっていますから、狩りをする人を決めましょう。それと、初心者の人たちには、このゲーム……このゲームの、ノウハウを教えたいと思います。レベル20以上のプレイヤーとそれ以下のプレイヤーで分かれてもらえますか?」
シズはその指示に従い、初心者たちの集団へ入る。
見たところ、彼の指揮に反発している者はいなかった。異世界に飛ばされた(?)とはいえ、皆日本人である。基本的には、そう突飛な行動に出る者はいないだろう。
ゲームキャラクターの力を持っていることも、心に余裕を持たせている一因なのかもしれない。モンスターの徘徊する地とはいえ、魔法や剣技、便利なアイテムなど、身を守るための力がいくらでもあるのだ。衣食住足りて礼節を知るという奴なのか。
無論、この状況で集団から孤立することの危険を鑑み、不平を抑えている者もいるのかもしれないが。
そう考えているうちに、二人のプレイヤーがやってくる。一人は白い鎧の成年男性。副団長とは別の銀樹騎士団員だ。もう一人は一般プレイヤーとおぼしき中年男性。ローブを着ているから、魔術師か。
「あー、皆。俺とこちらの方で、君たちにこのゲームの基本的な知識を教えていきたいと思う。物理職は俺のところへ、魔術職は彼の方へ行ってくれ」
<戦士>のシズは当然、騎士団員の元へ向かう。他には6人ほどがこちらに来た。
「じゃあ、まず自己紹介をしとこう。俺はピュール・メテウス。レベル53の<騎士>で、サブクラスは<ガーディアン>だ」
彼に習い、シズたちも自己紹介をする。
レベル1はさすがにシズ一人だけだったが、2人10レベル未満のプレイヤーがいた。
「それじゃあ、色々教えていきたいんだが……とりあえず、今何かわからない事はあるかな?」
シズは少し迷ったが手を上げた。
「あの……サブクラスってどういうのなんですか?」
「ああ……えっと、シズくんか。そうだな、10レベル前だとそこからか。サブクラスは、プレイヤーが就ける、もう一つの職業だ。ある意味メインクラスよりも重要だな。
理由は、スキルや性能に強力なものが多く、この選択次第でプレイヤーの強さが大きく変わる。本来の流れなら、10レベルを超えるとチュートリアルが受けられるんだがな……」
騎士ピュールは顔を曇らせる。町に戻れない現状、チュートリアルも受けられない。つまり、サブクラスを取れない。
「一応話しておくと、戦士は<ファイター>、騎士は<ナイト>、暗殺者なら<アサシン>が戦闘用の基本サブクラスだ。さっき団長たちが話してたような上位のレアサブクラスはそれぞれのイベントをこなすと手に入ったりする。まあ60レベルくらいまでは気にしなくていい」
10レベル超え初心者の4人は、すでにサブクラスを取っていた。
「うーむ……そうすると、職種で分けるよりサブクラスの有無で分けた方が良いか……」
少し考えこむようにして、ピュールがつぶやく。
「……うん、ちょっと待っていてくれ」
言いおいて、彼は魔術師の中年男性の方へ向かっていった。
取り残されたシズたち未習得組は、少し不安げに顔を見合わせる。
その有無で教え方を変えなければならないほど、大きな違いなのか。自分たちは、それだけ大切なものを手に入れられないのか。
「悪い、待たせたね」
戻ってきた時、彼は一人のプレイヤーを連れていた。灰色のローブを頭からかぶり、俯いている少女だ。目深にかぶっているため顔はわからないが、衣類越しにもわかる胸の膨らみで、かろうじて性別がわかった。
背中には木製の杖を負っている。
「話し合った結果、俺はサブクラス未習得組を教えることになった。悪いが、サブクラスを習得している人はあちらへ合流してくれ」
ピュールの指示を受け、習得組の4人は魔術師の方へ去っていく。代わりに、ピュールと少女がシズたちに近づく。
「君、自己紹介してもらっていいかな?」
ピュールが少女に呼びかけた。だが、彼女は俯いて黙ったままだ。
異世界に飛ばされたショックから、まだ立ち直れていないのかもしれない。
どうしたものかと思っていると、おずおずと彼女が顔を上げた。
ローブの影で見えなかった顔が、正面から見える。
臙脂色の髪の下、気弱に揺れるオレンジの瞳。見たところ『シズ』と同じ年齢のようだ。
「……リリ・ユーリー……です……」
か細い声で、彼女は名乗った。
シズたちも、改めて自己紹介をする。
「俺はハイド。ハイド・オーズだ。<戦士>のレベル4」
そう名乗ったのは、水色の髪の少年だった。年の頃は『シズ』たちと同じか少し下。ボリュームのあるイガグリのような髪型は、まさにゲームならではだろう。
腰にはシズのものより小ぶりの剣。鎧は金属製のもので、恐らくシズの選ばなかった<青銅の鎧>という奴だろう。
自信ありげにニヤリと笑う様はまさに近所の悪ガキといった体だが、この状況でそれができる心根の強さは見習いたいものだ。
「私はオーディン・ギャングニールといいます。職業は<暗殺者>。レベルは5です」
最後に名乗ったのは、初老の男性だった。白髪混じりの黒髪を、総髪に作っている。
シックなスラックスに、ワイシャツとベスト。その上から、半身を軽装の革鎧で覆っている。革鎧はシズのそれよりも遥かに覆う面積が少ない。
落ち着いた笑み、そして紳士然とした立ち居が相まって、見る者に安心感を抱かせる大人だった。ゲーム的に仕方ないとはいえ、彼の穏やかな声で<暗殺者>などと名乗られると、非常に違和感を覚える。
いずれにしろ、これで全員の自己紹介が終わった。
「よし……それじゃあ、改めてやっていこう。まず……チュートリアル以外で、モンスターと戦ったことのない人」
シズは手を上げた。あの逃亡劇は戦闘のうちに入らないだろう。
初心者4人の中で、同じように手を上げていたのは、リリだけだった。2人、目が合う。
「あ、あなた、も……?」
おどおどとしたリリの問いに、苦笑を返す。
「うん。昨日始めたばっかりでさ……チュートリアルやってたら、あんなことになって……」
「わ、私も……チュートリアルが終わって、町を歩いていたら……」
言葉の途中で、彼女の目尻に涙が浮かぶ。思い出してしまったのかもしれない。
「わ……私……帰れ……」
「――大丈夫」
シズは思わず、その頭を撫でて微笑んでいた。
「ここはゲームの中じゃないのかもしれないけど……でも、ゲームのルールは生きているんだ。君も、領主のところへ行く途中で、高レベルのプレイヤーさんたちの戦い見たでしょ? すっごく強かった……」
「で、でも……結局バラバラに、なっちゃったし……」
それは、確かに彼女の言うとおりだ。ただ、あの大きな猪にプレイヤーたちがやられたというより、あれはその巨体に邪魔をされ、集団を維持できずを散らされただけのように思える。思い返せば、猪の攻撃を受けても、すぐに動けるプレイヤーは多かった気がする。
だから、個人でも修練を積めば、少なくとも瞬殺されるような相手ではないと思うのだ。
だから、
「ボクたちだって、強くなればそんな簡単にやられないよ」
「けど、私<僧侶>だし……HPとか、低いし……」
リリの顔は晴れない。魔術系職業が紙装甲なのは、大半のゲームにおける基本法則だろう。それは多分、ここでも揺るがない。
「じゃあ、一緒に強くなろうよ」
「一緒……に……?」
「ボクは<戦士>だから、多分君の前衛になれると思う。君が後衛で補助してくれれば、助かるし――わっ!?」
「おいおい、二人だけで盛り上がってんなよー」
<戦士>の少年……ハイドが、シズの首に腕をかけてきた。
「俺だって<戦士>だぜ? 前衛なら任せろよ」
彼は無邪気な瞳を輝かせ、ニヤリと笑う。シズの胸が、少しドキリと鳴った。
「私は、弓を使いますので、後衛ができますね」
微笑みながら、初老のオーディンも続いた。
「あ……えっ、と……あの……」
リリが戸惑うように揺れ、拍子に、シズの手が引っかかってフードがずれた。
導かれるように、臙脂色の髪が二房、こぼれる。綺麗なおさげだった。
「うん。皆で、がんばろう」
「……は、はい……!」
戸惑いがちで、小さくはあったが、リリは確かにシズの言葉にうなずいた。
「うむ。実際、君たちにはパーティーを組んでもらいたいと思っている」
4人を見回しながら、ピュールが言う。
「パーティー……」
「『ザ・ライフ』におけるパーティーは、最大5人で組める一つのチームだ。同レベル帯でなければ組めないが、組むとメンバーの現在地や状況を把握できる他、範囲攻撃系スキルでの巻き込み対象にならなかったり、範囲補助・回復スキルの対象に『パーティーメンバー全員』を選ぶ事が可能になる。まあ、君たちのレベルでは、範囲系のことはまだ考えなくていい。
いずれにしろ、パーティーを組んだ方が効率的な狩りができるし、安全だ。だから基本的な説明が終わった後は、パーティーを組んで森で実地練習にしたいと思う。幸い……魔術師はいないが、一応バランスがとれる職業構成だしな」
シズは他の3人を見回す。まだロクに話してもいないが、良い人たちだと思う。
だから、彼らとなら、やっていけるかもしれない。少なくとも、自分と同レベル帯なのは、彼らだけなのだから。
「まず、基本的な戦い方についてだな。<戦士>諸君はすでにわかっていると思うが、初期の物理職のスキル消費は重い。正確に言うなら、物理職の初期MPは少ない。だから初めは、<アクションスキル>は、うかつに乱発しない方が良い。必然的に、スキルを使わない自分の体の身のこなしを、鍛える必要がある。
この中で、スポーツや格闘技の経験がある人は?」
誰からも手があがらない。
「そうか。まあ、俺もリアルじゃ運動音痴だから、心配しないで欲しい。格闘技をしていると、それに沿った体の動かし方に慣れているから、ある程度とっつきやすいというだけだ。現実でプロの空手家だろうと、病弱なじいさんだろうと、ゲーム内で同パラメーターなら身体能力は一緒だ。空手家の方が色々な動きをスムーズにできるだろうが、じいさんだって体の動かし方に慣れさえすれば、同じ動きができるようになる」
彼は一旦言葉を切り、
「特に重要なのは、攻撃の仕方だ。このゲームでは、プレイヤーのパラメーターも大事だが、現実と同じく、どれだけ力を込められたか、強く振れたかも重要となる。たとえ<アクションスキル>を使おうと、剣を軽く振れば、大したダメージは与えられない。だから、しっかりとした体勢で攻撃を強く当てる事に気をつけて欲しい。
そして、そのための戦い方……敵の攻撃への対処法が、2種類ある。"受け"と"躱し"……つまり、防御型と回避型だ」
そこで、ピュールはこちらを見回す。
「この2タイプは、金属鎧を装備しているかどうかで決まる。つまり、金属鎧を装備しているなら"受け"、そうでないなら"躱し"ということだ」
「金属鎧だと、動きがとろくなるから敵の攻撃避けられないってことか?」
ハイドの問いに、彼は、まあそれもある、とうなずきつつ、
「もう一つ、チュートリアルでは説明してくれないが、金属鎧には特性がある。例えば、殴られそうになった時、体をかばって腕を出すだろう? 金属鎧の場合、それによってダメージが軽減される。革鎧や衣服の場合、防御しようがしまいが、ダメージは素通しだ。勿論革鎧の方が基本防御力は高いがな。だから、金属鎧で攻撃を受ける時は腕で庇う……ブロッキングという技術が大切だ。勿論、盾があればそれが一番だが。逆に回避型の場合は、とにかく敵の攻撃を回避、不可能ならば、なるべく体の中心から逸らすように。当たりどころの悪かった攻撃は、威力が落ちるからな」
「剣で防御はできねーの?」
「できない。ここは気をつけて欲しいところだ。剣を使用する動作は、システム的に防御動作ではなく攻撃動作として認識される。つまり、剣で敵の攻撃を受ければ、相手の攻撃動作を防御したのではなく、攻撃動作に攻撃動作をぶつけたということになる。この攻撃動作のぶつかり合いの場合、両者の攻撃威力を比較し、極めて等しければ鍔迫り合い、そうでなければ威力の高い方から低い方の威力を引き算し、その差を威力の低い側がダメージとして受ける。なお、あまりに両者の威力に差がありすぎた場合、<弾き飛ばし>が発生する」
「<弾き飛ばし>?」
「武器攻撃なら武器を、肉弾攻撃なら肉体を、弾き飛ばされるということだ。だから、もし敵の突進を剣で受けようとしたら、相当力を入れて振りかぶっていない限り、<弾き飛ばし>で武器をふっ飛ばされるだろう。これは初心者がやりやすいミスだ。ここは異世界のようではあるが、ゲームのルールはほとんど生きている。手に持っている武器で思わず防御したくなるのはわかるが、それは危険だ。武器の耐久度も減少しやすいしな。だから、金属鎧なら盾か腕で防ぐ。それ以外ならなんとしても躱す。これを心がけるように」
つまり、ハイド以外のメンバーは、とにかく攻撃を避けなければいけないということか。
「あ、あの……杖でも、駄目……ですか……?」
恐る恐る尋ねるリリ。<僧侶>である彼女の装備は、木製の杖だ。
「うん。杖は魔法の発動体であると同時に、打撃攻撃力が設定されていて、武器扱いだ。そもそも、後衛の<僧侶>まで敵の攻撃が届いているというのは、相当危険な状況だ。とにかく逃げるべきだね」
「わ、わかりました……」
リリにうなずき返し、パンッとピュールは手を叩いた。
「とりあえず、説明はこんなところにしておこう。後は、森の周りで実際に狩りをしながら学んでもらう。奥に行くと熊などの上位モンスターが出て危険だが、この付近なら安全だ。まずはパーティーを組もう。メインメニューから<パーティー>を選ぶと、半径10m内のプレイヤーの名前が表示されるから、そこから誘いたいプレイヤー名をタッチだ。俺は副団長から許可をもらってくるから、やっておいてくれ」
そう言って離れていくピュールを背に、シズは言われた通りプレイヤーの名前のリストを表示し、オーディンの名をタッチしてみる。
『オーディン・ギャングニールをパーティーに誘います。よろしいですか?』
はいを選択するとオーディンの方にウインドウが表示され、彼が少し操作すると、こちらのウインドウに『オーディン・ギャングニールがパーティーに参加しました』と来た。
同時、自分のライフバーの隣に彼のライフバーが表示される。
後は同じ要領で、ハイド、リリを参加させた。
そこへ、ピュールが戻ってくる。
「できたかな。パーティーにはリーダーが設定されている。パーティーメニューから確認できると思うが、基本的に最初に他のメンバーを誘った者がリーダーになる」
チェックしてみると、パーティーリーダーはシズになっていた。
「どうしよう……ボク、リーダーなんて……」
「そう身構えなくてもいい。リーダーにはパーティーの解散とメンバーの脱退、リーダーの変更やアイテム獲得方法の選択権限があるくらいだ。そりゃ、指示を出せる人間がいるに越したことはないが、パーティーリーダーがそうである必要はないな」
「はぁ……」
「では行こうか。団長たちが帰ってくるまでに、皆で10レベル超えを目指そう」
ピュールの言葉に、シズはごくりとつばを飲み込む。
ついに、この世界で一方的に助けられるだけのお荷物でなくなるための、第一歩。
自らの力を持つための一歩が、今踏み出されようとしていた。