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新年拝:イディンにて  作者: 平 啓
番外編3:新年拝
11/15

新年拝:3.竜騎士

【語句説明3】

※読むのが面倒くさいと思われる方は、すぐ本文へどうぞ


『竜法院』

 イディン法によってイディンを治める、祈祷師達の総本山。法の研究解釈・執行を決定し布告、また法に関する全ての事例の記録管理をする。重要事項の決定に当たっては複数の高位祈祷師の会議に依り、イディンのあらゆる国、領地の法に勝る権威を持つ。


『アダ・バスレイ』

 竜法院のある町。王都ティムリアより、北に徒歩半日のところにある。ラスタバン王国の領内にあるが、自治独立の存在。だが王国の庇護を受けているので、互いに持ちつ持たれつの関係にある。



 すぐさま姫の養育係が叩き起された。

 姫の方は、今起こしても睡眠不足で却って良くないと、起床は予定通り未明となり、その間にあらゆる準備がなされていく。特に祝詞のりとに関しては大幅に簡略化され、ほとんど祈祷師の祈祷文の復唱となるよう、ぎっくり腰になった老祈祷師によって新たに作成された。もちろん復唱と言っても姫に覚えきれるものでなく、そこは給仕長代行が側に付き添って教えることとなる。

 老祈祷師から祈祷文を受け取ると、ラウィーザは急いで二枚――自分用と竜騎士用の複写に取り掛かった。そんな姿を執事長はしばらく見つめていたが、手を揉みしだいてぼそりと呟いた。

「ラウィーザ……この王宮新年拝は、呪われているのかもしれん」

「馬鹿なことを仰らないでください。ティムリアの王宮はあらゆる呪いから守られています」

 顔も上げず事もなげに応える給仕長代行に、執事長はなおも食い下がる。

「だが、今日我々を襲った災難は尋常ではない……明らかに、この新年拝を止めようとする力が働いているではないか!」

「執事長殿!」ラウィーザは語気を強めると、ペンを止めて鋭い視線を上げた。「あなたほどの方が惑わされるとは! この王宮の結界は完璧です!」

 一瞬放たれた凶暴な眼差しに気圧されたものの、初老の男は悲鳴に近い声を発した。

「しかし……しかし、竜騎士がいない!!」

 青年は喉をぐっと詰まらせた。

 そうなのだ。礼拝堂で繰り返される祈りと、竜法院からもたらされる祈りが幾重にも取り巻いているとはいえ、やはり王宮の守りを確固としているのは竜騎士の存在であった。イディン法そのものの現れは、あらゆる呪いを寄せ付けない。給仕長の求心力はその人徳にも寄ったが、なによりイディン一と謳われた竜騎士故のものだった。彼の不在の折は代わりの竜騎士が入るのだが、今この時、王宮のどこにもその姿はない。

 なにより竜騎士がいなければ、新年拝が成立しない。

 ラウィーザが自分の非力さに奥歯を噛締めた、その時。執務室の扉が、音を立てて乱暴に開けられる。

「いやあ、まいったぜ! やっと着いた! ひでえ目に遭ったもんだ!」

 彼らが待ち望んだ竜騎士――ヴァルド(森の民)のカラックが、大きな包みを二つ抱えて、そこに立っていた。


 昨年秋の始め、給仕長の命を受けて、カラックは公開果仕合の旅へと発った。十日に一度は剣を交えるという過酷な日程で、先日隣国で漸く最後の仕合を終えたのだ。一刻も早くラスタバンに帰るため、案内人を先に山中の近道を進んでいた時。

「竜が出て来たんだわ」

 しかも彼を見るや、闘う気満々で襲ってくる。先を急く旅でもあり最初は逃げたのだが、どうしても向こうが諦めず、仕方なく相手をすることになった。山野を駆け巡る闘いの末、やっと竜を倒して気付くと、案内人も乗ってきた馬も見当たらない。闘いの跡を追って向こうが来るかと一日待ったが、さっぱり現れず、諦めて腰を上げた所。

「また、竜が出て来たんだわ」

 これまた激戦の果て何とか倒したが、さすがに目が回って崖の淵を踏み外した。常人なら命を落とす所を、人事不省から意識を取り戻したものの、すっかり深山の懐に迷ってしまった。

「街道に出たのが一昨日だぜ。馬を借りてすっ飛ばしてきたが、もう死ぬかと思った」

 皿に山盛りの料理を片づけながら、竜騎士はフォークを振り回した。給仕長代行と執事長は、この話を法螺ではないかと疑ったが、目の前に輝く二つの竜の心臓が真実を告げている。

 竜騎士を襲った苦難はともかく、この日初めての瑞兆に、執事長は今までの憂いを漸く拭えたようだ。硬かった表情を和らげて、現在の状況をカラックに説明した。

「ひゃあ、お姫さんが高台に上るのか!」

 前代未聞だな、とさすがの彼も目を瞬かせたが、そんなことはラウィーザにしても百も承知である。祈祷文と儀式作法の変更を告げると、竜騎士は万事分かったと頼もしげに頷いた。やがて大皿三枚分の食事を終え、蓬髪の頭や懐をがりがりと掻いて顔を上げる。

「風呂に入りてえんだが。なんか、あちこち痒くてよ」


挿絵(By みてみん)


 さて、早めに寝たとはいえ、いつもなら夢の中の時間に起こされたエリダナ・チェローミア姫。暫くは醒めない目を向けていたが、顔を揃えた重鎮達が事の次第を話すと、神妙に頷いた。

「わかりました。お父様の代わりに、がんばります」

 白い帽子のウサギ耳がぴょんと揺れたので、他の家来達は恭しく頭を下げ、直ぐに着付けの下準備に取り掛かる。

 一番上に青い長衣を纏うので、衣装は見栄えより防寒が優先されたが、問題は頭に被る王冠だった。養育係が姫に帽子を取るよう願ったのだが。

「イヤです」

 エリダナ姫が言下に放つ。父王からの贈り物を姫はいたく気に入り、昨日から被り通しであった。一旦姫の口から出た拒否が、いかに強いかは周知の事で、誰もが押し黙ってしまう。

 その視線がちらちらと自身に向けられているのに、ラウィーザは気づいた。通常この様な場合の説得役は給仕長だからと、彼の不在の今、代行の出番を待っているのだ。突然の重責に青年は内心うろたえたが、咳払いをして姫に声をかけた。

「姫君、ウサギ耳をつけて王冠を被っては、民の笑い物になります」

 姫が緑の硬い目を向ける。

「もう家来に笑われているので、平気です」驚く面々の中、給仕長代行についっと顎を上げた。「ラウィーザ。おたふく風邪の私を見て笑いましたね。この帽子を取ったら、新年拝に出ません」

 周囲の無言の非難を一斉に向けられ、青年は全身を硬直させた。彼にも言い分はある。妹思いの姉姫ですら失笑させたあの顔を、笑わずにいた者がいるのだろうか。だが、姫に見抜かれる失態を犯したのは、自分だけと認めるしかない。

 頬を強張らせたラウィーザは、やっとのことで掠れ声を出した。

「ああ……どのみち何かを被らなければなりませんので、姫君さえ宜しければ、そのままで差し支えは無いと……思われ、ます」

 彼の目の端で、執事長が力無く首を振っていた。

 しかしウサギ耳はともかく、この帽子の上に王妃の冠がぴったりと収まった。(正式の王冠は、姫には重すぎた。)また支配者の重い杖を掲げる際には、側にいる給仕長代行が手を添えることになり、幾度か儀式の練習がされる。姫の物覚えは予想以上に良かった。さすがに祈祷の復唱文そのものは無理だが、入るタイミングはすぐに身につけ、一同の称賛を受けた少女は鼻高々である。

「私は王女ですから、王家のためにがんばっているのです。お夕食の時も、祈祷師様がカキを欲しがっておられたので、私の御代わりの分もたくさん差し上げたのです。祈祷師様は、それは喜んでおられました」

 エリダナ姫の席は、主任祈祷師の隣りだった。


 給仕長執務室の控室には、浴槽が設えてある。ラウィーザがカーテンを上げて覗くと、長い黒髪を縁に引っ掛けて、カラックが湯桶にだらりと伸びていた。

「元締、起きてますか? 寝込んで溺れないで下さい」

 声をかけると、うわぃとか呻きがあって、湯から上がった片手がゆらゆらと揺れた。これは眠気覚ましが必要と思われ、薬箱を棚から取り出す。薬師でもある青年が、様々な色の瓶を傾けて調合に取り掛かった時、執事長が珍しく憤慨の面持ちで現れた。

「ラウィーザ、ちょっと来てくれ! あの若い祈祷師が、全く埒があかない!」

 青ざめたヤイロス祈祷師の顔を思い出し、給仕長代行は、やはりと深く息をついた。王の代理であの様では、更なる重責に一悶着あるだろうとは予想していたのだ。

「今、参ります」完成した薬を透明な瓶に入れ、控室に声をかける。「元締。強力な眠気覚ましを作りましたから、飲んで下さい。テーブルの透明な瓶です」

 再び、うわぃと呻きが上がった。

 正装の裾を翻した二人が執務室を出、しばらくの後――扉が勢いよく開いた。

「ラウィーザ! 雪人形はどうなりましたか!?」

 飛び込んだエリダナ姫は、「あれ?」と無人の部屋内を見回した。

 と、その視線がテーブルの上の薬箱に止まる。部屋の物はやたらと手に触れないよう言われているが、色とりどりの瓶の輝きは、たまらない誘惑となって少女を呼ぶ。姫は緑の瞳一杯に見開くと、小鹿の跳ねるように近寄り、薬箱にそっと手を伸ばした。赤、青、緑、黄色、紫と箱から出し、外にある透明な瓶と並べる。クロスの上に瓶の色の影が落ち、揺らめく美しさに、満面の笑みが浮かぶ。タテ、ヨコ、斜め、円といろいろな形に瓶を並べて、光の変化を心行くまで楽しんでいた時――

「がば! ごぼぐえげ! ひいやああ!!」

 突然、隣りの控室から叫び声と盛大な水音が上がり、姫はウサギ耳を揺らして飛び上がった。

「がは! ごほ! げへげへうげえへ! がふん!!」

 竜の喘息のような激しい咳き込みがそれに続き、姫の慄いた目の先に、ひょろ長い男が現れた。体格から一瞬、銀の給仕長かと思ったが、良く見れば、ひょうきんな顔つきは似ても似つかない。第一あの給仕長が、素っ裸で人前に出るはずがない。

「いや……がほ! まいったな。『竜騎士、湯桶で溺れ死ぬ』なんて、サマにならねえ……ん?」

 呟いた向こうも、目と口をまん丸に開いている少女に気付いたようだ。小首を傾げ腕を組み、人差し指を額に当てて、ようやく思いついたか指を鳴らした。

「おお、我がラスタバン第二王女、エリダナ・チェローミア姫様」

 畏まって礼をした所で自分の姿に思い至り、失礼と言って、再び控室に引っ込む。

「思い出しました」相手の後について、姫は控室の戸口から覗いた。「お前は、ファステリアで竜を倒した竜騎士ですね」

「左様でございます。ヴァルドのカラックと申します」体を拭きながら、にやにやと目配せを寄こす。「新年拝で一緒に高台に上るようですな。ま、頑張りましょうや」

 そこで竜騎士は、顎が外れそうな大欠伸をした。ううむと唸って、両頬を掌で派手な音を立てて叩く。

「いかん……話しながらでも、寝ちまいそうだ。そうだ、ええと……眠気覚ましがなんとかとか」

 またも失礼と言って姫の前を通り過ぎたカラックが、執務室のテーブルの手前で足を止めた。明らかに並んでいる薬瓶を見詰めている様子に、エリダナ姫は自分の悪戯の跡が見つかったと、緊張に身を竦ませた。が、くるりと振り向いた竜騎士は、困惑の表情を浮かべている。

「俺は、何色の瓶を飲めば良かったんだっけ?」

 姫は激しく目を瞬かせた。


「うん、ラウィーザ、よくやった。あいつめ、震え上がっておったな」

 廊下を共に急ぎながら執事長が愉快そうに笑ったが、代行の青年は自己嫌悪に陥っていた。重責が圧し掛かり、すっかり腰砕けになったヤイロスに対し、ラウィーザは言葉を尽くして説得を試みたが、何時までたっても腹の据わらない祈祷師に、最後はついに威嚇の唸りを発してしまったのだ。こんな事は闘いの最中でも、そうあることではない。まして剣も持たない王宮の中で激しい攻撃色が出るとは、余裕を完全に失っている証拠だ。ヤイロス祈祷師は恐怖に首肯したのだが。

 執務室の前まで来ると、大きな箱を抱えた給仕頭のセヴェリが廊下の先に目を向けて、ぼんやり突っ立っている。箱の仕様から竜騎士の長衣を持って来たらしく、戻った彼らに気付き首を傾げた。

「今、姫をお見かけしたようなんですが……気のせいですよね」

「姫? お部屋で控えておいでだろう」執事長は何をバカなという顔を向けて、執務室の扉を開けた。「さあ、これで竜騎士の支度が整えば、外堀が何とか埋まるぞ」

 しかし、中へ一歩踏み入れた彼らは息を飲んだ。全裸の竜騎士が、大の字になってひっくり返っていたからである。



【語句説明4】

※読むのが面倒くさいと思われる方は、すぐ次話へどうぞ


『公開果仕合』

 竜に挑むには、事前に竜騎士と仕合をして、それにふさわしい者としての認証を受けなければならない。有名な竜騎士は、イディン中から果仕合の申し込みを受けている。


『竜の心臓・竜石』

 竜を倒すと体は昇華して消え、跡に竜の心臓といわれる人の頭ほどの結晶と、大きめのコインほどの竜石が残される。竜の心臓は巨大な力を持ち、空中船、大型船、重機兵、街路灯などのエネルギーの元となる。

 また竜石は、竜を倒した者が持つ時のみ光り輝くので、誰が竜を倒したかの証明になる。殆どの竜騎士達は竜石に装飾を施し、身につけている。



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