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ライフ・ダイブ・オンライン  作者: 耳口王剣
第1章 月下の逆さ剣
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5話 ラウド・ロード ~せめて今は微笑ましき旅路~

オルテ、アリアドネ、マリーンの3人は、始まりの街ワチセキへ向け馬を走らせていた。

視界隅の時刻表示によるなら、すでに5分はたっているから、行程の四分の一は来たことになる。

夜の森中は、思ったよりも明るかった、ところどころに<ヒカリゴケ>という植物が生息していて、薄ぼんやりと光っているのだ。

先頭を走るはアリアドネ。やはりユニコーンの速度は伊達ではなく、大きく手加減してもらっても、オルテのアラビアンでは全速力で追いすがるのがやっとだった。


と、道に出る。森の中に作られた、街道と獣道の中間といった程度のものだが、それでも馬が三頭並べる幅はある。

よって初めて、三人は並んだ。

「……せっかくですから、少しお話しませんか?」

中央を走る、アリアドネが思いついたように微笑む。

「わりと難しいぞ、そのフリは……」

オルテが苦笑を返すが、彼女は笑みを崩さず。

「これからしばらく生死を共にするのですから、お互いの事はよく知っておきませんと」

「生死を共にする、ねぇ……」

マリーンが、不満げな顔でつぶやく。

「このゲームで死んだら、どうなるのかしら」

「………………」


それは、恐らく誰もが抱えている不安。

ゲームの時の『ザ・ライフ』なら、HPが0になっても経験値と所持金をいくらか失うだけで、神殿にて蘇る事ができた。

果たして今もそうなのか――試す度胸のある者はいないだろう。


「……まあ、何にしても俺たちが運命共同体なのは同意だ。パーティーも組んだしな」

「じゃあ、お話タイムにしていいですね」

お話タイムって……とオルテは少し呆れたが、まあ、乗馬の邪魔にならない程度にな、と返した。

では、とアリアドネは微笑み、

「お二人とも、ギルドには参加されていないんですか?」

ギルドは、プレイヤー同士が集まって作るコミュニティだ。

メリットとしては、生産材料や装備を仲間うちでやり取りしたり、プレイヤー同士で狩りに行ったりといった、相互扶助が望める。ギルドチャットやギルドルームなど、役に立つゲームサポートもある。

特に、『ザ・ライフ』では、生産系技能を持つには、サブクラスを潰さねばならない。それはつまり、戦闘のできるキャラと、武器やマジックアイテムなどを作れるキャラはまず両立できないということだ。

故に、道具を欲する者と使い手を欲する者……両者の橋渡しとして、ギルドという場は重要だった。

デメリットは、システム的にはないが、まあ人間関係が生まれるので、その辺りだろう。特に大規模ギルドとなれば数百人のプレイヤーが参加することも珍しくなく、それを統率するギルドマスターは、リアルさながらの職能が求められるだろう。

横を走る少女、アリアドネがまさにその好例だ。

大ギルド『銀樹騎士団』を取り仕切り、このような異常時にも微笑みを崩さない。それが人の上に立つ人間の最低限の勤めだと、理解しているのだろう。


「私は入ってるよ、ギルド」

エルフ耳を揺らしながら、マリーンが答える。

「『風の旅人』ってとこ。まあ、そんな大きくもないけど。ターマフィンの方で活動してた」

ターマフィンは、現実で言うところのフィンランドに当たり、70レベル台の魔物が徘徊する氷の国だ。ヨーロッパエリアでは、かなりの高レベル帯である。

「そこで狩りとかやってたんだけど、ちょっと寒い景色ばっかで飽きたから……私だけこっちに戻って来たら、この有り様よ」

「ターマフィンのギルドの方には、戻らなかったのか? 2日くらいあったろ」

オルテの指摘に、彼女は眉をしかめる。

「こっちにフレ(フレンド)いたし……あー……ほら、別にギルドって言ってもそこまで仲良かったわけじゃ……いや、別に仲悪いってわけじゃないのよ? ただ、ほら、なんていうかさあ……」

「ああ」

オルテはうなずく。彼女の言いたいことはわかる。ギルドは確かにネットゲームのコミュニケーションツールとして重要なものであるが、必ずしもそれが一番でなければならないということはない。数人のフレンド、そっちの方が良い人間だっている。

「で、そのフレは?」

「キャンプで待っててもらってるわ。これが無事終わったら、会わせてあげましょうか?」

「美人なら、是非お会いしたいかな」

オルテが冗談交じりに言うと、マリーンは片眉を立てて、はっ、と笑い、

「ま、私並ってところかしら?」

「それは楽しみだ……ん?」

アリアドネが、ジトーっと、反抗期になった娘が父親のトランクスを見るような目でこちらを見ていた。

ごほん、とオルテは咳払いをして顔を逸らす。

その様子を見て、マリーンは肩をすくめた。


「で、オルテ。あなたはギルド入ってるの? まあ、まさかそのレベルで入ってないってことはないでしょうけど」

ギルドからの助けなしでのレベル上げは、相当根気のいる作業だ。

冒険で役立つ装備、アイテムなどは、プレイヤーから買うのが早い。だが、一口にプレイヤーから買うと言っても、ここにはネットオークションなどはない。広場に数多並ぶプレイヤー露店を、一軒一軒見て回るしかないのだ。

その点、一定規模以上のギルドなら各種職人プレイヤーも揃っているから、頼めばすぐに目的のものが手に入る可能性も高い。無論、こちらも時には彼らの用事を受け、素材の採集に行ったりする事にはなるが。

「ああ、入ってるよ。って言っても、大きなのじゃないけどな。ほんの数人の小さなとこさ」

「ふーん。あなたレベルのプレイヤーがいるのに、小さなギルドなんだ?」

探るような目に、苦笑を返す。

「まったりやりたくてさ。気の合う仲間とわいわいやってるよ。君だって、そうだろう?」

「まあ、そう言われるとねー……」


マリーンが引いたところで、オルテはアリアドネに水を向ける。

「ところで、前から一度君に会えたら聞いてみたい事があったんだが……」

「はい?」

きょとんとする彼女に、尋ねる。

「ほら、このゲームの名前って、西洋風に「名前・姓」の順番だろう。だが、君の名前はホワイト・アリアドネで、皆アリアドネと呼ぶ。どうしてそうなったんだ?」

「――――――」

珍しい事に、出会ってからほとんどニコニコとしていた彼女が口を閉じ、顔を逸らした。沈黙する事、しばらく。

やがてゆっくりとこちらへ振り向いた彼女は、いたく微妙な顔をしていた。

「……どうしても、聞きたいですか?」

涼やかな声に似合わぬ、硬さがあった。

「いや、そんな反応されると非常に気になるんだが……」

そう答えると、彼女は仏頂面をし、小さく、笑いませんか? と問う。

「それは非常に高度な政治的判断を要するが、こちらとしてもそちらの意志を尊重し、前向きな方向で善処したい所存である」

「うー……」

玉虫色の返答にアリアドネは唸ったが、じっと視線を向けてくるこちらに耐えかねたか、ため息をついた。


「私……このキャラを作った時はまだ中学一年生だったんです……。そ、それで、その、当時はヒーローとかに憧れてて……ほら、外国のヒーローって簡単な名前が多いじゃないですか。スーパーマンとか、バットマンとか、スパイダーマンとか……」

「そうだな」

「そ、それで、その頃読んでたギリシア神話の要素も加えて……」

「――つまり、『ホワイトアリアドネ』って、一つのヒーローみたいな名前のつもりでつけたと。人名なのに」

「……はい」

うつむく彼女の頬に、朱が差した。本人的には相当恥ずかしかったらしい。

「いや、そこまで気にするほどのものでもないと思うよ」

「……本当ですか?」

「ああ。まあ、別にファンタジーの人名としてそこまでおかしくも――」

その時、不意にオルテの脳内に映像が浮かんだ。

アリアドネが、ビルの屋上に立って、決めポーズを取る姿だ。

『正義の味方ホワイトアリアドネ!!』

「――ぶふぉっ!!」

その姿がなんというかナンセンスで、思わず吹き出してしまった。

「オルテさん……」

「あ……」


しまったと思った時にはもう遅い。

彼女は目に涙を溜め、裏切られた顔でオルテを見ており、その奥を走るマリーンも、冷めた目を向けていた。

「い、いや、違うんだ、今のは――」

しどろもどろの弁論も途中に、アリアドネはぷいと顔を背けた。

「オルテさん、嫌いです」

嫌われてしまった。



その後、なんとかなだめすかしてアリアドネの機嫌を取り、どうにか普通に話して貰えるようになった。


「じゃあ……そろそろ、真面目な話でもしましょうか」

マリーンの言葉に、二人はうなずく。

「町の人たちは……私たちの敵になると思う?」

「どうだろうな……ゲームの時は領主と領民の仲は良かっただろ。そもそも、どうして領主がこんなことをしてくるのかもわからないしな……二人とも、こんな風になってから、NPCと話してみたか?」

「いや……友達探すのに時間かかって……その後は、広場で固まってただけだから」

マリーンは首を振った。一方、アリアドネも、

「私も、ギルドをまとめるのに精一杯で、ほとんど……。ただ、彼らNPCも戸惑っているようでしたね……。しかし、敵対的では、なかったかと……。思い返せば、彼らからアイテムを買われている人もいた気がします」

「そうか……お、見えてきたな」


道の少し先に、白亜の壁がそびえ立っていた。

外敵の侵入を防ぐため、ワチセキに設けられた障壁だ。

「森に入ろう。正面からじゃ、門兵に見咎められるかもしれない」

うなずく二人とともに、小道から再び森の中へ。そのまま突き進み、壁の前についた。

ワチセキは北と南に1つずつの入り口を持つ。今いるのは、東側の壁だ。

馬から降りたオルテは、壁を見上げる。プレイヤーキャラの3倍はある石壁だ。

「ここから、飛び越えて入ろう。<ハイジャンプ>、とってるよな?」

<ハイジャンプ>は、どの職でも習得できる基本アクティブスキルの一つだ。障害物を超えるのに便利なため、中堅以上のプレイヤーなら必ず持っているスキルである。


二人の肯定を確認し、オルテは壁前に立つ。足をかがめ、

「<ハイジャンプ>」

スキルの発動を感じながら、跳んだ。

景色が下方向に一瞬で流れ、跳躍は、壁を超えその奥の2階建ての屋根にすら届かん程だ。夜闇の中、ぽつぽつと輝くワチセキの町の灯が見渡せた。

やがて最高点を超え、落下。すでに壁を超えたオルテの体は、見事壁の内側へと着地した。

スキル効果により落下の衝撃を感じることなく立ち上がり、周囲を見回す。そこは建物と壁とに挟まれた路地裏のようなところで、すでに日の落ちた今、明かりもなく暗闇に包まれている。

確認している間に、アリアドネとマリーンも降りてきた。

馬たちは放置だ。どうせ馬笛を吹けば、禁止エリア以外ならどこにでもすぐ召喚できる。


「それで? これからどうする?」

「まずは冒険者の宿に行く」

冒険者の宿。それは大都市に存在する施設で、プレイヤーの拠点となるものだ。

機能的には、宿泊施設と酒場と依頼斡旋所と情報屋を兼ねたようなところだ。と言っても、情報屋としては盗賊組合の方が優秀なのだが。

いずれにしろ、多くの人間が出入りをし、色々な情報の集まる場だ。宿の亭主も、プレイヤーに依頼を回したりアドバイスをしてきたり、駆け出しからベテランまで、多くのプレイヤーが世話になる、最も馴染み深いNPCの一人だ。


「宿は中央広場だから、ここからだと少し遠いな。夜だから大丈夫だと思うが、なるべく人目を避けて、さっさと行こう」

「はい」

「ええ」

3人は目を合わせて頷き合い、行動を開始した。

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