2話 トライ・レッツゴー ~初めは一歩~
「ん……」
白色の世界が暗転、再び目を焼く光に、志都美……いや、冒険者シズは目を開けた。
そこは、白く彩られた神殿だった。
石造りの堅牢さはあるが開放感もあり、柔らかな自然光が床に敷かれた赤い絨毯を照らしている。
その最奥、段が高くなった祭壇らしきところに、シズはいた。
「おお、お待ちしておりました、冒険者様」
呼びかけてきたのは、神官と思しき髭面の中年男性だ。彼の上には黄色の逆三角形と、「テアチ」という文字が浮かんでいる。
「わしはテアチ、ジーロウ様に仕える神官でございます。この度は我らの召喚に応えていただき、誠にありがとうございます。
早速この世界のことについてご説明いたしましょうか?」
チュートリアルのためのノンプレイヤーキャラクター(NPC)なのかな。そう思いながら、シズは「はい」と応えた。
「ここは始まりの街ワチセキの神殿でございます。この地方で呼ばれた冒険者様は、皆この神殿に降りられるようになっております。
ここでわたくしどもが、この世界について説明をさしあげることになっておるのです」
「あの声も?」
「冒険者様が目覚めの前に聞かれた声は、大魔法使いアマッカ様のものですな」
ダメ元での問いだったが、テアチは答えた。恐らく特定のワード「あの声」だとか「さっきの声」だとかに反応してセリフを言うように設定されているのだろう。
「魔王ダルクラウドがこのリフェネシアを襲いだした時、アマッカ様は救世主を呼ばれる魔法を完成させたのです。そしてその救世主こそが、あなた様なのです」
「なんか照れるな……」
「ははは……」
テアチは愛想笑いを返してきた。一瞬人間が操作しているのかと思ったが、恐らく対応していないワードにはすべてこう反応するように設定されているのだろう。
(それにしても……魔王か……)
勿論、全てがそうだとは言わないが――この手の、特に自由度の高さを謳うゲームで、「最終的に倒すべきラスボス」が設定されているのは珍しいと思う。
ラスボスがいるということはそれを倒す者が現れるということで、ラスボスを倒す者、それこそが勇者……主人公となってしまうからだ。
自由度の高さを謳っておきながらラスボスの存在を出せば、必然プレイヤーに目的を与えてしまう……自由をある意味奪ってしまうことにはならないか?
(……ま、今始めたばっかの私が考えてもしょうがないか)
とりあえず保留にし、シズはテアチの言葉に耳を傾ける。
「冒険者様はまだ、この世界に来られたばかりで肉体も育っておりません。魔王と戦うには、多くの修行が必要でしょう。
神殿を出られたら、左へ行ってください。赤いバンダナを巻いた男がおります。彼、オシカンがこの世界の生き抜き方を教えてくれるでしょう」
「わかったよ、ありがとう」
「お気をつけて」
テアチからのチュートリアルは終わりらしい。シズは外の光を目指し歩き出した。
外に出た『彼』を迎えたのは、石造りの街並みだった。道にはレンガが敷かれ、中世ファンタジー風の衣装をまとった人々が行き交っている。
人々の頭には、緑か黄色の逆三角形、そして、黄色の逆三角形を持つ者には名前がついている。
ふと自分の頭の上を見上げてみると、緑の逆三角形がついていた。
(NPCが黄色、プレイヤーキャラが緑なのかな)
推理しつつ、歩き出す。今出てきた白亜の神殿を左に、真っ直ぐ。
すると、木柵で囲まれた牧場のようなところに出た。しかし、地面は芝生ではなく荒れた土で構成されている。
「うおーっす! 俺がオシカンだー! 君が冒険者だなー!」
「暑苦っ……」
その中にいた、赤いバンダナの青年がオシカンだった。見るからに熱血型で、顔は中々良いのだが声がでかい。
「いよーっし! それではまずは職業の説明からだー!
冒険者たる君は、以下の職業のどれかに就いてもらう! すなわち、物理職の<戦士><騎士><暗殺者>、魔術職の<魔術師><僧侶><吟遊詩人>だ!
どの職業の説明を聞く? なんなら全部説明してもいいぞ!」
「んー……」
シズは、剣士をやるつもりだった。オシカンの挙げた職でいうなら、該当するのは物理職全般か。
「じゃあ、物理職を」
「物理職、だな。よかろう!
<戦士>は攻撃の要だ! 短剣から弓まで、あらゆる武器を装備できる! 反面、<騎士>に比べれば防御力で劣り、<暗殺者>に比べれば素早さで劣る!
<騎士>は守りの要だ! 武器、鎧で装備できないものはない! しかし、<戦士>に比べれば攻撃力、<暗殺者>に比べれば素早さで劣る!
<暗殺者>は、奇策に特化した物理職だ! 装備できるのは短剣、片手剣、棍棒、鞭、弓のみで、金属鎧も装備できん! しかし、毒薬や暗殺術を用いて、戦場を撹乱させるのだ!」
「なるほど……」
攻撃の<戦士>、防御の<騎士>、素早さや搦め手の<暗殺者>ということらしい。一応どの職も剣は使えるようだ。
(主人公っぽいのやってみたいんだよねー……)
そう考えると、<戦士>か<騎士>だろうか。だが、<騎士>は重装備型のようだし、やっぱり攻撃力特化の<戦士>こそ主人公という感じがする。
「よし……決めた」
「どうだ、職業の説明はもういいのか?」
「はい」
「なりたい職業が決まったのなら、教えてくれ! もう一度説明が聞きたいのなら、『もう一度』と言ってくれ!」
「ボクは……<戦士>になりたいです」
「<戦士>になりたいのだな? 一度決めた職業を、変えることは難しいぞ。他の職業に転職すると、レベルが1に戻ってしまう! 本当に<戦士>で良いのだな?」
「……はい」
「わかった! はぁーっ!!」
オシカンがこちらに手を向けると、シズの体が白い光に包まれる。
「おめでとう! これで君は今日から戦士だ! 転職したくなったら、俺に向かって『転職したい』と話しかけてくれ!」
光が晴れる。特に変化は感じられなかったが、まあ演出なのだろう。
「では、戦士になった君に、俺からのささやかなプレゼントだ! 武器と防具を受け取ってくれ!」
オシカンの声とともに、システムメッセージが表示される。『<犬皮の鎧>一式と<青銅の鎧>一式を手に入れた』
早速アイテムウィンドウを開く。少し迷ったが、<犬皮の鎧>装備一式をつけることにする。
手甲、上半身鎧、腰巻、脚甲、そして兜代わりの皮ハチマキ。すべて茶色を基調としたもので、幸いシズの黒髪と違和感はなかった。
「装備の色やデザインが気に入らなかったら、<ペインター>か<デコレーショナー>の技術を持つ冒険者に依頼すると良いぞ! 色変えは簡単なものなら、中央通りの染色店でも受け付けている!」
「ふーん……ま、とりあえずこのままでいっか」
「では、次は武器だな! 短剣、片手剣、両手剣、槍、斧、棍棒、大鎚、鞭、弓の中から欲しいものを一つ選んでくれ!」
「全部ちょーだいよ、ケチンボ」
冗談交じりに唇を尖らせながら、シズは考える。
主人公っぽいのなら、やっぱり片手剣か両手剣だろう。
(大剣を使う少年剣士って格好良いかも)
一見病弱そうな少年が、身の丈もある大剣を振り回す……そういうギャップのあるキャラが、志都美は好きだった。
「じゃあ両手剣ください」
「両手剣、だな! 本当にそれで良いのか?」
「はい」
『<青銅の長剣>を手に入れた』
「むむ……」
さっそくアイテムウィンドウから取り出して装備してみたのだが、イメージしていたのと違う。<青銅の長剣>は肉厚幅広の大剣ではなく、普通の剣を長くしたようなものであった。
「……低レベル武器だからしょうがないのかな。ま、長剣は長剣でかっこいいから良いか」
「武器は大別すると以下の系統に分かれる! 短剣類、通常剣類、長柄類、打撃類、鞭類、弓類、投擲類だ! 各類には熟練度があり、同じ類の武器を使い続ければ熟練度は上がるが、別の類を使えば下がっていく!
同じ類の武器を使い続ける方が良いぞ!」
「へー」
決めた。でっかくてかっこいい剣になるまで、両手剣を使い続けよう。
「後は薬草を5個渡しておこう! HPとMPは、休憩することでも回復していくが、その速度は遅い。気をつけるんだぞ!」
「はーい」
「では、次はスキルの習得だ! スキルウィンドウを開いてくれ!」
アイテムウィンドウと同じく、念じればスキルウィンドウが開く。そこには、いくつものスキルの名前がリスト状に並んでいた。ウインドウの一番右上には、『○共通』と表示がある。
「スキルは、大きく分けて2種類ある! どの職業でも使える<共通スキル>、特定の職業でのみ使える<職業スキル>だ。だが、使うのに武器が必要なスキルもある! 君は両手剣だったな! この<共通スキル>の『・通常剣類』の中から<ソードマスタリー>LV1を習得したまえ!」
言われたとおりに、『・短剣類』『・通常剣類』『・長柄類』『・打撃類』『・鞭類』『・弓類』『・投擲類』『・その他』という項目があったので、『・通常剣類』をタッチした。
<ソードマスタリー>の名は、リストの最上段にあった。タッチしてみると、メッセージウィンドウが出る。
『スキルポイントを1消費します。<ソードマスタリー>LV1を習得しますか? 分類:パッシブ 対象:使用者 消費MP:なし 射程:なし クールタイム:なし 効果:通常剣類攻撃力10%アップ』
よく見れば、ウインドウ下の方に『スキルポイント:3』という表示が出ていた。3ポイントしかないのかと思うが、チュートリアルだからしょうがないと<ソードマスタリー>を習得する。
「これで君がその武器を使う時、マスタリーの効果は自動で発動する! マスタリーは<パッシブスキル>だからな! だが、任意のタイミングで発動させる<アクティブスキル>というものもある!
今度はウインドウ最上部の『○共通』の文字をタッチして『○戦士』にし、『・その他』のスキルリストの中から<パワーアップ>を習得したまえ!」
シズが言われた通りに操作すると、再びメッセージウィンドウが表示される。
『スキルポイントを1消費します。<パワーアップ>LV1を習得しますか? 分類:アクティブ 対象:使用者 消費MP:10 射程:なし クールタイム:10分 効果:10分間、攻撃力10%アップ』
「わー、本当に脳筋だー」
いきなり習得するスキル2つが両方共火力アップ系なことに呆れつつ、シズは<パワーアップ>LV1を習得する。これでスキルポイントは残り1だ。
「さあ、最後はいよいよ<アクションスキル>を習得するぞ! 今度は『○共通』の『・通常剣類』から、<フルスイング>を習得したまえ!」
「ぽちっとな」
『スキルポイントを1消費します。<フルスイング>を習得しますか? 分類:アクション 対象:使用者 消費MP:5 射程:武器範囲 クールタイム:10秒 アクション:両手で通常剣を強く振る 効果:対象アクションの物理攻撃力を増加』
「ふむ……?」
とりあえず習得はしたが、スキルの説明に、色々気になる事があった。シズが首をかしげている間に、オシカンの説明が始まる。
「<アクションスキル>は、名称を叫びながら指定アクションを行うことで発動する! <フルスイング>ならば、その名を叫びながら『両手で通常剣を強く振る』のだ! 通常剣とは片手剣と両手剣をまとめた剣系武器のこと。短剣は入らないので注意! なお、振り方の指定はないから、上から振り下ろそうが横に振り回そうが構わない!」
「どれどれ~」
シズは長剣を持ち上げ、無言で振り下ろしてみた。地面に小さな穴が開く。
続いてもう一度剣を振り上げる。今度は、
「<フルスイング>!」
叫びながら振り下ろす。と、剣に赤いオーラがまとわれるのがわかった。
激音。
剣の落着した地面には、結構な大穴が開いていた。
「なるほど、好きに振ったのが技になるんだ。こりゃ楽しい。オートアクションじゃないゲームっていいなぁ」
オートアクションは、ヴァーチャルゲームとともに生まれたシステムだ。プレイヤーの意思や動作を感知し、システムが体を勝手に動かしてくれる。
今の場合で言うのなら、剣を振ろうとすると同時にシステムが起動してシズの体を操作し、最適な一撃を自動的に放たせるのだ。
運動音痴な人間でも一流の戦士のように体を動かせるのがメリットだが、反面、思う通りに動けないデメリットもある。
オートアクションなしのゲームのメリット・デメリットはその逆だ。
現実世界でどれだけ運動に馴染んでいたか……プレイヤーの技術によって差が出やすいため、オートアクションを採用しているヴァーチャルゲームの方が多いのだが、『ザ・ライフ』は違うらしい。
「むー、剣道でも習うかな」
リアルでの志都美は、運動はあまり得意ではない。自由に動けるのは楽しいが、果たして戦闘に通用するのだろうか。
「ま、モンスター相手なら大丈夫だよね、多分」
つぶやいている間に、地面の穴は消えていた。攻撃で地面などは壊せず、穴の開いたグラフィックを表示させられるだけなのだろう。
「スキルを習得するためのスキルポイントは、レベルが1上がる度に1つ獲得できるぞ。では、試しにモンスターと戦闘をしてみよう!」
「お、待ってました~」
「ここに捕まえておいたドッグがいる」
オシカンの言葉と同時、牧場の中に茶色い犬のようなモンスターが出現する。頭には、赤い逆三角形とドッグという名前。
「う、ちょっと強そう……」
多少マンガチックにデフォルメされているとはいえ、成犬くらいの大きさはある。
荒い息遣いも含め、そのリアルさは高校生の志都美をうろたえさせるに十分だった。
「モンスターにはアクティブモンスターとノンアクティブモンスターがいる。アクティブモンスターは、こちらを見かけると攻撃を仕掛けてくるから気をつけろ。このドッグはノンアクティブモンスターだから、こちらから仕掛けない限り攻撃してくることはない。心の準備をしてから攻撃したまえ」
「むぅぅ……」
スーハースーハー、ゲームだからあまり意味は無いが、呼吸を整える。
どうせなら初手は最大の一撃、<フルスイング>を叩きこもう。<パワーアップ>も使用してだ。今の最大MPは50だから何度も使うことはできないが、チュートリアルモンスターはこの一体だけのようだから大丈夫だろう。スキルの使い心地も試してみたいし。
「<パワーアップ>」
つぶやくと同時、体に青い光が宿る。
それを確認したシズは、ドッグへ近づき、剣を振り上げる。
「<フルスイング>!!」
「ギャン!!」
長剣の一撃は、見事無防備に立っていたドッグの背中へ直撃した。
シズは身構えを解かなかったが、一撃を受けたドッグはその場にダウン。やがて消滅していった。
「ふう……ほっとしたような、肩透かしなような……」
一撃で倒せたのは良かったが、今後の事を考えれば、ドッグから反撃の一つも受けたかった。
考えてみれば、恐らくどの職業のキャラもこのチュートリアルは受けるはずで、必然的にドッグの強さもそれに合わせてあるわけであり、ただでさえ攻撃特化の<戦士>がスキルまで使えば……この結果は当然なのかもしれない。
「まあいいや」
これで敵の強さは把握できた。多分初期地点付近の魔物なら似たような強さだろうから、後は実地で試せばいい。
「うむ、見事だ! モンスターを倒せば、金貨やアイテムが手に入る。拾うのを忘れるなよ」
ドッグの消滅した地面には、革袋が落ちていた。拾って結び紐を解くと消滅し、所持金が少し増えていた。
「さて、今君に教えることはこれで全てだ。が、これがこの世界の全てではない。そうだな……レベルが10になったら、またここに来るが良い。サブクラスについて説明しよう」
「はーい」
「よし、これで俺のチュートリアルは以上だ! 冒険者、シズよ! もう君を縛るものは何もない! この世界で、好きなように生きるが良い! だが、ダルクラウド討伐の使命だけは、忘れるなよ!」
「縛るものあるじゃん」
勿論ツッコミは無視された。
「そうそう、もし特にやりたいことがないのなら、町の中央にある冒険者の宿へ行くといい。色々な依頼が貼りだされているだろう」
「ふーん……じゃあ、行ってみようかな」
次の目的地として示されたということは、それが制作側の作った流れなのだろう。もう少しこの世界を知る意味でもと、シズは牧場を出て、中央を目指し歩き始める。
そして、そこで遭遇した。