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ゲームの行方

 里奈は拍子抜けして座り込みそうになる。まさか実の兄がパートナーだなんて。

「似合うだろ?」

 夏樹はくるっと回ってみせる。元々可愛らしい顔立ちの彼。フリルのシャツは確かに似合う。

「智ちゃんの店の店長さんが張り切って選んでくれてさあ。ちょっとやりすぎた?」

「何で、夏樹なの?」

 浮かれている兄に詰め寄った。

「誠也ってヤツかと思った?」

 夏樹の探るような視線に、里奈は目を伏せる。

「今日はお前のボスに頼まれたんだ。面白い上司だな、あの人」

 にっ、と笑って、

「思いっきりラブラブを演出してくれとさ。頑張れよ、里奈」

「ラブラブ?」

 夏樹は里奈の肩を抱いてドアを開ける。

「さあ、せっかくだから楽しもう? パーティーの始まりだ」



 会場は、真也の言ったとおり70年代のディスコのようだった。ただし、とても贅沢な。瀟洒なシャンデリアのひとつがミラーボールに取り替えられ、下から光を当てる何色ものスポットも置かれている。Juneの常連である演劇関係者や電気工などが設えたらしい。レストランのテーブルは端に寄せられ、その上には“Pomodoro”自慢のイタリアンが所狭しと並べられていた。部屋の一角に場違いなDJブースがしつらえてあり、衿の大きいぎらぎらのジャケットにサングラスといういかにも70年代ファッションのDJが沢山のレコードを広げていた。客は老若男女様々で、それでも皆思い思いのファッションに身を包んで楽しそうだ。

 その中で、順と海、賢と千春だけが、式のままの格好で座っていた。式に参列できなかった人々に、二組の幸せな姿を見せたいと、真也のたっての希望でそうしてもらったのだという。


 ーー順さん、綺麗。


 順は胸がサテンのビスチェタイプで、ウエストから下はAラインのドレスを身に纏っていた。元々美しい顔立ちだが、今日の肌はつやつやと輝き、アイメイクもいつもより丹念でいて、彼女本来の涼やかな目元は損なわれていない。髪は後れ毛を頬に一房垂らし、所々に編み込みの入った上品で爽やかなアップスタイル。そこにパールやビーズをあしらったくちなしのヘッドドレスをあしらっている。彼女の清楚な美しさを存分に引き出している。素晴らしい仕事ぶりだ。

 ああ、誠也さん。

 どんな思いで彼女に触れ、美しく化粧を施したのか。そしてどんな気持ちで送り出したのだろう。

 ふと、遠くに彼の姿が目に入った。胸や肩に鳥の絵があしらわれた7分袖のクリーム色のシャツは着物のような合わせ目になっていて、腰の所でフリンジのついた紐をきゅっと結んでいる。パンツは裾の広がった黒いベルベット。普通なら外すだろうレトロファッションが、彼にはぴったりとはまって、何ともセクシーだ。その証拠にさっきから何人もの女性が声を掛けるが、彼はまるで蠅でも払うように嫌な顔で遠ざけた。その時、里奈と目が合う。誠也は、一瞬はっと目を見開いた。里奈も息を飲んで彼を見つめてしまう。

「どうした?」

 夏樹は里奈の視線を追うと、誠也が目に入ったのだろう、急に優しい目になり、里奈を抱き寄せた。

「な!」

「静かに。俺だってこんな事したくないけど、お前の上司命令だから」

 どうしてこんなことを。ちらりと誠也に視線を戻すと、彼は俯いてさっとその場を去っていってしまった。

 きっとまた、誤解された。里奈は唇を噛む。泣きそうだ。


 パーティーは華やかに幕を開けた。何回かのダンスタイムを挟んで、様々な催しがあった。二組のカップルの思い出の写真を映し出したり、真也が白髪交じりの男性とペアを組んで得意のタップダンスを披露したり。

 八面六臂の大活躍、司会進行も真也が務めた。今日の彼は大きく胸を開けた黒いスパンコールのついたブラウス、膨らんだ袖はシースルー。黒のパンツにロンドンブーツ。ウエーブのついた肩までの髪も手伝って、グラムロック風のスタイルが様になっている。その傍らに椅子を置き、にこにこして座っているのは妊婦の智。胸から下が広がったエンパイアスタイルの淡いグレーのワンピースが可愛い。里奈に手を振るとラメが入った袖のフリンジが揺れた。

「さてそれでは、これからカップル対抗のゲームを始めまーす。題してLove is the Answer!」

 真也が手を上げた。

「ルールは簡単!ちょっとした言葉遊びです。入場の際に答えて頂いた簡単なアンケートに基づき、そのカップル独自の問題を作りました。男性が問題を読んで、10秒以内にお相手の女性に答えてもらいます。但し言葉には決まりがありまーす」

 真也はレストランの日替わりメニューを書くボードに書かれた文字を差した。

「嫌いは『甘い』。欲しいが『熱い』。愛してるが『のど乾いた』。もし間違えたら……皆の前でキスね!」

 わっ、と場内が沸いた。

「じゃ、まず見本を見せてもらいますよ! 今日衣装の調達にうちの奥さんの分も奮闘してくれた、フルムーン店長の木暮美和さーん!」

 呼ばれた美和は渋々真也の近くに歩いて行く。背の高い癖っ毛の男性が一緒だ。

「今日は噂のイケメンの彼を連れてまーす。紹介して?」

「あ、水上森さんです」

 美和は真っ赤になる。

「お付き合いしてどのくらい?」

「まだ2ヶ月……です」

 ひゅう、と口笛がなる。真也がカードを森に渡した。

「じゃあ、いくよ、美和」

 甘い微笑みを湛えた彼は、美和を見る。

「『ダイヤモンド』」

「欲しいだから『熱い』?」

「『ゴーヤ』」

「苦手なの!『甘い』」

「……『俺』」

「えっと『熱い』……あ!」

 口を押さえる美和を、すかさず真也がはやし立てる。

「さっすが情熱的! 皆さん、木暮さんは水上さんが欲しいらしいですよ!」

「まあ、間違いではないよね、美和?」

 しゃあしゃあと言う彼氏に真っ赤になる美和。

「もう、やめて!」

 真也は大きな口を開けて笑い、終了、と手を上げた。

「はい、御馳走様! ということで、肯定は『愛してる』か『欲しい』しかないよ! 言葉の選択肢が少ないのがミソなんだ! 次のカップルも頑張って!」

 海と順、賢や千春も呼ばれ、案の定2組ともキスとなって、場内は大喝采。いやがうえにも盛り上がる。

 そのうち真也が夏樹に目配せした。夏樹はしっかりと頷く。まさか。

「は〜い、じゃ次は俺の店ヘアアクセサリー“ブルーム”の看板娘、相川里奈ちゃ〜ん!」

 やっぱり。後ずさりしても夏樹がぐいぐいと手を引っ張り、壇上に上げられる。

「お、このパートナーもイケメンくんだなあ。お名前は」?」

「……夏樹です」

「里奈ちゃんとは、どの位?」

 真也の問いにも夏樹は平然としたものだ。

「さあ、何年でしょう、長い付き合いですから。少なくともこれは去年の誕生日プレゼントなんだよね。これは今年の」

 夏樹は見せつけるように後ろから手を回して里奈の髪を払い、珊瑚の薔薇を披露する。確かに嘘は行っていないけれど。

 会場がざわついて、ひそひそと話している言葉の端々に誠也の名前が聞こえる。誠也と付き合ってたんじゃなかった? ということだろう。会場を見回すと、誠也は櫛を持って順の脇に待機しながら、腕を組みじっとこっちを見ているーー冷たい目だった。里奈は居たたまれなくなり、思わず下を向く。

「じゃあ、行ってみよう。いい? 『甘い』が嫌い。『熱い』は欲しい。『のど乾いた』は愛してる、だからね?」

 真也は夏樹にカードを渡す。

「はい、スタート!」

「トムヤムクン」

「甘い」

「百万円」

「熱い?」

「仕事」

「のど渇いた!」

「お、さすが!」

 即答に真也がにっこりした。

「へび」

「甘い!」

「苺のスムージー」

「熱い?」

「俺」

 夏樹が微笑みながら自分を指さす。お約束の質問。

「甘い!」

 夏樹なんて甘い……嫌い。睨みながら言ってやった。誠也さんの前で恋人のふりなんかして、こんな馬鹿げた遊びの片棒まで担ぐなんて、嫌い! 辺りから、おお、と歓声が上がる。

「里奈ちゃん、アウト! 夏樹くんのこと、嫌いじゃないはずだよねえ?」

 真也が立てた親指を下に向けた。

「えっ」

 アウトってことは。

「いいぞ!」

 辺りから野次が飛んだ。しまった、夏樹とは付き合ってることになってるんだった! 怒りにまかせて墓穴を掘るなんて。 

「じゃあ、里奈ちゃんと夏樹くん、キスね!」

 当然の様に真也が言って、場内にひやかしの指笛が聞こえる。

「えっ!」

 嘘でしょう? 真也を見上げるが、ただにっこり頷くだけ。夏樹もわざとらしく照れを装い頭をかくが、拒否する様子がない。さっきまでのカップルは海と順、賢と千春だったから、軽くだが唇のキスだった。まさか。

「……おでこ、でいいよね?」

「そんなの面白くないよ、なあ?」

 真也が観客を煽る。そうだ、そうだという声が聞こえた。

「すみません、許して!」

 里奈は後退るが、夏樹は全く表情を変えず、里奈の肩に手を掛ける。

「夏樹!」

 何考えてるの!

「俺だってやりたくないけど、仕方ない。ルールなんだから」

 そう言って里奈の身体を引き寄せる。

「やだ! 本気!?」

 まずい、嫌がっても照れてるようにしか見えない。周囲に手拍子と共に上がるキスのコール。真也さん、どうして止めてくれないの?

「嫌! ほんとに止めて!」 

 絶体絶命に、肩をすくめて目を瞑ったその時。

 かっかっと大きな足音がしたかと思うと、ぐいっ、と身体が引かれる。そのままどさっと温かい胸に抱き留められた。

 目の前にシャツの鳥の模様が見える。仄かな甘い香りに、覚えがあった。

 まさか。

 里奈はゆっくり顔を上げる。

「……!」

 誠也が、すごい形相で夏樹を睨み付けていた。


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