【短編・1話完結】貴方は今日から、この国の裁判長です 《選べ。苦い日常か、甘い地獄か》 (メリバ)
信頼できる家族も友達もいない僕の日々に、一人の訪問者が訪れた。
「おめでとうございます。貴方は今日から、この国の裁判長ですわ」
玄関前で、謎の女は言う。
「は……?」
僕は、誰からの連絡も来ないスマホを握りしめ、素っ頓狂な声を漏らした。
「貴方には、この国の民1万人に裁きを下して貰いますの」
女はタブレットとモニターを僕に渡す。タブレットを見ると、昔僕をいじめた奴の写真と名前がが映っていた。詐欺で巨万の富を得たと書かれている。
あいつ、今でも悪さしてるのか。許せない。
「貴方の望む罪を、ノートに書いて下さいまし。何でも」
「何でも……?」
僕は、《相原始、懲役10年》と書いてみた。タブレットの画面がニュースに切り替わる。
『速報です。詐欺師の相原容疑者が逮捕されました。専門家は懲役10年の系が科されると予想しています』
「これ……」
「貴方が決めたことですわ。それは、魔法のノート」
女は微笑む。
「続けて下さいまし。この国には、罪人がはびこっております。そうですよね?」
「うん……私利私欲の為に力を使う奴は、許せない。僕は罪人を裁く」
荒地のように寂しく、泥のように生ぬるい、停滞した僕の日々が……動き出したように思えた。
100人ほど裁いたところで、僕は気になった。
「あの、裁きって懲役以外でもいいんですか」
「何でも、貴方の望むとおりに。ですわ」
「何でも……」
タブレットには、脱税で大儲けした男が移っている。僕は――《財産を僕に振り込む》と書いてみた。
スマホに通知が来る。アプリで口座を見ると、大金が振り込まれていた。
「10億円!?」
「素晴らしいですわ。不当に得た財産を奪う。この上ない裁きですね。次はどうしますか?」
「えっと……」
女はタブレットを操作し、とある美女のデータを映す。
「100人の既婚男性を騙した結婚詐欺師です。《浮気をする男が悪い》という建前を振りかざしていましたが、悪事に変わりありません。」
「じゃ、じゃあまたお金を取り上げて……」
「金を奪うだけが、裁きですか? 貴方は何でも出来るのですわよ」
画面の中の美女を見て、僕は息を飲む。
「……デートして欲しい、とか?」
「素晴らしいですわね。悪事を働いたものに奉仕を行わせる。貴方様は国民の更生まで考えているようです」
褒めて、貰えた。
「じゃあデートで――」
「それで良いのですか? 十分な裁きと言えますの? 貴方には裁きを下す大義名分がある事を忘れないで下さい」
「……!」
僕は裁きの内容を、ノートに書き記した。
1ヶ月後。僕は幾人もの人々を裁いていた。
「素晴らしいですわ。やはり貴方には才覚があったようですね」
「そ、そうですか……?」
嬉しい。やっぱりこの人は褒めてくれる。この人だけが、僕を見てくれる。
「もう少しですわ。終わりまで、裁き続けて下さい」
「……あの、貴方は何者なんですか。魔法のノート、こんなものを持ってるなんて」
「魔法とは科学ですの。人は理解できない科学を魔法と呼ぶだけ。500年前にパソコンを持っていったら、魔法使いと呼ばれるでしょう」
机に腰掛けた女に、僕は聞く。
「仕組みを知りたいんです。なんだか落ち着かなくて」
「貴方は、スマホの仕組みが分かりますか」
「……いえ、何も。普通は分かりません」
「同じですわ。ノートの仕組みも、知らなくていいのです」
確かにその通りだ。スマホの仕組みなんて、知らなくていいじゃないか。
「気が沈むようでしたら、また遊びに行きますか? 何せ10億円も持ってるんですから」
「いえ、僕は……裁きます。この国を良くするために」
「流石ですわ。貴方には大義名分がありますの。警官は銃を撃てる。執刀医は人を切れる。それと同じこと。何も……後ろめたいことはありませんのよ」
「……貴方は、僕の前から居なくならないで下さいね」
「もちろん、裁きの仕事が終わるまでご一緒しますわ」
「じゃあ、もうこれ以上裁きません」
「では、別の方にお願いしますわ」
「……分かりました」
僕は裁き続けた。人々から、色んなものを取り上げた。
1年後。
「暑いですわねー。アイス買ってきましたわ」
「ありがとうございます。大好きなんです」
冷たくて甘い。僕は、アイスクリームが大好きだった。
アイスを食べながら裁き続け……そして遂に、その時が来た。
「ついに、1万の罪人を裁きましたわね。見事でしたわ」
「そう……ですね」
「何を落ち込んでいらっしゃいますの?」
「もう、裁きの仕事は終わってしまったので……貴方は帰ってしまうんですよね」
「はい。事務所の方まで」
僕はノートを彼女に見せた。
「《火野愛、僕とずっと一緒にいる》……既にノートに書いてあります」
「あら……あら、あらあら」
「すみません。僕だってこんなことは……貴方が、貴方が悪いんです。こんな僕をことある事に褒めて、いつもそばに居るから……」
「《私利私欲のために力を使う人を許せないから、罪人を裁く》……それが貴方の宣言でしたわね」
「そ、れは……」
「やはり貴方には、罪人の才覚があったようですわ。破ってしまいましたね。自分の言葉を」
女が手をかざすと、ペンが浮かび上がり、ノートに文字を書いていく。
《真島陽、裁きが自分に返ってくる》
スマホに通知が来る。アプリを見ると、全ての残高が消えていた。
『警視庁は、真島容疑者を全国指名手配に指定しました。専門家は懲役10年の刑が科されると予想しています』
「あ、あの、これ……」
「貴方は大義名分という建前を与えれば、私利私欲の為にノートを使うと思っていましたわ」
「ご、ごめんなさい。罪人じゃないあなたに、ノートを使ってしまったから……許してください」
「あら、私は罪人ですわ。あなたをここまで誘導したのは、私ですもの。大事なのは、私利私欲の裁きを積み重ねたということですの」
女はノートを閉じる。
「ちなみに」
女はノートを1ページ燃やしてみせた。そしてタブレットで番組を見せる。
「なんで、僕が裁いた男が出てるんですか……? 刑務所にいるはずじゃ……」
「簡単なことですわ。ノートを燃やせば。全て無かったことになりますの」
「燃やせば……」
「さあ、選んでくださいまし」
「選ぶって、《全て無かったことにして日常に戻る》か、《逮捕される》かですよね? そんなの一択……」
「ちなみに私の本職は、看守ですわ。貴方の独房を担当することになっておりますの。10年間……ずっと一緒にいられますわね」
「《全て無かったことにして孤独に戻る》か……《収監されてでも、貴方と共に生きる》か……」
選べ、選べ僕。
「私、貴方のこと、ずっと見てましたの。ねえ、聞かせてくださいまし」
「何を……?」
「なんであの女に、《デートして手を繋ぐ》だけの裁きを下しましたの?」
「それ以上のことは……貴方が良かったから」
夕日が強く差し込み、二人の姿は影と化す。
「愛していますわ」
選べ。苦い日常か、甘い地獄か……!
そして数日が経った。
刑務所の床は、冷たかった。
「おはようございます、真島さん。愛しておりますわ」
「僕もです。火野さん」
冷たくて甘い。僕は、アイスクリームが大好きだった。




